クールなCEOと社内政略結婚!?

高田ちさき

悲劇の種をまく男 (2)

「なお美がこの世からいなくなって、十二年か」

 母への挨拶を終えて父の車の後部座席に乗り込むと、墓前で思いっきり泣いた父はすがすがしい顔で私の隣に座った。

 車は行き先を言わずに走りだす。お墓参りの後に食事に行くのが、私たち親子のいつもの行動パターンだった。

「お父さん、元気だった?」

 父はそんな私の問いかけに、不機嫌になる。

 あぁ……忘れてた。この人、超絶面倒な人だった。

「ごほんっ……。パパ、元気だった?」

「あぁ、あさ美。元気だったよ、あさ美も元気そうだね。ますますキレイになって……ぐずっ……なお美に似て……キレイに……うううぅうう、なお美ぃいいい」

 あぁ、また始まった。

 再び泣きだした父に、車の運転をしている父の秘書――私の幼なじみでもある俊介も、バックミラー越しにあきれた表情でこちらを見ている。

 私が肩をすくめてみせると、俊介は笑顔を見せた。清潔感のある黒い短髪、笑うとのぞく真っ白な歯は、昔からちっとも変わらない。

 同級生のリーダー的な存在だった俊介は、小さい頃うちのアパートの近くに住んでいたのがきっかけで、なにかと要領の悪い私の面倒をよく見てくれた。俊介からずいぶんからかわれた記憶もあるが、それさえ、今ではいい思い出だ。

 当時は、家庭環境のことで、いわれのない中傷を受けることもあったが、そんなときは必ず俊介がかばってくれた。『俺がいじめるのはいいけど、他人がいじめるのは許せない』と言ったのが、すごく印象的だった。

 結局、高校三年まで同じ学校に通い、『面倒だ』と言いながらも、なにかあればいつも助けてくれた。成績が落ちたときには勉強を教えてくれたし、失恋したときには慰めてくれた。ひとりっ子の私にとっては、双子の兄妹みたいな存在だ。

 そんな俊介は高校卒業後、ニューヨークに留学した。その間、連絡は取っていたものの、大学卒業後の彼の就職先が父の会社だと知ったときは、本当に驚いた。今は、父の数名いる秘書のひとりとして、身の回りの世話をしているらしい。

「ちょっと落ち着いて。ね?」

 私が渡したハンカチで、父は涙でびしょびしょの顔をごしごしと拭いている。

「う……なお美……。亡くなる前にもう一度会いたかった。もう一度あのおっぱいに顔をうずめたかったぁああ」

 ……変態。この人の血が自分に流れていると思うと、頭が痛くなる。

 そうして、車が緩やかに減速を始めた頃に、ようやく父は泣き止んだ。泣きはらした真っ赤な目の父の後に続いて、都内でも有名な高級中華料理店の中に入る。

 ここは、一階がダイニング、二階・三階が個室になっており、父が顔を見せると、すぐにスタッフが三階の個室に案内してくれた。

 中央に大きな丸いテーブルが鎮座する個室は、ふたりで食事をするには少々広すぎるけれど、大きな窓ガラスの向こうには銀杏いちょうの木の青々とした葉が見える。おそらく、食事をする客を季節ごとに楽しませるのだろう。

「お父……パパはどうして、お母さんと結婚しなかったの? だって、今でもそんなに泣き叫ぶくらい好きなんでしょう?」

 最初に出された食前酒を飲みながら、私は、ずっと疑問に思っていたことを今さらながらぶつけてみた。

 父との衝撃的な出会いの後、私が彼の戸籍に入ると決心したのは、なにを隠そう母の遺言があったから。母の葬儀に駆けつけた父とその弁護士が、母の残した遺言書を私に見せてくれたのだ。

 そこには、目の前の男性が間違いなく私の父親であるということ、そして、母にもしものことがあれば私が成人するまで面倒をみる、といったような内容が書かれていた。

 それでも、見知らぬ男性の元に身を寄せることは、中学三年生だった私にとって簡単なことではなかった。しかし、母の死を悲しまない親戚にたらい回しにされるよりは、母の死を全身全霊で悲しんでくれているこの男性を信じたいと思った。

 そして、あのとき自分の直感を信じたのは正解だった。

 だけど、こんなにも母を愛しているのに、なぜ結婚しなかったのか。それだけが、ずっと不思議だった。もちろん、なんとなく事情があるのはわかっていたけれど、これまではどうしても核心に触れることができなかった。

 それなのに、なぜか突然聞きたくなったのは、今年、母が私を産んだ歳に追いついたからかもしれない。

 当時のことを話す父は、いつもと違いひどく沈んだ顔をしている。

「私の両親がなお美との結婚を反対していてね。それでも私は添い遂げるつもりだったけれど、『なお美がいればなにもいらない』と言った翌日、彼女は私の元から消えたんだ。私の部屋にあった金目のものを根こそぎ持ってね」

「ウソッ! お母さんはそんなことしないっ!」

 衝撃の事実に驚いて、大きな声を上げた。

「今考えてみれば、なお美はそんなことをしないとわかる。でもその頃の私は、冷静さを欠いていた。なお美に裏切られたと思い、父親の会社を継ぐべくニューヨークへ旅立った」

 父は、目の前にあるグラスワインを傾けながら話を続ける。

「その本当の理由がわかったのは、彼女の遺言を受け取ったときだ。あさ美、なお美が大切にしていた宝箱を覚えているかい?」

「あ、うん。中を見せてって、どんなにお願いしても、一度も見せてくれなかった。大事な思い出が詰まってるからって……」

 大学ノートくらいの大きさのよせざいの宝箱で、ずいぶん年季の入ったものだった。

「その宝箱の中に、私の部屋から持ち出したものがキレイにそろっていたよ。ひとつも欠けることなく。……彼女は、私に父の会社を継いでほしかったんだと思う。そのために自分が犠牲になったんだ」

「そんな……」

 もともと強い人だと思っていた。けれど、まさか相手に恨まれても自分の愛を貫くほどだったなんて……。

 言葉もなく、ただ父の話に耳を傾ける。

「ふがいないパパでごめんよ……。あさ美は……うっ……うう……あさ美は、パパが幸せにしてあげるからね」

 感極まってまた泣きだした父親に、慌てて新しいハンカチを差し出す。

 この日だけは、吸水力のあるハンカチをバッグに最低五枚は忍ばせるようにしている。それが今日も大活躍だ。

「もう、いいよ。私は充分幸せだし」

 その言葉にウソはなかった。中学三年で母を亡くし、急に父として現れた見知らぬ男性の保護下に置かれることになったのは、決して普通のことではない。けれど、高校、大学そして就職と、父は口出しをすることなく私の好きにさせてくれた。

 私は自分の思っている道を自分で歩んでいる。とても幸せなことだ。

 それに本音を言えば、父に私の幸せを任せても、きっとロクなことにはならないだろう。彼は、仕事はできるのかもしれないが、人間としては少々……いや、相当変わり者だ。人の意見は聞かないし、世間の常識なんぞはいっさい無視。自分の直感だけを頼りに行動する男を理解できる人は少ないだろう。

 とはいえ、なにかと型にはまらない父だったから、私も自由にさせてもらえたとも言える。

 それから私たちは、これまで幾度となく交わされた、お互いの母との思い出話をしながら、母の命日をふたりで過ごした。


 食事を終え、俊介の運転で自宅マンションへ向かう。

「ごちそうさま、パパ。でも、久しぶりの日本なのに和食じゃなくてよかったの?」

 帰国時は和食を食べることが多いのに、今回は中華料理だったので気になって尋ねた。

「あ、言い忘れてた。今週の土曜日に、いい店が予約できたんだ。あさ美はなお美の振り袖を着て、一緒に食事をしてほしいな」

 振り袖かぁ……面倒だな。でも断れば、再び父の号泣が始まってしまい面倒だ。それにきっと、この先あまり振り袖を着る機会もないだろうし、たまにはいいか。

「うん。わかった。じゃあ、また連絡するね」

 ちょうどマンションに到着して車から降りると、父がパワーウィンドウを下げてこちらを見た。

「やっぱりパパ、あさ美のマンションに泊まりたい」

「やめてよ、狭いんだから。ワガママ言って、俊介に迷惑かけないでよ。俊介、もう行っていいよ。送ってくれてありがとう」

 まだなにかグズグズ言っている父をおいて、私は運転席にいる俊介に車を出すように伝えた。

 ……疲れた。いくら遺伝子上は親子といっても、普通の親子関係とは程遠い。でも、母を大事に思う気持ちで父と私は確かにつながってる。

 そういう関係も悪くない。そう思いながら、マンションのエントランスに向かった。

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