怪談供養 晦日がたり

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顔のないこけし  相沢泉見 (2)

 月が無く、暗い夜でした。本堂のすぐ横には、撮影で使った離れがあります。さらに目を凝らすと、その奥にもう一つ、小屋のようなものが見えました。

 近づいてみると、かなり古い建物でした。木造の平屋建てで、体育倉庫くらいの大きさです。

 入り口は引き戸になっていて、それが半分ほど開いていました。私はそっと中を覗いてみました。

 小屋の中には、何かがごちゃごちゃと置いてありました。雑然としていて、倉庫かゴミ置き場のように見えます。暗くて、置いてあるものが何なのかは分かりません。私は思い切って上半身だけを小屋の中に入れて、様子を窺うことにしました。

 携帯電話の光を奥に向けた時……息を呑みました。

 そこにあったのは、こけし、こけし、こけし……。

 ただのこけしではありません。置いてあるこけしは皆、『顔がない』のです。

 顔のないこけしが暗闇の中でずらりと並ぶ光景に、私は何だか気味が悪くなって一歩後ずさりをしました。

「どうされました……?」

 その時、背後から突然声を掛けられました。

「大丈夫ですかな、お嬢さん」

 振り向くと、そこにいたのは住職さまでした。優しそうな顔を見て、私は少しホッとしました。

「眠れなかったので、ちょっと外を歩いていました」

 正直に言うと、住職さまは笑みを浮かべました。しかし私の背後を見て、少しだけ顔を曇らせました。

「そのこけし、見てしまいましたか……」

 住職さまは私のすぐ横まで歩いてきて、小屋の戸をぴしゃりと閉めてしまいました。それから、ゆっくりと話し出しました。

「この小屋は昔、ある工人こうじん……こけし職人のことを工人と呼ぶんですがね、その工人の作業場だった。木を削って顔を描くところまで一人でこなす、腕のいい男でした」

 住職さまの顔はどこか寂しそうです。私は話を聞くことにしました。

「ところがその男は、しだいにこけしが作れなくなってしまったのです。特に、顔が描けないと悩んでいた。三年もの間何も作れず、男は弱り切ってしまいました。男の家族は随分と心配しとったものです」

「三年も、ですか……」

 私がそう言うと、住職さまは頷きました。

「そうです。三年もの間、何も作れなかった。……しかしある日、男はまたこけしを作り始めたんですよ。『自分で顔が描けないなら、親しい者の顔を写せばいい』と気付いたそうでなぁ。男は、できたこけしをわしに見せてくれました。そのこけしは、男の妻に似ておった。再びこけしが作れるようになって良かったと儂は思った。……それが、間違いだった」

 住職さまは、私の顔をまっすぐ見つめました。何かに怯えているような、険しい表情が浮かんでいます。

「人の顔は『魂』そのもの。生きている者の顔をこけしに写せば、その魂はこけしに取られてしまう。……ほどなくして、男の妻は亡くなった。儂は男に『もうこれ以上、こけしに人の顔を描くのはやめろ』と言ったが、男はやめなかった。『何度描いても、誰かに似てしまう』と言う。今思えば、あの時すでに何かに取り憑かれていたのかもしれんなぁ……。男は、自分の娘や息子、親しい者にそっくりなこけしを作り続けた。……こけしに顔を描かれた者は、皆、死んだよ」

 身近な人にそっくりのこけし。狭い小屋の中で一心不乱にこけしと向かい合う、一人の男。私はその光景を思い描いて、身震いしました。

「男が残した作りかけのこけしが、その小屋の中にある」

 住職さまの言葉に嫌な予感がして、私は尋ねました。

「残した……? その男の人は、どうなったんですか?」

 住職さまは、静かに言いました。

「死んでしまったよ。……最後に自分の顔を、こけしに描き入れてな」



 この話を聞いた次の日、私たちの映画は撮影中止になってしまいました。

 大道具が突然倒れてきて、主演のYちゃんが巻き込まれ、亡くなってしまったのです。

 撮影中だった映画は没になり、やがてサークル自体も解散になりました。落ち着いたのは、Yちゃんの四十九日の法要が過ぎたころでしょうか。

 その時になってようやく、私はK先輩が持っていたこけしのことを思い出しました。

 あのこけしは、不気味なほどYちゃんに似ていました。K先輩は『ゴミ置き場みたいな場所に転がってた』と言っていたはずです。

 もしかして、K先輩はあの小屋で、顔のないこけしを見つけたのではないでしょうか。そして、それに自分で顔を描き込んだのではないでしょうか。耳に挟んでいた、黒い筆ペンで……。



 昔、一人の工人が作った顔のないこけし。

 K先輩は、そこに『描いてしまった』のかもしれません。何者かに操られるように……Yちゃんの顔を。

 そんなことを思いましたが、本当のところは分かりません。今となってはもう、確認のしようがないのです。

 K先輩は、Yちゃんと付き合っていました。

 恋人を亡くしたK先輩は、彼女のあとを追うように、自ら命を絶ってしまったのです。

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