気ままに東京サバイブ。もしも日本が魔物だらけで、レベルアップとハクスラ要素があって、サバイバル生活まで楽しめたら。

まきしま鈴木

第一話 目覚め (1)

第一話目覚め



 ぽーんと音が鳴って、エレベーターの扉が開いた。

 いつも通りの廊下が待っていて、若干気を滅入らせながらもグイとかばんを肩にかけなおす。それから同僚らと「おーす」などとあいさつを交わしてフロアの扉を開いた。

 いくら宇宙のことを真面目に考えたって、太陽が昇って朝がやって来れば会社や学校に行かなければいけない。楽しい日曜日はあっけなく終わり、腹の立つ月曜日がやって来るというコンボは、幼稚園から定年退職を迎えるまでずっと続くのだから悲しくなる。人類は冒険心に満ちているはずなのに、なぜこんなにも愚かな仕組みを生み出したのだろう。

 などと思いながらガシャコーッとタイムカードを押した。

 おいおい、もう21世紀をとっくに突破してんだぞ? デジタル化の波も来たし、元号だって変わった。なのにいまだに紙に印字するとかさあ、この会社は一体どこの化石なんだよ。

 などと不満を募らせながら、ぴんぴんと跳ね気味な髪をでる。化粧っ気もないしズボンだし、女らしさのかけらもない。給料が増えないんだからそんなのに金をかける余裕も無いって。

 現代社会へのやるせなさを感じながら上着を脱いでいると、ちょうど目があう人物がいた。

「後藤君。おはよう、ちょっと来てくれる?」

 むすっとした俺にそう挨拶をしてきたのは人事部長のオッサンだった。白髪交じりで俺と同じくらい不機嫌そうな顔をしている。はあいと返事をしたものの、なんだか面倒臭そうなイベントが待っている気がしてならない。


 あーあ、やっぱりなー。

 呼び出された先の会議室には暗い雰囲気が漂っていて、面倒臭そうに座る部長、副部長、そして先ほどの不機嫌そうな人事部長と、計3名の方々からお出迎えをされるというね……月曜日の朝って本当に清々しいなーと脱力しながら思う。

「なんすか、こんな朝っぱらから」

「後藤、それとりゅう。以前から何度も伝えているが、うちの会社には遅くとも始業30分前には出社をするという伝統がある。始業と同時に全力スタートできるように準備をしておくのが、社会人として当然のことだといつになったら理解できるのかね」

 そう机をペシペシ叩きながら人事部長に言われて、すごくすごく俺はげんなりした。

 マジすかー、伝統ですかー、と耳をかっぽじりながら答え……って、俺の他にもう一人いたの!? などと慌てて机の端を見ると、そこには背が小さくて黒髪を背中まで伸ばした女性がちょこんと座っていた。

 ちらりとこちらを見てきたのは雨竜という大学卒業したての女で、入社をしてまだ日も浅い。

 なので教育係として色々と教えている真っ最中なのだが、どうして俺みたいな適当な奴に任せているのかはいまだに理解できない。前任者が教育を放り投げたとは聞いてるんだけど、その理由も聞かされていないんだよね。

「返事はどうした、後藤?」

「え? ああ、意味があるならもちろんしますけど、うちの部署以外の連中って本当に全力でスタートしているんですか? 文句ばっかり言って仕事を受け取らないし、定時まで真面目そうな態度で時間を潰しているようにしか見えないんですが」

「仕事の良し悪しではなくて、他の者への示しの問題だよ。雨竜君は新人だから、そういうことをちゃんと理解できるよね?」

 なんで新入社員だと理解できるのかはまったく分からん。会社なんだから仕事の良し悪しを優先したほうが良いんじゃないっすかね。などという不機嫌さを表すように俺の目つきと姿勢は、だんだん悪くなってゆく。

 一方の雨竜はというと新人らしく姿勢正しく頷いてから、はきはきと答えた。

「義務でしたら契約書に正しく記載をしてください」

「そうそ……んっ?」

「拘束時間にあたるようでしたら、正しい勤務時間を明記してください」

 真正面から正論をぶつけられた人事部長は、口をぱくぱくさせていた。

 そうなんだよなー、こいつは俺とちょっと違う意味で面倒臭いんだ。仕事の覚えは早いんだけど、他の奴らと違ってなあなあで済ませられない。会社の伝統とか精神論なんてまったく理解できないのは、ある意味で現代人らしいのかね。彼女の教育を前任者から引き継いだのも、たぶんそれが理由だ。

 などと完全に他人事として眺めていたら、びしっと俺が指さされた。

「後藤、そもそもお前がいい加減な勤務態度だから、おかしな影響が出ているんじゃないか? 先輩らしくもっと真面目にやったらどうかね」

 え、そうなの? と雨竜を眺めると、長い黒髪を揺らして「さあ?」と小首をかしげていた。

 尚も小言は続いて、面倒になった俺は窓の外をぼんやりと眺める。でも別のビルが視界を塞いでいて、せっかく晴れているのに青空はちょっとしか見えなかった。

 思わずため息が出てしまうよ。まだ若いってのに、このまま何年も何十年も、ずーっと働かないといけない現実がさ。

 ばんっ、とテーブルを叩かれて俺の思考は会議室に引き戻された。

「聞いているのか、後藤! これ以上、態度に問題があるようなら給料に響くぞ!」

 そう唾を飛ばされた俺は、かちんと来た。

 持ち前の負けず嫌いのおかげで営業成績はかなり良い。まだ少ない経験を気合いと努力でカバーしているので社内でもトップクラスだ。それなのにたった10分のことで、しかも遅刻だってしていないのに評価を落とすだと? 会社の伝統とやらのために?

 ずばん、と人事部長がのけぞるくらいテーブルを叩いて立ち上がる。

「さっきからバンバンうるっせえんだよ! そんな下らないことで俺たち4人の時間を奪うよりも、皆が定時であがれるくらい各部署の連携をもっと上げろ! さっさと帰るんじゃなくて何か手伝えることがあるかを、そっちこそちゃんと聞け! このバーコードしらッ!」

 これまでだんまりだった俺の部長と副部長は「やっぱりこうなったか」と頭を抱え、後輩は大きめの瞳を真ん丸にしていた。騒ぎは外にまで聞こえていたらしく、同じフロアの同僚たちも「なんだなんだ」と視線を会議室に向けていたらしい。

 まあね、態度に問題があると指摘されたのは正しいよ。だってこんなにキレやすい俺なんかがよく会社勤めしてられるなーとか我ながら思うもん。同僚からも、しょっちゅう同じことを言われてるしさ。

 とまあこんな感じで俺はつまらない社会人生活を2年ほど続けている。さっきみたいに爆発するときもあるけど、うっかり採用をしてくれた会社のおかげで親に心配をかけないくらいには問題なくやって来れているはずだ。

 たぶんこの先も同じような「まずまず」の日々が続くだろうと、このときの俺は思っていた。


 自動ドアが開いて一歩進むと、ようやく青空を眺めることができた。

 やっぱり本日はなかなかの快晴で、ちょっとだけ気分も晴れてくれる。街路樹から差し込む陽も暖かくて気持ちが良い。うーんと俺は大きな伸びをする。

 極めて下らないやり取りも終わり、やっとお昼の休憩時間になってくれた。先ほどのうさも晴らしたい俺としては、さっさと馴染みのラーメン屋さんに行きたいところだ。

「ラーメン、ラーメン、大判チャーシュー麺♪」

 ひょいひょいと軽い歩調で路地裏を歩き出す。この辺りは新宿に近いんだけど、栄えているところから少し離れた住宅街だ。なので主婦っぽい人もたくさんいるし、俺と同じように昼食をとろうと外に出た会社員も混ざっている。通りはそれなりに賑わいを見せていた。

 その道で、きょろりと俺は周囲を見渡す。

「なんだろ、変な感じ」

 違和感というか、お尻がムズムズする感じがしたんだ。恐怖映画とかで、そこの扉を開けたらきっと怖い奴がいる……みたいな予感じみたやつ。どこから見てもごく普通のお昼どきなんだけど、よく見たら色せていて寒々しい印象があるような無いような。

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