オッサン(36)がアイドルになる話

もちだもちこ

2★歌って踊って楽しく過ごす。


歌って踊って楽しく過ごす。


 カラオケ店に行こうと思っていたミロクは、出がけに妹のに捕まってしまった。

「お兄ちゃん、ヘアカットの練習台になってくれない?」

「え、ああ、分かったよ」

「ありがとうお兄ちゃん!」

 ミロクは妹に甘い。そして弱い。さらにいえば、もちろん美容師見習いの妹のためというのもあるが、伸ばしっぱなしの長い髪が、さすがにうっとうしくなってきていた。

 りっぽい髪型にカットしてもらい、ついでとばかりに自分でひげった。

 久しぶりにさっぱりしたミロクは、鼻歌まじりにカラオケ店に繰り出すのであった。

 ミロクが選んだのは地元にある普通のカラオケ店だった。

 平日昼間は安いし、人も少ない。一人で来ている客も多いとネット情報にあったため、あまり恥ずかしい思いもせずに入店できた。

(なんか、いつもと違うな)

 喫茶店でも本屋でも、ミロクはいつも嫌な視線を感じることが多かった。今日はそれがないと感じながら、ふと鏡を見る。

 そこには髪を切って、こざっぱりしてる自分が映っていた。

「そうか、髪と髭のせいかな」

 スポーツジムにいつもあの怪しげな風体で通っていて、よくフレンドリーに声をかけてもらえていたなと彼らのプロ意識の高さに感心する。ジムスタッフの素晴らしさを実感しつつ、個室に入って早速カラオケの選曲をする。

「結構アニメの曲が入っているんだな……。あ、『踊ってみよう』で流れてた曲もある。すごいな、最近のカラオケ」

 部屋には動画撮影用のカメラが設置されている。説明を読むと、どうやらメールアドレスを登録するだけで、ネットに公開することなくその場で自分の歌や動きを確認出来るようだ。動画サイトと連動しているようだが、これなら自分しか見ないし、恥ずかしくはない。

 ミロクは知ってる曲を歌ったり、動画でイメトレしていたダンスを踊ってみたり、カメラで撮った自分の映像を見て動きの確認をしたりと、かなり充実した時間を過ごした。

「これはいい。家じゃできないダンスの動きを確認できるし、歌を歌うのも楽しい」

 ミロクは夢中になると極めたくなるタイプだ。

 この日を境にダンス、格闘技、歌をひたすら研磨し、一週間が七日じゃ足りないくらい彼の生活は充実していくのであった。


 そして三ヶ月で、ミロクの体重は標準体重といえる七十八キロまで落ちていた。

 ジムで鍛え、カラオケで歌い、さらには母親の健康的な食事のおかげで、細マッチョ体型になっていた。

 高身長に細マッチョ。ダンスのおかげで姿勢も良く、妹の手によるヘアスタイルもかんぺきだ。

「うーん、前みたいな視線ではないけど、最近なんか変な視線が多いんだよな」

 首をかしげながらスポーツジムに行く彼は、視線を集めている理由への心当たりは全くないようだった。

 服装はTシャツに麻のシャツとジーンズと、ごく普通であるにもかかわらず、彼はひたすら注目されることとなる。

 それには、ミロクの両親からの「遺伝」もあるだろう。

 彼の両親は美形だ。

 姉や妹も美形のうちに入るのだが、実はミロクが一番両親の良いところを取っていたりする。幼い頃から太っていたため、ミロクは自分の中に美形遺伝子を持っているなどとは、一ミクロンも思っていない。そのため彼の容姿に対する自己評価はとにかく低かった。


 この日の夜、大崎ミロクの人生が大きく変わる事件が起こる。

 彼は週二回通うようになったカラオケ店に入ると、いつものように選曲する。

 極めるタイプの彼は、今では歌って踊るという大技をかましていた。しかし息を切らさず両立させられるのは一、二曲がせいぜいで、スタミナの無いミロクは毎度落ち込んでしまう。しかし一曲でもそれができるということはもはやプロの領域なのだが、彼の目標はまだまだ高いようだった。

 その日もひと通り歌って踊ったミロクは、自分の動画を確認すると、反省点を洗い出し、〝動画をサイトにアップロードしますか〟の選択でいつも通り「いいえ」を選んで終了したはずであった。


 ところが、最後に撮った動画を確認した後、この日に限って「はい」を選んでいたのだ。

「はい」と選択すると、動画をアップロードする規約の画面になるのだが、一度もそれを選んだことのないミロクは気づくことなく、流れのまま「実行」の操作をしていた。

 こうしてネットにアップされたミロクの動画は、ちょうどアクセスが集中する時間帯に公開され、動画を視聴した人達はツイッタラーやインスタントグラムなどのSNSで拡散をした。

 さらにミロクの外見だけでなく、プロ顔負けの歌とダンスが後押しする、拡散に次ぐ拡散。

 ネット上での高評価、カラオケ店への問い合わせ等が相次ぎ、なぞの美青年が歌って踊る動画は一夜にしてものすごい再生回数をたたき出してしまった。

 ミロクがそれに気付いたのは、カラオケで利用している動画サイトからのメールであった。

「再生回数が一万を超えました? なんだ?」

 その後も続々と再生回数の報告メールが届いたため、とりあえず最初のメールの「あなたの動画一覧」へのリンク先へ飛んでみる。

 動画をネットに公開した覚えのないミロクが、首を傾げながらリンクをクリックすると……。

「な、なんじゃこりゃあああああああああ!!

 彼は物心ついてから発したことがなかった、人生初のたけびを上げたのであった。

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