怪談供養 晦日がたり

エブリスタ

川へ土器拾いに  閼伽井尻 / もうちょっとだったのに  野月よひら (1)

水を見に行く

ラグト



「ちょっと田んぼの水見てくるわ」


 その日は台風接近で小学校が休みになったため、私は同級生の家に遊びに来ていました。

 雨が強くなる前に帰ろうとしていたその時、同級生のおじいさんが外に出て行こうとするのを他の家族が呆れたように引き留めていました。

 どれだけ説得しても聞き入れないため、結局私を自宅に送っていくついでにということで折り合いが付いたようでした。


「皆、米なんて買ったほうが安いだろうとか言うが、そういうことじゃないんだ」


 玄関に向かう際、おじいさんは不満を口にしていました。


「田んぼは村の治水にも役立っている、川の堤防を作るのに犠牲になった人もいる、水を見に行くというのはこの村の安全を見に行くのと同じなんだ」


 おじいさんの言葉にはその信念に基づく強い想いが感じ取れました。

 しかし、電話のある棚から古ぼけた連絡簿を取り出しておじいさんが確認しているとき、その言葉は漏れ出ました。


「……今回もにえなみが見えなければいいが」


 にえなみ、何のことでしょう、煮、似、南、波、頭の中で反復してみましたが、どうにもうまく意味の通る字をあてることが出来ません。

 何か気持ち悪い感覚を残しながらもその時はそれで考えるのを止めました。

 その日の夕方、台風の影響で村を流れる川の堤防が崩れて川の水が溢れだしました。決壊した堤防近くの家々が床下浸水しましたが、幸い死者は出ませんでした。



 しかし、数日後崩れた堤防から一番近い家で葬式が出ました。

 その数日後、葬式が出た家の隣の家で葬式が出ました。また数日後、その隣の家で……。

 まるで水が溢れた川から不吉な何かが家々を巡っているようだと村の中で密かに囁かれるようになりました。

 そして、あの同級生の家も浸水した地域にあったのですが、彼とその家族は水が溢れる前に避難して親戚のところにいるということで学校には来ていませんでした。

 近所の人の話によると奇妙なことに家具などのまだ使える荷物を台風から数日後に引っ越し業者が取りに来たそうです。彼は携帯電話を持っていませんでしたし、引越先の電話番号などもわからず連絡手段がありません。

 不安に思った私は浸水した地域のことを調べてみました。すると同じように台風の日に出て行った一家がいました。その家の名前は私の記憶に残っていました。

 同級生のおじいさんが手にしていたあの連絡簿に記されていた名前の一つ……。


 あのおじいさんはいったい何を見に行っていたんでしょう?

川へ土器拾いに

閼伽井尻



 川へ土器拾いに行こうと誘われたことがある。

 とある三つの大きな川が合流する地帯では、雨が降って水嵩が増すたびに岸が削られ、古い土層に含まれた土器類が延々続々と露出しているのだという。一帯は「××川河床遺跡」として発掘調査がおこなわれ、弥生時代から近世近代まで幅広い時代の出土品が報告されている。土器片は水にさらされて摩滅しているかと思いきや、土層から露わになった直後のものは保存状態が良く、運が良ければ完形品に出会えるのだという。八幡宮への参道となっている橋の下が絶好のポイントらしい。

 考古学ゼミの面々が集まり、次の雨降りの翌日にと約束していたが、体調を崩してしまい当日になって断りを入れた。後日収獲品をひとつ分けてもらった。彩色が表面にわずかに残る伏見人形だった。

 大学卒業から随分経って、伏見人形をくれた男と居酒屋で会った。あの土人形まだ持っているよと言うと、そういえば……と私の知らない話をはじめた。

 あの日、河川敷でめいめい足を川に浸して土器を探していると、橋の上から男に声をかけられた。逆光になって顔は見えない。還暦前後くらいの声だと感じる。

「Yくんは?」

 気さくな調子で今日欠席したメンバー(私である)の名を呼ぶ。知り合いだろうか?

「今日は来ません」

 とっさに答えると、逆光の男は笑いを含んだ声で「次は来るよ」と言い身を引いた。

 妙な感じはしたものの、土器拾いに意識が向いていて深く考えなかった。いくつか拾った伏見人形をひとつYへの土産にしようと、ぼんやり思った程度だった。



 以降ゼミのメンバーで川へ土器拾いに行くことはなかった。直後の大型台風で河岸が大きく崩壊し、堤防を通りがかった老人が転落死したのをきっかけに、足が遠のいたのだった。死んだ老人の名はY。私の祖父である。

 そこまで語ると伏見人形の男は押し黙り、泡の消えたビールを飲み干した。男が黙ったままなので、隣のテーブルの会話が耳に流れ込む。

「Yくんは?」

「今日は来るよ」

 チラリと様子をうかがうと、見知らぬ男二人がこちらを凝視しており、痛いほど目が合った。



 帰宅後あの伏見人形を探し出し、近くのどぶ川へ捨てた。彩色の剥げ具合が、厭な笑顔になっていたからだ。

もうちょっとだったのに

野月よひら



 引っ越したばかりで土地勘もなく、ただひたすら不動産屋に教えてもらった道を行き来し、家から駅へと通う毎日でした。

 家までは徒歩三十分。多少は歩きますが、大きな通り沿いなのでそれほど迷うこともなく、多少の夜道でも人通りもあったので、それほど不便を覚えることもありませんでした。


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