この度、友情結婚いたしました。

田崎くるみ

「いろいろありまして、友情結婚いたしました」 (3)

「えっ、春樹?」

 ただならぬ様子に、身がまえてしまう。

「悪い、まどか。待たせたな」

「いや、別に……」

 近くまで来ると、今度はなぜかぎこちない笑顔を、顔に貼りつけている。

「でもまどかも悪いんだからな。いくら俺に会いたいからって、会社まで来るからさ」

 はっ、はぁ!? 何を言ってるの?

 来いって言われたから渋々来たわけで、『会いたい』などひと言も言ってないし、じんも思っていないんですけど。

「ちょっと春樹、いい加減にしないと……!」

 まんも限界に達し、怒りが爆発する五秒前、馴れ馴れしく肩に腕を回された。その途端、彼のさわやかな香水の香りが鼻をかすめ、密着する身体に言葉を失ってしまう。

 しかも春樹は私を抱き寄せたまま、歯が浮くようなセリフを並べてきた。

「相変わらず、まどかは可愛いな。あっ! 仕事は大丈夫だったか? 疲れただろう。帰ったら、俺が何か作ってやるからな。なんならマッサージもしてやる」

「……はい?」

 ぎこちない笑顔で、無理して言っているのがバレバレだ。

 春樹は一体、どうしちゃったの?

 とうとう頭でもおかしくなってしまったのだろうか。ぼうぜんとしたまま至近距離でガン見していると、春樹と目が合った。

 すると彼は、片目を何度も閉じて、『合わせてくれ』と言うように、訴えかけてきた。そしてまた白々しい演技を続ける。

「とにかく、早く俺たちの家に帰ろう、なっ!」

 意味不明の言動に、肩を抱かれたまま引きずられるように進むことしかできない。

 春樹は通りかかったタクシーを止めると、私を乱暴に座席の奥に押し込み、自分もすぐさま乗り込んだ。

 そして、運転手に行き先を告げ、タクシーが発進すると、安心したように肩を大きく落として息を吐いた。

「ちょっと春樹!? どういうことよ、これは!!

 いきなり人を呼びつけた挙句、意味のわからないことばかり言って。

 怒りを抑えることができず、拳を握りしめて春樹に詰め寄ると、「ごめん!」と言いながら顔の前で両手を合わされた。

「これには深い事情があってさ。本当、悪かったよ。家に着いたら詳しく話すから」

 申し訳なさそうに眉を下げて謝られるも、に落ちない。

「それにしたってねぇ……!」

 ふと、春樹の頬に貼られているばんそうこうに気づいた。

「どうしたの? こんなところになんて」

 自分の頬を指差しながら尋ねると、春樹はバツが悪そうに視線を泳がせた。

「これに関しても、帰ったら詳しく話すから。本当に助かったよ、サンキューな」

 よほど困っていたのか、心から感謝されてしまっては、これ以上怒りをぶつけられない。なんだか不完全燃焼で、大きく息を吐いた。

「帰ったら、ちゃんと納得のいく説明をしなさいよね」

「それはもちろん! 母さんの夕食とばんしゃくもおつけいたします」

 深々と頭を下げる春樹に、苦笑いをしてしまう。

 現金な男……。だけど、これが春樹だから仕方ない。

 私たちを乗せたタクシーは渋滞にはまることもなく、自宅へと走っていった。


「おばさん、ごちそうさまでした」

「いいえ、どういたしまして。まどかちゃんが食べてくれるって聞いて、久しぶりに作りがいがあったわ」

 あれから春樹の自宅前に辿り着くと、なぜか彼はタクシーから降りる時も、また馴れ馴れしく私の肩に腕を回してきた。

 けれど、自宅に入るとパッと離れ、『食後に、じっくり説明するから』と言って、いつもの調子に戻ってしまった。

 どうやら、私が来るとすでに連絡済みだったようで、豪華な夕食が用意されていた。

 食事を終えると、春樹は早々と部屋に戻ってしまったけれど、私はごちそうになっただけでは申し訳ないので、今、こうして後片づけを手伝っている。

「こうやってまどかちゃんとご飯を一緒に食べるの、久しぶりよね」

「そう、かもしれませんね」

 おばさんが食器を洗い、私はそれをきながら会話する。

 おばさんは五十歳になるけれど、見た目は四十歳くらいにしか見えない。細身のスタイルと整った顔立ちで、春樹は間違いなくお母さん似だと思う。

 おばさんは昔から何かと私を可愛がってくれて、もうひとりのお母さんのような存在だ。

「やっぱり女の子が食卓にいるといいわね。後片づけも一緒にできるし」

 嬉しそうに笑うおばさんにつられるように、私も頬を緩める。

「ねぇ、この際だから言っちゃうけど、まどかちゃんさえよかったら、うちにお嫁に来ない?」

「……えっ!?

 まさかのセリフに、笑顔が一瞬で凍りつき、大きな声が出てしまう。

 おばさんは真剣な面持ちで、声を潜めて言う。

「私もお父さんも、昔からずっと思っていたのよ。まどかちゃんがお嫁に来てくれたら、いいわねって」

「いや、それは……」

 さすがにそれは無理です。だってお互いに恋愛感情なんてないのだから。

 やんわり否定するも、おばさんは引き下がるどころか距離を縮め、力説してきた。

「それにほら! お互い、実家も隣同士でしょ? 結婚って、本人同士の問題だけじゃなくて、親戚同士の付き合いも大事だったりするじゃない? その点、うちとまどかちゃん家は昔から仲がいいし、良好な関係が続けられるから、いいと思うの」

 そう言われても本当に困る。私も春樹も、そんな気はこれっぽっちもないし。

 かといって、目をキラキラさせるおばさんに『無理です』とは言えそうにない。

「ふたりとも、そろそろ結婚してもいい年齢でしょ?」

 決して悪気のないおばさんのひと言が、胸にグサリとき刺さる。

 あぁ、やっぱりおばさんから見ても、そうなんだ。

 ……だよね、二十八歳っていったら『結婚は?』って聞かれる年齢だもんね。

「……はい」

 この場をやり過ごしたい一心で返事をすれば、おばさんは満足したようで、上機嫌で残りの食器を洗いだした。


「春樹! 今日のわけのわかんない言動は一体、なんなのよ! しかもさっき、おばさんにあんたとの結婚、勧められちゃったし、迷惑なんだけど!」

 洗い物を済ませ、足早に春樹の部屋に入るなり、私は開口一番、彼を怒鳴りつけた。

 八畳ほどの部屋は、昔とほとんど変わっていない。ドアを入って真正面には、私の部屋が見えるベランダがある。部屋の中央には、ベランダが見渡せるよう配置された、ふたり掛けのソファとガラスのローテーブルが置かれており、右側にはベッド、左側には勉強机と本棚が置かれていた。

 春樹はソファに深く座った状態で、「俺とまどかが結婚?」と呟き、なぜか真剣に考え始めた。

「え……どうしたの?」

 いつもだったらゲラゲラ笑って『あり得ない』とか『そんなの一生ごめんだ』とか言うところじゃない。

 なのに、急に黙り込んでしまった彼に、戸惑ってしまう。

 呼びかけても何も言わないし。

「春樹?」

 彼が座るソファの隣に腰かけ、彼の肩を揺らした。

 すると、春樹はなぜか真剣な瞳を私に向けてくる。

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