この度、友情結婚いたしました。

田崎くるみ

「いろいろありまして、友情結婚いたしました」 (2)

「当たり前じゃん! 女に生まれたかった、と何度思ったか。男は大変だぞ? 結婚したら、家族を養わなくちゃいけないんだから」

「なーにが養わなくちゃよ! その気なんてないくせに」

 吐き捨てるように言えば、春樹は茶目っ気たっぷりに「バレた?」と言いながら頭をかいた。

「やっぱりないわー、春樹だけは。どうしてモテるのか理解できない。顔がいいから? 勤め先が大手だから? みんな、春樹なんかにだまされちゃってかわいそう」

 軽蔑の目で見ると、春樹は気に食わなそうに顔をしかめた。

「なんだよ、その目は。別に騙してないし、博愛主義なだけだよ」

 そう言う春樹には、特定の彼女はいないのに、女の影は常にある。要するに、遊び人なのだ。

 春樹いわく、若い今のうちに目一杯遊ぶそうだ。そして四十歳手前くらいで、二十代の若い子と結婚するとか、ふざけたことをほざいている。

 彼のこんな最低な一面を知っている私から見れば、どうして春樹がモテるのか、謎。

 遊ばれてもいいから、春樹と付き合いたいの? そんなに魅力があるの? 私は彼からこれっぽっちも魅力を感じないのだけれど。

 心の中で散々毒づいているのが伝わったのか、彼は片まゆを上げ、ムスッとした様子で言う。

「おいこら、まどか。今心の中で俺のこと、けなしているだろ?」

「えっ!? すごい。どうしてわかったの? もしかして春樹ってば、エスパー?」

「おい!」

 すかさずツッコんできた春樹に、普段から再三、言っていることを伝えた。

「あんた気をつけなさいよね。あまりふざけていると、いつか痛い目に遭うわよ」

 さとすように言うものの、春樹は聞く耳を持たない。

「大丈夫。その辺はうまくやってるから」

 どこまでも調子がいい春樹に、心底あきれてしまう。どこをどう、うまくやっているのやら。

「嫌だからね、ニュース番組で『男性が刺されて死亡。女性関係のもつれか!』なんてテロップ見るの」

「やめろよな、縁起でもないだろ」

「だったら、少しは真面目に女の子と向き合うことをオススメします!」

 イーッと歯を見せれば、春樹は「ガキ」なんて悪態をついてきた。

 ガキはどっちだか。こっちは、いつも本気で心配しているっていうのに。

 だんだん腹が立ってきて、これ以上、春樹と話す気分になれず、残りのビールを一気に飲み干した。

「お先に」

 春樹の返事を聞かず、そのまま部屋に入ろうと背を向けた時。

「またつらくなったらグチれよな。まどかのグチなら、いくらでも聞いてやるから」

 背後から聞こえてきた優しい声に、足が止まる。

 すぐに振り返ると、春樹はひと足先に部屋に入っていて、カーテンを閉めようとしていた。

 彼と目が合った瞬間、まるで子供のように〝あっかんべー〟をしてきたものだから、つい噴き出してしまった。

「本当にバカなんだから」

 でもありがとう。感謝しているよ。

 言葉とは裏腹な気持ちが、湧き上がってくる。

 思えばいつもそうだった。つらい時にそばにいてくれたのは春樹で、それは春樹にとっての私も同じなはず。私たち、そうやって今まで過ごしてきたんだよね。今日だって、私のグチに付き合ってくれたんでしょ?

 友達は、よく『男女の友情なんて成立しない』なんて言っているけど、私と春樹の関係は、それが成立していると思う。恋人にするには絶対に嫌だけど、友達にするなら最高にいい奴なんだ。

 しっかりと閉められたカーテンを前に、クスリと笑みをこぼし、私も自分の部屋に入った。

 きっと春樹とは、この先もっと大人になっても、今の関係を続けていけると思う。お互い結婚して子供ができて、おじいちゃん、おばあちゃんになっても、ふざけ合っていられる気がする。

 容易に想像できる未来に、笑えてしまう。だから、ここでクヨクヨなんてしていられないよね。派遣切りは仕方ない! ここはもう割り切って、残りの契約期間をまっとうしてから、また次で頑張ろう。

 ――そう、思っていたんだけど……わずか数週間後、私の運命は大きく変わろうとしていた。


「お世話になりました」

 六月中旬――。

 契約は今月いっぱいだったけど、残りは有休を消化することになり、今日が最終出勤日。

 終業時間の十八時になり、最後に社員の方々にあいさつして、お世話になった職場をあとにした。

「ふー、疲れた」

 会社を出て少し歩くと、ため息とともに声がれてしまう。

 次の就職先、早く決めないとな。

 そんなことを考えながら駅に向かっていると、バッグの中に入っているスマホが鳴りだした。しかも電話……。

「誰だろう」

 今日は特に友達と会う約束もしていないし、連絡はLINEでませてしまうことが多いから、電話なんて滅多にかかってくることがない。不思議に思いながらも、スマホを確認すると、相手は春樹だった。

 画面をタップすると、電話越しにいつになく弱々しい声が聞こえてきた。

『悪い。今すぐ俺の会社まで、迎えに来てくれないか? 一秒でも早く』

「はぁ?」

 いきなりとっぴょうもないお願い事をされ、足が止まってしまった。

「なんで私が、わざわざ春樹を迎えに行かなくちゃいけないのよ」

 子供じゃあるまいし。それに春樹だって知ってるでしょ? 私の仕事が今日までだってことを。身も心も脱力していて、迎えに来てほしいのは、むしろ私のほうだ。

 でも、どうやら冗談ではないようで、彼は話を続けた。

『まどかにしか頼めないんだよ』

「何それ……」

 一体、何があったというのだろうか。春樹が今、切羽詰まった状況なのは、電話越しでも伝わってくる。

『ちゃんと事情は話すから』

 懇願するように言われては、『行かない』とは言えそうにない。

 身体中の力が抜けてしまうくらい盛大なため息を漏らし、「わかった、すぐ行く」と伝えると、彼は『さすが、頼りになる幼馴染み! サンキュ』なんて調子のいいことを言って、電話を切ってしまった。

 さっさと家に帰って、のんびり過ごそうと思ってたのにな。どうして私が、春樹なんかを迎えに行かなくてはいけないのだろう。

 こうなったらご所望通り、一秒でも早く行って、文句の五つや六つ……いや、それ以上言ってやろう。

 スマホを乱暴にバッグにしまい、タクシーを拾って、春樹の会社へと向かった。


「相変わらず大きなビル」

 あれからタクシーに揺られること、約二十分。着いた先は、日本屈指の一流企業のビルが建ち並ぶ、オフィス街だ。

 そんな都心部で群を抜く高さを誇っているのが、春樹が勤める銀行の本社ビル。

 全国展開するメガバンクの本社だもの。これだけ大きくて当たり前かもしれないけど、いざ目の前にするとたじろいてしまう。さすがに部外者の身でロビーに入れるほど、勇気と度胸を持ち合わせてはいない。

 私は、到着したことを春樹に伝えるべく、スマホを取り出した。

 呼び出し音が一回鳴ると、すぐに通話になった。

『着いたのか!?

 聞こえてきた、切羽詰まった声。

「着いたけど、春樹あんたねぇ――」

『すぐ行くから!』

 早速、文句を言ってやろうと思ったけれど、電話は一方的に切られてしまった。

 しばしの間、立ち尽くしてしまっていると、宣言通り、すぐに春樹が来た。血相を変えて、全力疾走で。

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