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政略結婚ですが愛されています

惣領莉沙

政略結婚ですが愛されています / お見合い相手は初恋の人 (1)

政略結婚ですが愛されています


お見合い相手は初恋の人


「今日の朝刊に出ていた社長のインタビュー記事、読んだか?」

「もちろん。今回のプロジェクトのことを熱く語ってたよな」

「無茶な納期を押しつけられて、どうなることかと必死だったけど、無事に納品できてよかったよなあ」

「ああ。俺、かん課長が強引に受注した時には『終わった』って覚悟したんだ」

「俺も。だけど、神田課長の力でこのプロジェクトは成功したようなもんだし、同じ男として神田課長にれたかも」

 近くに座っている男性社員たちの言葉が耳に入り、私もこっそりとうなずいた。

 この数カ月間、休日返上で取り組んでいたシステム開発が終了し、納品も完了した。開発のために発足したプロジェクトも、近いうちに解散することとなる。

 質の高い仕事をやり遂げた達成感からか、午後から行われている経営企画部の部内会議では、いつになく明るい言葉が飛び交い、広い会議室は穏やかな空気が満ちていた。

 ここ『ワンシステム』は、あらゆる企業のシステム開発を業務の柱とし、その中でも金融業や通信業向けのシステム構築を得意としている。また、継続的な顧客との関係を築くことにも重きを置き、サーバーやネットワークの安定した運用のサポートも行っている。

 私が勤務する本社と全国各地にある支店に在籍する社員は、合わせて五千人ほどで、毎年順調に売り上げを伸ばしている業界大手の会社だ。

 本社の中枢である経営企画部が管轄している開発一課から三課のメンバーが一堂に会する月に一度の部内会議では、各課の進捗状況の報告や、今後の見通しについての意見交換、そしてトラブルが発生していれば、いち早い改善に向けた話し合いが行われる。

 経営企画部は、社長直轄のプロジェクトを推進し、会社の今後を左右する重大な案件を取り仕切る重要な部署。いつかはここで仕事をしたいと思っている社員は多く、また、優秀な人材がそろっている経営企画部の男性と結婚したいと願う女性も多い。

 会議の調整役ともいうべき経営企画部の神田課長は、八十人以上が席を並べる会議室前方の電子ボードの前に立ち、今日の議題の中でも特に重要なテーマを話していた。

「『あきかわそうごうびょういん』の新システム開発を開発三課が担当することになったと前回伝えたが、納期が当初の予定よりも前倒しされることになった。というわけで、一課と二課のメンバーの中からも何人か開発に参加してもらう」

 神田課長の言葉に、ざわめきが広がった。

 秋川総合病院といえば、診療科の数も多く、国内屈指の病床数を誇る大病院。そんな病院のシステム開発に参加したい人は多いはずだ。神田課長に集まる視線の温度が一気に上がったような気がした。

「詳細は後日伝えるが、他社が担当していた仕事を営業の努力で受注できた仕事だ。開発チームに入ることになったら、力を尽くしてほしい」

 神田課長は力強い声でそう言った。

「神田課長、やっぱり格好いい。なにを言っても自信にあふれてるし、手がけた仕事はすべて質が高いって評判だし」

「気難しい役員たちに意見を言える勇気もさすがだけど、彼の仕事ぶりを見れば当然だよね」

 私から少し離れた席にいる女性たちの小さな声が耳に入り、ふと手を止めた。

 議事録作成のため、会議が始まってからずっとパソコンに向かっていたせいか、不要な力が体に入っていたことに気づく。小さく息を吐いて視線を上げれば、今話題にのぼっていた神田課長の姿が目に入った。

 現在二十九歳の神田課長は、昨年、歴代最年少で課長に昇進し、若手たちの目標となっている。

 今日の会議で話し合いが予定されている議題のうち、すでに終了したものを電子ボードから消し、残りの議題を見ながらなにかを考えている横顔に、胸の奥がとくんと鳴った。

 長身の体を仕立てのいいスーツで包んだ姿は見栄えよく、切れ長の目と、薄いながらも色気のある唇は、女性の視線をきつけるには十分だ。

「あのキレイな手で頭をでられたら、うれしくて泣いてしまいそう」

「撫でられるどころか、見つめられるだけで立っていられないよね」

 ひそひそと、そしてふわりとした色味のある声が、再び聞こえた。

 彼女たちの会話に心の中で頷いている女性社員は、きっと多いはずだ。私もその例外ではなく、彼女たちの言葉に同意するように瞬きを繰り返した。

 入社後すぐに総務部に配属されてから、二年。私は経営企画部の事務関係の仕事と、経営企画部を担当しているづき常務の秘書的な業務を担当している。秘書といえば聞こえはいいけれど、総務部に籍を置く、経営企画部付の事務社員と言ったほうが正しいかもしれない。

 経営企画部の部内会議で議事録を作成するのも、毎月の定例業務だ。そして、会議の合間に神田課長の顔を盗み見ることが、小さな楽しみとなっている。

 今もそっと視線を向ければ、神田課長――私の初恋の男性は、いつにも増して生き生きとした表情を浮かべていた。

 彼の仕事への真摯な向き合い方と、野心を隠すことなく自分の意見を口にする強さに魅かれ、したう社員は多い。さらに女性社員の多くは彼の特別な相手になりたいと願い、その想いを積極的にぶつける様子を見かけることも少なくない。

 その想いに神田課長が応えたことはないけれど、そんな態度がさらに女性からの人気をあおり、『冷たい紳士を熱く変えることができるのは誰か』と、密かにささやかれている。

「じゃ、最後に。先日、開発が終了して納品を終えた『交通系IC決済システム』だが、会社への大きな利益と社外への存在感をもたらしたということで社長賞が決まった」

 艶のある声が会議室に響き、一瞬の間を置いて、ざわめきというよりも叫びに近い声があちこちから聞こえた。

「社長賞って……本当ですか?」

「すごいっ。すごいじゃないですか! みんなで頑張ったかいがありましたね」

 周囲を見れば、開発に携わったメンバーたちが大きな笑顔を作り、手をたたいて喜んでいる。

 私鉄各社のシステムを統合し、効率的なICカード決済を実現するプログラム作り。国がバックアップしていることも手伝い、規模も予算も大きく、多くの会社が受注を狙っていた。

 一度は他社が受注して、開発が始まった。にもかかわらず、納期に間に合わせることができないと、早々に手を引いたという経緯がある。そのことによるペナルティは相当なものだったはずだ。その後、どの会社も納期に難色を示し、受注に手を挙げることはなかった。

 そんな中、神田課長は社内の役員たちを説得し、その仕事を受注した。

 成功すれば大きな利益につながるとはいえ、失敗すれば金銭的な損害だけでなく信頼をも失ってしまう。十分な利益を上げている我が社にとって、本当に受注すべきなのかを危惧する声が多かったのもたしかだ。

 けれど神田課長は『優秀な社員たちを信じてください』と言って、反対する周囲の声をしずめた。そして、緊急プロジェクトチームが発足され、社運を賭けたともいうべき仕事が動き始めたのだ。

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