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政略結婚ですが愛されています

惣領莉沙

お見合い相手は初恋の人 (2)

『交通ICプロジェクト』と呼ばれるそのプロジェクトに直接関係のない社員でさえその動きを注視し、成り行きに神経をとがらせていた半年間。社内のすべての部署が、そのプロジェクトへの尽力を惜しまず、休日出勤の際には差し入れをしたり、必要とあれば簡単な確認作業にも協力した。

 関係者以外厳秘のものが多く、神田課長の判断により協力の申し出を断ることも多かったと聞くけれど、創業以来続いている〝全社一丸となって仕事に取り組む〟という社風が生き、さらに社内の雰囲気はよくなったように感じる。

 そして、責任者である神田課長が言う『優秀な社員たち』が結集して進められたプロジェクトは無事にその任務を終え、先日納品を完了した。

「ここにいるメンバー以外にも、今回の仕事に力を注いでくれた人は多い。もちろん、協力会社の人たちにもかなりの無理をお願いして仕事を進めていただいた。直接かかわっていない社員にも、納期までの間、会議室のほとんどを押さえたことで迷惑をかけている。社長賞を受賞したのは経営企画部管轄の開発課だが、この賞は全社員へのねぎらいだ。……とはいっても、みんなの努力には感謝している。ありがとう」

 神田課長は、深く頭を下げた。言葉の端々にうれしさとホッとした気持ちが漂い、その姿からも喜びが感じられる。

 ようやく迎えたこの時。口では強気なことを言いながらも、多くの不安を抱え、そしてそれを隠し、部下や上司を引っ張ってきたはずだ。

 下げていた頭を上げれば、その顔に浮かんでいるのは勝者の笑み。『どうだ』と言いたげな余裕に満ちた口元は、さらに私の気持ちを引き寄せた。

 ワンシステムに入社し、神田課長を知ってから、彼を意識しない日はなかったけれど、どこまで私は惹きつけられるのだろう。

 高鳴る気持ちを抑えるように、私は手元のパソコンに視線を戻し、再び入力を始めた。耳に入る神田課長の声に気持ちを上下させられながらも、口元を引き締め、揺れる心をごまかした。

「来週、交通ICプロジェクトの成功と社長賞受賞の打ち上げを予定している。費用は会社が負担してくれるから、みんな参加しろよ」

 その顔を見なくても、声だけで神田課長が楽し気な表情を浮かべているのがわかる。

 どんな声を聞いても、どんな顔を見せられても、とくとくと響く私の鼓動を止めることはできない。

 だけど、どれほど気持ちを寄せたところで、ようやく経験した初恋を、私は手放さなければならないのだ。

「……打ち上げか。どうしよう」

 思わず口にした言葉に、いっそう気持ちは沈む。高揚した空気が立ち込める会議室の中で、ひとりぼっちになったような錯覚を覚えながら、キーボードの上に置いた手をじっと見つめた。


 その日の就業後、仕事を終えた私は、急いで駅に向かっていた。

たま!」

 残業が続いていた毎日に区切りがつき、気持ちも足取りも軽く歩いていると、背後から同期のまえに声をかけられた。

 佐都里は開発一課でシステムの開発をしている。ゲーム好きが高じて、父親のパソコンを借りてプログラムの勉強を始めたことがこの道に進むきっかけだったらしい。

 女性の開発者は珍しくはないけれど、納期直前になれば休日返上、泊まり込みは当然という生活を長く続けられる女性は多くはない。結婚と同時に退職する女性が多い中、佐都里は周囲から体調を心配されるほど仕事に打ち込み、仕事をやればやるほど体調がいいと笑うほどたくましい。

「お疲れ様。珠美が残業せずに帰るなんて珍しいね」

 佐都里が私の横に並び、ふたりで駅まで歩く。

「うん、仕事もひと段落ついたから、今日は早く帰ろうと思って」

「だったら、おいしいハンバーグのお店を見つけたんだけど、これから行かない?」

「あ……ごめん。今日は兄さんたちが来るからダメなんだ」

 佐都里の誘いに惹かれつつも、両手を胸の前で合わせて断った。

「そっか。お兄さんたちに会うのも久しぶりじゃない? なにかあるの?」

「うん。来週、母さんの誕生日だから、みんなが集まれる今日、お祝いしようってことになったんだ」

「じゃあ、仕方がないね。また時間がある時にでも食べに行こうよ。ボリューム抜群のハンバーグ。一度食べたら、やみつき間違いなし」

 佐都里は弾む声で言うと、まるでハンバーグを思い返すように目を細めた。

 身長一六三センチの私と変わらない背丈なのに、私と違って守ってあげなければと思わせる、まるで人形のようにかわいらしい顔。色白の肌に赤みが差した頬は艶やかで、思わず触れたくなるほど美しい。

 そんな見た目のせいか、社内に佐都里を気に入っている男性は多く、食事に誘われたり休日に遊びに行こうと声をかけられることも多い。だけど佐都里にとって恋愛は面倒なものでしかないらしく、いつも断っているようだ。

 外見のかわいらしさを裏切る食欲と、裏表のない明るい性格も彼女の魅力のひとつで、入社以来仲よくしている一番の親友だ。

「ごめんね。近いうちに連れていってよ。佐都里がおいしいって言うお店に間違いはないから、楽しみにしてる」

 このまま佐都里と一緒に行きたいところだけど、忙しい両親と兄たち夫婦が揃う機会は滅多にない。母さんの誕生日のお祝いともなれば、なおさら無理だ。

「あ、この前連れていってくれたスープ専門店もおいしかったから、また行きたい」

「オッケー。でもハンバーグだってスープだって、それこそ和洋中どれをリクエストしても簡単に作ってくれる珠美のお料理のほうがよっぽどおいしいけどね」

 佐都里の口調からは、今すぐにでも食べたいという気持ちが伝わってくる。

「簡単じゃないよ。レシピを見ながら必死で勉強して、ようやく佐都里に食べてもらえるレベルになったんだから」

「いやいや、そんな謙遜しなくてもいいでしょ。私が熱を出して会社を休んだ時に作ってくれた雑炊もすごくおいしかったし。私のリクエストに応えてなんでも上手に作れるほどの腕前なんだから、お店のひとつやふたつ出せるんじゃない?」

「お店なんて、そんなの無理無理……」

 本気でそう思っているのか、佐都里の明らかに真剣な目に、私は口ごもった。

「珠美のお料理だったら、行列店も夢じゃないと思うけどなあ。もったいないというか、欲がないというか」

 佐都里は周囲の目を気にすることなくあきれた声を上げ、顔をしかめている。

「あーあ。珠美みたいにお料理とか手芸とか、家事力に優れたお嫁さんが欲しい。ひとり暮らしの私には、恋人よりもよっぽど必要だもん。ねえ、一緒に暮らさない?」

 いいことを思いついたとばかりに、佐都里はあっという間に笑顔を浮かべてそう口にした。

「それも楽しそうだね。だったら私の両親を説得してくれる? お嬢さんをくださいとかなんとか言って」

「あー。そうだった。箱入り娘の珠美を手に入れるのは簡単じゃなかったんだ。私が男なら、珠美をお嫁さんにして、幸せにしてあげるんだけどな」

 そう言って悔しがる佐都里とふたり、顔を見合わせて笑った。

「ふふ、ありがとう。生まれて初めてプロポーズされちゃった」

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