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旦那様は新妻を(予想外に)愛しすぎてます

高田ちさき

プロローグ / 第一章 (1)


   プロローグ


 頬を()でる風は少し冷たい。その風が、満開の桜の枝を揺らし桜吹雪を作り出す様は、思わず見とれてしまうほど幻想的だった。
 しかしその場で呆然(ぼうぜん)としていた静知依(しずかちえ)には、美しいはずのその景色を楽しむ余裕など全くなかった。
 大きな病院の中庭では、昼間は患者や見舞客などがゆっくりと時間を過ごしている。しかし面会時間を過ぎた今の時間には人影はほとんど見られない。
 時折仕事を終えた病院関係者たちが、駅への近道として通り抜ける程度だ。
 知依はそこにある白いベンチに座り、驚愕(きようがく)の表情を浮かべて隣に座る久我山崇(くがやまたかし)をだまったまま見つめていた。
 だまっていたというよりも、驚きすぎて声が出ないというのが正しい。
 なにか言葉にしなくてはいけない。そう思って口を開いてみるがパクパクと開いたりとじたりするだけで、声にならない。
(いったい……どういうこと?)
 目の前にいる崇の顔は真剣そのものだ。
 切れ長の漆黒(しつこく)の目は鋭くこちらを見つめ、決して「NO」とは言わせないつもりだと物語っている。
「あ、あの……」
「なんだ」
 やっと声とともに出した勇気は、崇の低い声におびえてしぼんでしまいそうになる。
(ダメダメ、このままじゃっ!)
 もう一度覚悟を決めた知依は、崇の顔を見ずに一気に話す。
「あの、きっとわたしの聞き間違いだと思うんです。最近仕事が忙しすぎて疲れてるのかなぁって」
 笑ってごまかすのは、知依の得意技だ。今回もこれで乗り切るつもりだ。
 そう思ったけれど、崇には全く通用しない。
「それは事務所の代表である俺に対する訴えか? 俺の知るところでは仕事量は問題ないと思うが、休日も繁忙期以外は──」
「ち、違います! 久我山代表がいきなり変なこと言い出すから、聞き間違いだと」
 あわてて否定して、伏せていた目をチラッとあげて崇の様子を窺った。
「あんな短い言葉も聞き間違えるのか」
 冷たい視線が突き刺さり、思わず肩をこわばらせた。
(聞き間違えるもなにも……こんな怖い顔して言う言葉じゃないでしょう!)
 心の中で突っ込んでも、実際に口にすることができない。
 この場をどうにかしなくてはいけない。その一心でこのおかしな状況に立ち向かう。
「だって、いきなりあんなこと言い出すなんて、おかしいじゃないですか?」
(わたしの言ってることは間違っていないはず!)
 知依は確信をもって、崇に意見する。
 父親同士の仲が良く、小さいころはよく面倒を見てもらった。そのころからどこか崇には逆らえなかった、今もそうだ。
 けれど今回は黙っていられない。知依自身の人生に大きく関わることだからだ。
「どこがおかしい。俺は、お前にプロポーズしただけだろう」
「だ、だから! それがおかしいんです」
 知依の抗議にも一歩も引かず、自分は間違っていないと堂々としている崇を見ていると、自分のほうがおかしいのでは? とまで思い始めそうだ。
「ど、どうして、わたしなんかに?」
「ハッ、何おかしなことを言い出すんだ。理由なんてわかりきったことだろう」
 崇は知依を鼻で笑った。
「理由なんてわかるわけないじゃないですか。こんな唐突に──」
「結婚したいと思ったからだ」
 崇の大きな手が、知依の肩に置かれた。少し冷え始めた体に彼の体温を感じてドキンと胸が鼓動を打つ。
 知依は思わず崇の顔を見上げた。崇もまた知依の顔をじっと見つめている。
 その目にからかいや、偽りなど感じられない。
「俺は、お前と結婚したい」
「──っ……」
 心臓に射抜かれたような衝撃が走る。思わず胸を押さえた。
「俺と結婚しよう。知依」
 彼の手がゆっくりと、知依の髪を撫でた。さっきまでの人を寄せ付けないような冷たい態度とは違う。視線にも言葉にも温かさを感じる。
 幼いときに一緒に過ごした崇の姿と重なる。
 心地よいその手に安らぎを感じた知依は思わずうなずいてしまった。
「はい」
 返事をしてすぐに、ハッと我に返る。崇を見るとニヤリと笑っていた。
(もしかして、いろいろ間違ってしまったかもしれない)
 知依がそう思ったときには、すでになにもかもが遅すぎた。
 桜の花が風に舞う中、ふたりは黙ったまましばらくの間見つめ合っていた。

   第一章


「本日のコメンテーターは、公認会計士で株式会社KキャピタルCEO兼、あおいビジネスマネジメント代表の久我山崇さんです」
 休憩室にあるテレビから、明るいアナウンサーの声が流れてくる。数人の女子社員が各々お昼をとりながら、それを眺めていた。
 知依も自作のお弁当を広げて、自分の事務所の代表が出演している放送を見ていた。
 ここ、株式会社あおいビジネスマネジメントは税理士事務所を母体とする企業だ。崇の祖父が開いた事務所で、崇の父である先代の(ひろし)が大きくした。
 だがしかし、長年の無理がたたったのか体調を崩し、息子である崇に代表を譲ったのは半年前のことだ。崇はアメリカの大学を飛び級で卒業後、誰もが知る世界的金融機関で大規模なM&Aを何件も成功させてきた。
 帰国後すぐに、公認会計士の資格を取得し国内最大手の監査法人に就職。名だたる企業の監査を担当すると、退職後M&Aを仲介する株式会社Kキャピタルを設立。CEOとして経営し、日本でも数々のM&Aを成功させた。そして体調不良の父親の跡を()ぎ、あおいビジネスマネジメントの代表も務めることになった。
 その華々しい経歴に加え、見る人を否応にも引きつけてしまうほどの整った容姿の持ち主だった。サラリとした黒髪。そこから覗く形のよい切れ長の目。高い鼻梁や男らしい口元。どこをとっても完璧だ。
 天は二物を与えず……なんて言葉は彼に限ってはあてはまらない。
 さっそうと現れた見目(うるわ)しい経済界の風雲児(ふううんじ)にマスコミはとびつき、あっと言う間に崇は有名人になったのだ。現在ではテレビ出演に加え、講演会や本の執筆など本業の仕事以外も多岐にわたり様々な業務をこなしている。
「しかし、我が社の代表は驚くほど人気者だねぇ」
 知依の隣でコンビニのサンドイッチを頬張(ほおば)りながら、ちょっと(あき)れたような態度なのは、知依の先輩で税理士でもある新山(にいやま)ゆかりだ。
「たしかに、お忙しそうですね」
「そうよ、事務所にほとんどいないんだからっ! しわ寄せがこっちにきて大変なんだからね」
 崇の仕事のスタンスとしては、他の者でもこなせるような仕事はすべて部下に割り振っている。これまで代表だった弘が行っていた仕事もしかりだ。
 Kキャピタルの経営も担っている以上仕方がないことだが、その采配は目を見張(みは)るほど素晴らしいものだった。
「でも、何かあったときはちゃんと出てきてくれますよね?」
 部下に仕事を任せてしまっていると言えば聞こえが悪いが、丸投げをしているわけではない。代表である崇が出向かなければどうにもならないような案件に関しては、自ら出向きどんなトラブルでも無理難題でも見事に解決してしまう。日ごろの仕事は部下に任せ、トラブル時には自分が全面に出る。理想の上司だと言えるだろう。
「だから、余計にムカつくのよ。完璧(かんぺき)すぎるのよっ!」
 興奮したゆかりは、手にしていた紙パックの野菜ジュースを握りしめた。もう少し強く握れば、中身がこぼれてしまいそうだ。
「そ、そんなものなんですかね」
 たしかに弘から崇に代表が代わり、仕事内容、やり方、事務所の雰囲気(ふんいき)も大きく変わった。ゆかりのようにそれに戸惑う人も多い。
 しかしおおむね皆、崇を受け入ている。あの手腕を見れば受け入れざるを得ないというのが正しい。

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