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旦那様は新妻を(予想外に)愛しすぎてます

高田ちさき

第一章 (2)

 むしろ一部の女子社員に限っては大歓迎だ。
「いや〜ん。代表ったら、今日もすんごくかっこいい 今度絶対飲みに連れて行ってもらうんだぁ。彼女いると思う? あのアナウンサーが久我山代表のことを狙っているっていう噂、本当だと思う?」
 隣のテーブルできゃあきゃあと女子大生のようにはしゃいでいるのは、後輩の平川美奈(ひらかわみな)とその同期メンバーだ。
 若い独身男性を見ると将来の旦那(だんな)様候補にと、目の色が変わる彼女たちにとっては、いきなり身近に現れた好条件のイケメンに飛びつかないわけはなない。
 結局のところ崇はみんなの注目の的なのだ。
 ゆかりははしゃぐ美奈の態度を見て、眉間(みけん)に深い(しわ)を寄せた。
「ちょっと静かにできないの。いい歳してるんだから、他の人の迷惑も考えなさい」
 休憩室には、知依や美奈たちのグループの他にも、何人かが昼食をとっている。ゆかりの言うことはもっともなのだが、美奈はそれが気に入らなかったらしい。
「え〜ちょっとぐらいいいじゃないですかぁ。休憩中なんだし。それにいい(とし)っていうのは新山さんみたいな人のことをいうんじゃないですかぁ? 美奈はまだそこまでオバサンじゃありませんから」
 にっこりと首をかしげる。その態度が余計にゆかりの怒りの炎に油をそそぐ。
「あんたねぇ!」
「やだ、こわぁい。冗談ですよ、冗談! お先に失礼しまぁす」
 怒ったゆかりを見ても、悪びれる様子もなくその場を去っていく。美奈が出て行ったドアをにらみつけたゆかりは、はぁとため息をついた。
「いくらお客さんに頼まれたからって、あんな子採用するなんて」
「まぁ、先代は優しい方だったから」
 知依はあたりさわりのない言葉を返した。と、いうのも彼女自身もコネ入社に該当するからだ。
 知依と崇の父親同士は幼いころからの親友だった。その縁があり事務所で一緒に仕事をしないかと誘われたのだ。
 父親が生涯の仕事として選んだ税理士という道を、自分も歩んでみようと思っていたので、弘の申し出はありがたかった。
 コネ入社に関しては新卒の募集要件を満たしていたのだから、気にする必要はないと弘は言っていたが、よく思わない人も少なからずいるので、知り合いだということは今まで公言していない。
(わたし職場の人に秘密にしていることばっかりだな……)
 入社以来、公私ともに面倒をみてくれているゆかりには本当のことを話したい。けれど、どう伝えればいいのか、また伝えた後彼女がどう思うのかを考えると、すべてを話すということをためらってしまう。
 テレビの画面の中では、崇が今後の日本経済の見通しなどをお茶の間向けにわかりやすく説明している。
 彼はもともと愛想(あいそう)の良いタイプではない。常に冷静でクールだ。ただその近寄りがたい雰囲気が人気の秘訣(ひけつ)なのだと聞いた。世の中は何が良しとされるのかわからないものだ。
 隣に座るアナウンサーの彼を見つめる視線に特別な感情がこもっているように感じる。いやアナウンサーだけではない。
 若い女性を始め、仕事をともにした男性からも彼は絶大な支持を得ていた。それは今に始まったことではない。幼少期から神童(しんどう)と呼ばれ、皆の憧れの(まと)だった。大人達からも一目置かれ、彼にできないことはないのだと周りの誰しもが思っていた。
 容姿端麗(ようしたんれい)
 天資英明(てんしえいめい)
 古今無双(ここんむそう)
 昔から彼を()め称える言葉が、周りに溢れていた。
(まさかそんな人がわたしと結婚しただなんて、みんながもし知ったら卒倒(そつとう)するだろうな)
 事務所がパニックになっている様子を想像して、心の中でちょっと笑ってしまう。
 しかしそんな笑ってしまうような出来事が、事実なのだ。
 崇に比べると、知依は至って標準だ。少し背が低く目が大きいことから、実年齢よりも幾分若く見られる。本人は気にして、髪を肩まで伸ばして、大人っぽい服装を心がけて努力をしているが、それにしても至って“普通”だ。
「知依、それ早く食べちゃわないと午後から外出するんじゃなかった?」
 そう言われて腕時計を確認すると、昼休みが終わるまであと十分しかない。急いで残っていた卵焼きを頬張って、片付けた。

 その日の夜。キッチンで夕食の食器と一緒にお弁当箱を洗っていると玄関の扉が開いた音がした。ほどなくしてリビングに崇が姿を現した。
「お帰りなさい」
 キッチンカウンター越しに声をかけると「あぁ、いたのか」と短い返事があった。
 崇はダイニングにビジネスバッグを置き、ネクタイを緩めながら冷蔵庫へと向かう。中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、ごくごくと(のど)を鳴らして飲んだ。
「お茶漬(ちやづ)け食べる?」
 知依が崇に(たず)ねると、ペットボトルに口をつけたままうなずいたので、すぐに準備に取りかかる。
 ちょうど夕食に食べた鮭を、明日のお弁当のおにぎりの具に使おうとほぐしておいた。それをお茶碗によそったごはんの上にちらし、あられとのりをふりかけた。
 急須(きゆうす)に出汁を入れて、漬物(つけもの)と一緒にトレイのせてダイニングに持っていくと、ちょうどよいタイミングで崇がスウェットに着替えて自室から出てきた。
美味(うま)そう。いただきます」
 崇がきちんと手を合わせてから箸を持った。普段はどちらかというと偉そうな態度なのに、こういった挨拶などのマナーはきちんとしていているのは、小さなころから変わらない。
 なんだか手持ち無沙汰(ぶさた)になってトレイを持ったままで話しかける。
「今日は、テレビ番組の打ち合わせだったの?」
「そうだ。仕事の内容まで伝えていたか?」
 打ち合わせで遅くなるから食事はいらないと言われていた。けれど内容までは聞いてない。
「昼間テレビに出てたから、いつもそのあと次週の打ち合わせをするでしょう?」
「あぁ、それで」
 お茶漬けを()きこむ崇を見て、知依の中にふと昼間の出来事が思い浮かぶ。それは美奈が言っていたセリフだ。
『あのアナウンサーが久我山代表を狙ってる』
 思い出すとなんだか聞きたくなってしまった。
「崇くん、あのアナウンサーの三須(みす)さんに狙われてるって本当? ……あっ」
 言葉にしてから、知依は失敗したと思った。もう少しオブラートに包んだ聞き方があっただろうに。
「なんだその話」
 崇は怪訝(けげん)な表情を浮かべた。
「いや、あの……ちょっと小耳にはさんで」
 美奈の名前は出さないほうがいいだろう。社員が上司の(うわさ)話をしていたとなるとあまりいい顔はしないはずだから。
 しどろもどろになってしまった知依を見て、崇は何かを思いついたのか人の悪い笑顔を浮かべた。
「ふーん。さてはヤキモチか?」
「ち、違うよっ! ちょっと気になっただけで」
 崇が顔を覗いてきた。綺麗(きれい)な顔が近づいてきたので、思わずドキドキしてしまう。
「そうか……残念だな。やっとそういう感情が芽生えてきたかと思ったんだが」
「だから違うって言ってるのに……」
 どう答えればいいのか知依にはわからなかった。妻としては「ヤキモチをやいた」と言うのが正解なのだろうか。
「まぁ、仕方ないな。男女のことなんて、まだ何もわかってないだろう」
「そ、そんなことない……けど」
 そう言って口を(とが)らせてみたものの、崇の言うことの方が正解だ。知依の恋愛経験はほぼないに等しい。
 崇はそれをわかっていて、知依をからかうのだった。
 口を閉ざした知依を見て、崇が片方の口の端を上げて小さく笑った。
「まぁ、処女だし仕方がないか」
「ちょ、ちょっと!」
(事実だけど、わざわざ言う必要なくない?)
 抗議しようと思った。けれど、崇はその場で立ち上がると知依の髪をクシャっと混ぜて、自室へ戻ってしまった。

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