愛され注意報~初恋御曹司は婚約者を逃がさない~
『気の毒な私の婚約者』 (1)

『気の毒な私の婚約者』
都内でも有名な夜景スポット。春といっても頬に当たる風も冷たくなってきた二十時過ぎ、周囲には仲睦まじい恋人たちの姿がある。
もしかしたら私と彼も、周囲には“恋人”に映っているのだろうか。
ぴたりと寄り添うこともなく、少しだけ距離を取って肩を並べて散策していると、彼は急に足を止めた。
そして真剣な瞳を私に向け、聞きたくなかった言葉を口にした。
「俺と結婚してくれないか?」と──。
数週間前。
表参道駅から徒歩三分の距離にあるカフェは、白いレンガで造られた外観で、若い女性を中心に人気だ。中でも十五時からはじまるアフタヌーンティー目当てのお客さんが多い。
かく言う私、大友琴葉も高校時代からの親友に誘われ、今日はここで女子会を予定していた。
背中まである髪を緩くフィッシュボーンヘアにしてまとめている自分の姿を、お店のガラス窓に映して確認してしまう。
これから会う彼女はオシャレな子だ。一緒にいても恥ずかしくないように、めいっぱい着飾ってきたつもりだけど……変じゃないよね?
そう自分に言い聞かせながらドアを開けると、可愛らしい鈴の音が鳴り響き、バスクシャツに黒のエプロン姿のオシャレな店員さんが近づいてきた。
「いらっしゃいませ。ご予約いただいていますでしょうか?」
人気店ということもあって、休日はやはり満席のようだ。店舗内で待っているグループが数組いる。
「はい、予約しています。えっと友人がもう中にいるので」
「かしこまりました、どうぞ」
店員さんに案内され、目を引くインテリアが並ぶ店の奥へと進んでいくと、私の姿を見つけた親友の明石優香が手招きした。
「琴葉、こっち」
「久しぶり。遅くなっちゃってごめんね」
早足で彼女が待つ席に行き、向かい合う形で椅子に腰を下ろすと、店員さんは「ごゆっくりお過ごしください」と丁寧に一礼し、去っていった。
「今日は誘ってくれてありがとう」
騒がしい店内で改めてお礼を言うと彼女、優香は首を左右に振った。
「お礼を言うことじゃないでしょ? 久しぶりに琴葉に会いたかったし。それにここ、うちの雑誌で取り上げたことがあるから、一度来てみたかったんだよね」
頬にえくぼを作って笑う優香に自然と笑みが零れた。
私と優香の出会いは高校の入学式の時だった。
同じ中学校出身の子がいなくて不安だった私に、優香が声を掛けてくれたのがはじまり。
優香はとにかく明るくて世話好き。大学を卒業後、夢だった出版社に入社し、今では人気の女性雑誌の編集をしている。
彼女が予約時に注文してくれたアフタヌーンティーセットが運ばれてきて、思わず歓声が上がる。
「すごい、美味しそう」
「ね! 想像以上のインスタ映えだわ」
そう言いながら早速優香は写真に収めている。私もバッグからスマートフォンを取り、記念に一枚収めた。
「それにしても会うの、本当に久しぶりだよね。えっと……この間会ったのは三ヵ月前だっけ?」
ケーキを頬張りながら思い出しては驚く優香。
「そうだね。お互い仕事が忙しかったから」
今は落ち着いてきたようだけど、彼女の仕事はハードで、特に新人ということもあって覚えること、やることがたくさんあり、いつも忙しそうだった。
私も法律事務所の事務員として入社して一年になる。今年の誕生日で二十四歳になり、学生の時とは違う初めての社会人生活に四苦八苦しながら、目まぐるしく日々を過ごしてきた。
ケーキをひとつ食べ終え、今度はマカロンに手を伸ばすと、優香は深いため息を漏らした。
「仕事ばかりで恋愛している暇もないし。おまけに女性ばかりの職場だから出会いもないしさー。その点、琴葉はいいよね」
そう言うと彼女はフォークを私に向けて、ニヤニヤ顔を見せる。
「あーんなに素敵な彼氏がいるんだもの。おまけに幼い頃からの許婚でしょ? 最高すぎる」
「いや、その……」
なんて答えたらいいのか迷い、曖昧な笑みを浮かべるしかできなくなる。
いつからだろうか。……彼の話をされると、複雑な気持ちになっちゃうのは。昔は冷やかされたり、からかわれたりするたびに嬉しくて、幸せな気持ちでいっぱいになれたのに。
マカロンをもぐもぐと食べながら「そんなことないよ」と答えたものの、優香の話は止まらない。
「何度か私も会ったことがあるけど、カッコよくて優しくて羨ましいよ。私もあ〜んな素敵な彼氏がほしいなぁ。もちろん今もうまくいっているんでしょ?」
「……うん」
返事をすると、また優香は「羨ましい〜」とため息交じりに呟いた。
私には親同士が決めた許婚がいる。それを聞かされたのは、中学二年生、十四歳の時だった。
彼、黒瀬楓は私より五歳年上の二十九歳。父親同士の仲が良く家族ぐるみの付き合いをしていた。
楓くんの家は代々、リゾート開発などを幅広く手掛ける不動産会社、『クロセ不動産』を経営している。
そこで彼は海外事業部に所属していて、海外へ出張に出ることが多い。今もまさに海外出張中だ。
物心つく頃から頻繁に会っていた楓くんは、ひとりっ子の私にとってお兄ちゃん的存在で、私は彼のことが大好きだった。
でも思春期になり、お兄ちゃん的存在だった彼は、私の中で好きな人に変化していった。
学生の頃の五歳の差は大きくて、酷く自分が子供に思えた。その思いは楓くんが高校生、大学生になるたびに大きく膨れるばかりだった。
だから両親から許婚の話を聞いた時は、飛び上がるほど嬉しかった。だって大好きな人との未来が約束されたのだから。
まだまだ子供だった私は無邪気に喜んで舞い上がっていた。楓くんも断ることなく受け入れてくれたと聞いて余計に。
それからというもの、会う時はいつも家族と一緒だったのが、ふたりっきりで会うようになった。
デートしても手を繋ぐだけで、近場に出掛けたり、健全に勉強を教えてもらうだけの日もあった。
それでも私は彼とふたりっきりで過ごせて幸せだった。
楓くんはずっと昔から変わらず、優しかったから。でもそんな幸せな日々は長く続かなかった。
「ねぇ琴葉、今度また彼に会わせてよ。イケメンを拝んで心を潤したい」
「えっ? ……あ、うん。わかったよ」
優香の声に、物思いにふけっていた私はハッとし慌てて答えた。
「約束だからね」
「うん」
再度念を押され返事をすると、優香は満足したのか再びケーキをパクパクと口へと運びはじめた。
それからお互いの近状報告をしながら、楽しいひと時を過ごした。
「ふぅ、ちょっと食べ過ぎちゃったかも」
優香と駅の改札口で別れ、地下鉄を乗り継いで、原宿駅の山手線のホームで電車の到着を待っている中、自然と手はお腹に触れてしまう。
意外とボリュームがあり、頑張って全部食べたもののお腹いっぱい。これは夕食抜きでもいいかもしれない。
十八時をまわり、夜に近づくこの時間は肌寒い。もう少し厚着をしてくればよかったと後悔していると、前に立つデート帰りらしきカップルが人目も気にせずイチャイチャしはじめた。
クスクスと笑い合いながら手を繋ぎ、寄り添い合うふたりに目のやり場に困るものの、内心羨ましくも思う。
私は楓くんと、いまだに手を繋ぐから先へ進んでいないから。子供の頃はあったかもしれないけれど、大きくなってからは目の前のふたりのように、ぴたりと寄り添ったことがない。
それなのに許婚の関係にある私たちは、やっぱり普通じゃない気がする。
「ううん……もうずっと普通じゃないよ。やっぱり間違っているんだ、こんな関係」
漏れたひとり言は、ちょうど電車到着を知らせるアナウンスにかき消された。
到着した電車に乗り込み、ドアに寄りかかる。発車すると流れる景色と共に今にも泣きそうな自分の顔が窓に映った。
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