霊感書店員の恐怖実話 怨結び
怨結び (3)
「急いで病院へ! 危険な状態だ!」
女性をストレッチャーに乗せ、心臓マッサージを行う救急士。
すぐさま警察も現場に現れ、僕達は再び事情を説明する事となった。
──昼を過ぎた頃。
警察署で待機していると、二人の警官が現れて事の真相を教えてくれた。
「突然車に大きな衝撃が走り、女性が地面に倒れていたと言っていたね?」
「は、はい……そうです」
「こちらで調べてみた結果……女性はどうやら、崖から自殺を試みたらしいんだ」
「崖から……自殺……?」
「つまり君たちの車が崖下にあり──女性はそれに気付かず身を投げたという事になる」
「……マジかよ……」
ヤマさんの呟きが、やけにはっきりと耳に聞こえた。
「とりあえず女性は一命を取り留めたようだ。意識も戻ったみたいだから病院へ連れていこう。車で送るのでついてきなさい」
言われるがまま、僕とヤマさんはその女性が運ばれた病院へ向かう事となった。
病室前の廊下には、年老いた女性が立っていた。警察の姿を見ると、少し怯えた様子で頭を下げる。
「こちらは今回の第一発見者であり、娘さんを救うのに助力された方達です」
それを聞いた瞬間、女性は僕らに向けて深々と頭を垂れた。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
警官を廊下に残し、病室の中へと案内される。
(うわ……これはまた……ひどいな……)
彼女は顔全体に包帯が巻かれ、見えるのは目と口元だけだった。思わず顔をしかめてしまう自分。
虚ろな瞳をしていて、意識がちゃんとしているのかどうかも定かではないように思える。
「ほら、あなたからもお礼を言いなさい……ごめんなさい、今はこんな状態なので……」
「いや……気にしないでください……」
そんな折、自殺を試みた女性の母親らしいこの人は小声で何かを言ってきた。
「この子はまだ未成年で、将来の事もあります……誠に勝手なお願いではありますが……どうか今回の事は、大きな事にしないで欲しいんです……」
意外な言葉に驚いた。
つまりは今回の一件を、黙っておけと言っているのである。
「勿論警察の方にもお願いしています……深夜にあの場所を訪れて、足を滑らせてしまい転倒してしまったと……勿論、破損してしまったお車は弁償させて頂きます。後生だと思って、何卒……何卒……」
床に膝をつき、土下座をしてくる女性。慌てた僕らは目を見合わせ、小さく頷いた。
「まぁ……こちらも怪我はありませんでしたし……車さえキチンと直してくれるのであれば……」
「本当ですか!? ありがとうございます、ありがとうございます……!」
何度も頭を下げる母親。そんな時、ふと今回怪我を負った女性に目を向けると──。
彼女が、じっと僕らを見つめていた。睨むような刺すような視線で……ずっと。
目を離す事もできずにいると、微かに唇が動いた。
何度も何度も同じ唇の動きだったので、何か話そうとしている事は分かった。
必死に読唇術を試みる。正確にあっているかどうかは分からないが……僕には彼女が、こう言っているように思えた。
一緒 ニ
死 ネ バ
良 カ ッタ ノ ニ
……思わず背筋に、冷たいものが走った。
──帰りの車中、ヤマさんにその事を話すと驚いた表情をしてみせた。
「……マジかよ、ありえねぇ」
ボロボロになった車は相手側が直して、また連絡するという事だったのでレンタカーを借りて岡山へと戻る運びとなった。当然と言っては何だが、向こうが費用を出してくれた。
「もしかしたら、あの女性は崖下にある自分達の車目がけて飛び下りたのかもしれない……」
「自分だけでなく、俺達も巻き添えにしようと? とんでもねぇ女だな! なんかムカムカしてきた!」
ハンドルを殴りつけるヤマさん。彼がここまで怒りを露わにしているのを僕は初めてみた。
「あの母親も、絶対怪しいしな……」
「怪しいって何が?」
「気付いていなかったか? 病室のテーブルに、小さな位牌みたいなモンを置いていただろう?」
そういえば、そんなものもあったかもしれない。あまり覚えていないが。
「あれは、とある宗教の道具さ。俺の母親が同じその宗教にのめりこみそうになった時期があって……事あるごとにお祈りをしたり位牌に向かって何か話しかけたりしてたんだ。アレはマジでヤバイって……」
あまりつっこんで訊ねる事ではないと判断して、それ以上は何も聞かないでおいた。
「車が元に戻ったら連絡をするので、連絡先を教えてくれとか言われてさ。思わず、この車を貸してくれた友人の住所を教えたよ。勿論ソイツの名前を教えておいたし」
「えっ!? マジで!?」
「どうしたんだよ、もしかして……自分の住所を教えちゃったのか?」
「……お詫びの品を落ち着いたら送るって言われて……だから住所を教えて欲しいって……」
「おいおい、大丈夫かよ……」
そんな事なら、その時に言って欲しかったと思った。しかし時すでに遅しというものである。
「まぁ問題はないと思うけどさ。今日の事も忘れようぜ、他人に話すにゃ重すぎるし、警察の方からもあまり騒ぎにしないようにみたいな事言われたし」
「そう……だね……」
気味の悪い思いを抱きつつ、僕達は岡山へと戻った。
それから数日後、自分の住むアパートに高級そうなメロンが届く。送り主を見ても誰か分からなかったが、相手の住所を見てピンときた。例の母親からだと。
「本当にお礼が届くなんてなぁ。でも一応、その送り伝票は取っておいたほうがいいぞ。何かあった時に警察に渡せるからな」
切り分けたメロンを食べながらヤマさんが言う。何かあっては困るのだがと思いながら、自分も頂いたメロンを口にする。高級なだけあって、今まで食べたどのメロンよりも美味しかった。
……だが、この時の僕はまだ分かっていなかった。
今回の一件……恐怖はまだ終わりを告げていなかったという事に。
それから一年以上が経過した次の年の八月。
〝それ〟は突然、訪れた──。