赤鉄町怪事録 首狩り地蔵

木場水京

謎の職場 (2)

 見た目はおっかないが、樋口さんはいい人っぽい。

 ベルトコンベアを横に、奥へ進むと、〈右〉休憩所と書かれた表札の入った部屋を見つけ、中に入る。

「失礼します」

 入口からすぐにベンチが三つあり、灰皿を囲むように配置されている。

 さらに人一人通れるくらいの間隔を開けて、ベンチを囲むようにロッカーが並んでいた。

 髪を染めた若い男子や幸薄そうなおっさん、ひょろいもやしみたいな男や、筋骨隆々で骨太なおやじ。

 ベンチに座っていたそいつらの注目を一身に集めた俺は、一瞬入ることをためらった。

 だが、気を取り直して中に入り、自分のロッカーを探す。難無く見つかったため、中に荷物を詰め込み、スーツから繋ぎに着替えた。

 すると、背後から妙な気配を感じた。振り向くと、骨太なおやじが俺に熱視線を送っている。

 顔の筋肉を引き攣った。なんで見てんだ? 俺、何かしたか?

「あんた、名前は?」

 骨太のおやじは重低音の声で、静かに訊ねてくる。

「あっ、失礼しました。花崎吉平です。本日から勤務することになりました。よろしくお願いします」

「……いいわねぇ」

「はい?」

「いい子入れてくれたじゃない。工場長ったら憎いことしてくれちゃってもう! あ、あたしみなかわっていうの。下の名前は秘密よ」

 ああ、そっちの方ですか。

「花崎さんだっけ? マジビビるっしょ。掘られないよう気をつけてね。あっ、俺はいのうえじゅんぺい。ヨロシク」

 若い奴はひょうきんな感じで話してくる。

「失礼ね、順平君たら」

「いやいや、皆川さん見たら誰だって最初ビビるって」

「花崎さん、どうぞお座りになって下さい。意外と皆、話しやすい方々ですよ。あっ私、くらです」

 もやしみたいなひょろいこの方は、名倉さんか。分厚い眼鏡を掛けてること……。

 名倉の隣に座り、幸薄そうな、暗い印象の男に視線を移す。

「……あぁ。僕はしのはら。下の名前は言わなくていいだろう?」

「はあ、よろしくお願いします」

 篠原は亡霊のような雰囲気がある。目の下にうっすらクマがあるからそれがまた、不気味でならない。

 というか、こいつだけ取っ付きにくい感じだな。近寄るな、話し掛けるなって空気をバリバリ醸している。

「そう言えば、皆さんはいつから勤務なさってるんですか?」

「いや、実は俺達、皆初めてなんスよ」

「びっくりよね!」

「ちょうど、花崎さんが来る前に、前の人達はどうしたのかって話をしてたんですよ」

「そうなんですか」

 おいおい、経験者いないのかよ。仕事になるのかこれ?

「樋口さんは前からいる方みたいですから、多分我々全員、樋口さんに仕事を教わると思うんです」

「じゃあ、樋口さん大変でしょうね」

「つーかさぁ、なんでこの……右? に所属してた人達、全員辞めたんだろ。金いいし楽そうなのに」

 確かに。なんでだろう。

 考えたり話したりしていると、樋口さんが入ってきた。

「全員で五人か。まあ、いい。仕事時間だ」

 樋口さんに連れられて、ベルトコンベアの前に並ばされる。

「あー、まず篠原は奥の銀の機械の前。一って書いたシール貼ってあっから、その場で機械から出てきた棒をくっつけろ」

 篠原が軽く返事をして、機械の前に立つ。

「次、花崎。二番て書いたシールの場所に立ってろ。篠原が組んだ棒にだな……この二番のシール貼ってるベルトコンベアの下に、ダンボールが入ってるから、その中に詰まったこの赤い皮みたいのを被せろ」

「はい!」

 触ってみると、何だかぬるぬるした感じで気持ち悪い。なんなんだこれ?

「次、猪上。三番のシールあるとこな。これもベルトコンベアの下にあるダンボールに、この白っぽい色した皮みたいのが詰まってるから、これを花崎が被せた赤いやつの上に被せろ」

 猪上は、白っぽいのを掴んで、それを気味悪げに見つめている。

「で、皆川。お前は四番シールの前な。猪上がやったのが来たら、ベルトコンベアの下に入った、このダンボールの中にある楕円の固まりを、棒の先端が細い方に付けろ」

「頑張りま~す」

 やたらとハイテンションな皆川。樋口さんがいい男だからだろうな。

「で、最後に名倉。お前は五番シール前。ベルトコンベアの下にある段ボールに、湾曲した塩ビ管みたいのがあるから、これを皆川と反対の太い方に付けろ」

「わかりました」

「俺は名倉の後にある銀の機械向こうで、お前らが組み立てたやつの最終調整をする。何かあったら、それぞれシール脇にある赤いボタン押してくれ。そうすりゃベルトコンベア止まるから」

 樋口さんの大声に、俺達は全員で返事をする。

 そして仕事が始まった。単純な作業だ。片方に曲がる棒が、俺の前に来る。俺は赤いのを被せて、猪上に流す。

 これの繰り返しだ。物が流れる速度は遅く、暇な時間の方が長い。

 これはこれで退屈で、少し苦痛ではあるが、日給のことを考えるとそんなのは本当に些細な苦痛に感じた。



 その日の勤務が終わる。やれやれ、立ちっぱなしってのは意外と疲れるもんだな。

 奥から樋口さんがやってきた。手には封筒を五枚持っている。

「ご苦労さん。今日の分だ」

 名倉から順に渡され、遂に俺にも手渡される。中を確かめると、福沢諭吉の絵が付いた札が十枚入っているのが確認出来た。

 たまらねぇなこれは!

 ロッカールームに戻ると、やはり浮かれるバイト仲間達。

「マジヤバい! マジで十万じゃん。やべえ超テンション上がる!」

「ここにいる全員分で五十万よ? なんか信じられないわ!」

 皆川がそう言うと、猪上が十万円を取り出しそれで皆川を叩いた。

「おらっ!」

「きゃっ! 何するのよ」

「十万で叩いたんだよ。リアルだってわかったでしょ?」

 少し考えて、皆川は嬉しそうに笑う。

「そうね。感じちゃったわ! 今ならマゾヒストになれそうよ」

 二人の馬鹿笑いの近くで、さすがの篠原もにやけていた。ま、嬉しくない奴なんていないだろうしな。

 俺も浮かれた気分だったが、一人ベンチに腰掛ける、名倉さんだけが暗い顔をしていた。

 名倉さんの横に座る。

「どうしたんです? 嬉しくないんですか?」

「えっ、いやいや、嬉しいです。嬉しいんですけどね……」

 ぎこちない笑顔を浮かべたり、暗く沈んだ表情になったりと、何か様子が変だ。

「仕事中、何かあったんですか?」

「あの、別に大したことじゃないんです。ただ気になって……。あの、私達、何を組み立ててるんでしょう?」

 何をってそりゃあ……。なんだろう。

「そういやそうですね。なんなんでしょうね?」

 すると、皆川や猪上、篠原までもが会話に入ってきた。

「何二人で話してるのよ?」

「いや、俺達って何を造ってるんだろうなって」

「あっ! それ俺も気になってたんスよ。マジ謎ッスよね」

…………腕だよ」

 その不気味な一言に、言った篠原以外が固まった。

「間接のある棒に、赤い皮、白っぽい皮、楕円の物体、湾曲した筒状の物体。さて、何だか腕みたいじゃないか? 後は指があれば……」

「そうなんです。私も腕に見えて仕方がないんです!」

「成る程ねえ。マネキン工場なのかしら」

「くくくっ。そうだろうな」

「えっ」

「普通に考えて、理解できないかね? 造っているのは腕みたいなもの。ならここは人形工場だろうって。他に腕を造る仕事なんかあるのかね?」

「そりゃそうだ。あーびっくりした」

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