オッサン(36)がアイドルになる話

もちだもちこ

3★緊急家族会議を発動する。


緊急家族会議を発動する。


「……というわけで、なぜか再生回数がものすごくて、それによる広告収入が続々入金される感じになっているんだ」

 ミロクは震えながら報告を終えた。彼はなぜこんな事態になっているのか分かっていない。なぜなら自分は無職引きこもり不細工オッサンDTだと思っているからである。

 引きこもりと不細工以外は合っているのが厄介だ。

 毎日出かけているが基本室内で活動しているので、本人は引きこもりのままだと思っているが、それは引きこもりではなくインドア派という。

「ふむ。よく分からんが、悪いことなのかい?」

 いまいち事態を飲み込めていない父の

「あらミロク、かっこよく撮れてるじゃない」

 動画の再生回数に貢献をする母の

「うん。しっかり腹筋使って声出してるね」

 歌唱力は問題ないと太鼓判を押す姉のミハチ。

「あ、コメントにヘアスタイルもいいってある! やった!」

 間接的に評価をもらってうれしい妹のニナ。

「……えっと、そうじゃなくって」

 果たして家族会議の意味があったのか、それは神のみぞ知る……いや、ミロクはひとつ気付いたことがある。最後のニナの言葉だ。

「コメント?」

「そうだよ。かっこいいとか歌がうまいとかダンスがうまいとか。変なコメントもあるけど好意的なコメントが多いね。良かったねお兄ちゃん」

「そうか……再生回数が多いということは視聴した人が多いということだよな」

 ミロクの胸に嬉しさが広がっていく。

 彼は家族以外から初めて「評価」をもらえたのだ。それは彼の人生の中で、味わったことのない喜びだった。

「でも、これはちょっと恥ずかしいな」

 ミロクは動画を消去しようと思った。

 いまだ増え続ける再生回数に驚きながらも、とりあえず最後にコメントを読んでおこうと画面をスクロールしていくと、とあるコメントで手が止まった。

『元気が出ました。ありがとう』

 他にも『他の動画も観てみたい!』『応援してます! これからも頑張ってください』『プロ並みの歌すごい!』といったコメントが大量に書き込まれていた。


 結局ミロクは、動画をそのままにすることにした。

 もらった温かいコメントを消すのは、心優しいミロクには土台無理な話だった。

「こんな俺の動画で元気になる人がいるんだな」

 ミロクは素直に嬉しかった。とりあえず動画は放置する方向で決定する。インターネットを閉じて、ミロクは一つ決意をする。

 仕事をする。

 こんな自分だがせめて、スポーツジムに通ったり、カラオケしたりするくらいのお金を稼ぎたいと、父親に相談した。

 話を聞いた父親が与えた仕事は、自宅でもできる内職だった。

 ボイスレコーダーにった会議の内容を、文字に起こしてほしいとミロクに依頼したのだ。

 元営業マンのミロクにとっては手慣れた仕事だった。会議内容を議事録としてまとめるのは毎度彼の仕事になっていたためだ。ミロクは資料を分かりやすく作成できるため、父親は頻繁に依頼するようになり、ついにはバイトという形で父の会社で雇ってもらえるようになった。


「ミロク、お父さんから電話で、昨日頼んだ資料がすぐ必要なんですって。持っていけそう?」

「父さんの会社か……あ、最新のひとりカラオケ店が近くにあるみたいだから帰りに寄ろうかな」

「また動画を流すの? お母さん楽しみだわぁ」

「もうやらないよ」

 ミロクは苦笑して着替えに行く。さすがに今まで着ていたスーツはせたせいで合わなくなり、ウニクロのカジュアル服を適当に買っておいた。

 何とか父の会社で浮かないように……と自分では思っているのだが、細マッチョな高身長の美形である時点で無理だということに、本人は気づいていない。

 今のミロクの姿は、「職場ではオフィスカジュアル推奨の会社員」といった格好だ。薄茶のパンツに紺のジャケット、インナーは白のシャツで一見地味な格好だ。しかし、彼が着ればウニクロもウニクロに見えない、チートなイケメン補正がかかるようになっていた。そしてやはりこのことに本人は気づいていない。

「行ってきます」

 父親の会社では決まった端末からのみネットにアクセスできるようになっており、社外からはメールも送れない。そのためアナログだが紙に出力して持って行かなければならない。

 電車に揺られ一時間、ミロクは十年ぶりに都心のビル街に出かけたのであった。

「困った……」

 目的地に着いてから気づく。ミロクはうっかりスマホを家に忘れてきていた。とりあえず父を呼んでもらおうと受付に来たのだが、目の前の女性が真っ赤になったまま動かなくなってしまったのだ。

「あの」

「ひゃ、ひゃい!」

「父の大崎イソヤを呼んでほしいのですが……」

「ひゃい!」

「だから……」

 父に書類を早く届けなければということもあり、さすがのミロクもあせりから少しいらつく。

 そこに天の助けか違う受付女性が現れた。彼女はミロクを見て少し固まったものの、何とか父を呼び出すところまで進めてくれた。

 ほっとするミロク。昼までとはいえ、必要な資料ということであったから早く渡したかったのだ。

 無事父親に資料を手渡し、早々にこの場所から離れる。


 彼の去った後では、ちょっとした騒ぎになっていた。

「しぇ、しぇんぱい!」

「あんたね……何やってんのよ。バカなの?」

「だって、だって……」

「確かにすごくカッコよかったけどね、大学生かしら……」

「ち、ちがうんです! センパイ!」

「どうしたのよ。いつになくオカシイ子になってるわね」

「たぶん彼、有名人なんです! たぶんですけど、今話題の動画で……声も一緒でした! たぶん!」

「たぶんが多くない?」

「昼休み、動画を確認しましょう! ね! センパイ!」

「はいはい、仕事に戻るわよ」


 その後のミロクは、都心のカラオケ店の料金を見て「やっぱ地元が一番だな」という確認作業をしてから、夕方になるといつものジムに行き、さわやかな汗を流したのであった。

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