数学女子が転生したら、次期公爵に愛され過ぎてピンチです!

葛餅

第一章 マグノリア公爵家に拾われる (2)

 従僕達が驚いてさっと振り返ると、馬車から降りて近づいていた公爵夫人レオノアがそこにいた。気配を殺して近づいていたレオノアは、レオンに気付かれていたことに少しだけ驚いて見せた。そしてにっこりと微笑む。

「そうねえ、可愛い女の子は好きよ」

「なら決まりですね。ねえきみ、どう? 帰る場所も分からないなら、僕の屋敷をきみの帰る場所にすればいいと思う」

 少女は事の成り行きに呆然としていた。

「いいの……?」

「いいよ! 僕の屋敷って言っても正確には父上の屋敷だけどね。きみが自分は何者か思い出すまで、僕が守ってあげる」

「まもる……」

 少女は呆けた顔で、差し出されたレオンの手を取った。少女が立ち上がろうとした時、レオンはそれを止めた。

「このままじゃ足が汚れちゃうね。僕の背中に乗りなよ」

 有無を言わさず、レオンは少女に背を向けて屈んだ。周りの従僕達が「そのようなこと、私どもがやります」と慌てたが、レオノアが息子の好きにさせるようにと彼らを止めた。

 少女はおずおずとレオンの背に乗り、首元へ腕を巻き付ける。レオンがやや強引に少女の脚を引き寄せ、おぶって立った。

 従僕達は困惑していたが、レオンはそのまま少女を運び、馬車へ乗り込ませた。馬車の中では、少女の隣にレオンが座り、向かいにレオノアと弟が座った。馬車の中で待っていた弟のヴィクターは、兄と共に乗り込んできた少女に戸惑ったが、レオノアが「今日からお家の一員になる女の子です」と言うと納得したように頷いた。

 ゆっくりと馬車が走り出す。

「名前が分からないのなら、仮の名前がいりますね」

 レオノアがおっとりと言う。

「僕がつけてもいいですか?」

「彼女がいいのなら」

 レオンは少女と目を合わせ、目線で問うた。少女はこっくりと頷いた。

「マリアはどうかな? 僕の好きなお話に出てくる名前なんだ」

「マリア……」

 少女は一言つぶやいたあと、花がほころんだように微笑んだ。

「気に入ってくれた?」

「うん」

 レオンは屋敷に着くまでずっとマリアの手を握っていた。

 このとき握ってくれていたレオンの手を、マリアはずっと覚えている。


 ──これは、私がレオンに救われた時の話。



 マリアと名付けられた私が屋敷に連れられた後、レオンやレオノア様の指示で三人の侍女さんがやって来た。彼女達に別室へ連れていかれ、瞬く間に服を剝ぎ取られた。抗議する余地もなく、体のすみずみを調べられる。肌の状態から脈拍、心音、眼球、口内……。

「特に外傷はありませんわ」

「体調も問題ないと思いますわ」

「とてもきれいな肌ね」

「瞳も真っ黒。珍しいわあ」

「何歳ぐらいかしら?」

「将来化けそうねえ」

 どうやら健康状態を確認してくれたらしい。三人ともきれいな娘さんだった。

「さて、マリアちゃんはどんな服が好きかしら?」

 そこは現在使用されていない衣装を保管している部屋だった。侍女の一人が、子ども一人ぐらい入りそうな木箱を発掘、蓋を開けると子ども用の服がわんさか収められていた。今は嫁いだ公爵の妹さんが着ていたものらしい。

「ちょっと古いけどやっぱ素敵ねー」

「この白いのいいんじゃない?」

「やっぱりピンクよピンク」

「若草色なんてどうよ。この子の顔に映えるでしょ」

 侍女さん達が楽しそうに服を吟味している間、取り残される私。そろそろ肌寒いのでなんでもいいから着せて欲しいと思った時、私はどれが好きか聞かれたので一番フリルの少ない若草色のワンピースにしてもらった。

 何重にもなったペチコートを履いてからワンピースをかぶるので、裾がふんわりとして可愛らしい。白と若草色を基調としていて、ところどころ子供らしいフリルが飾られたワンピース。あくまで普段着だが、値が張る代物だとのちに知る。

 侍女さん達に髪を梳かされ、仕上げに白いレース生地が張られたカチューシャを装着。彼女達は出来栄えに満足したようで、にっこりと笑った。

「では行きますよー」

 背中に一本の三つ編みを流している侍女さんと手を繫ぎ、残る二人の侍女さんは部屋に残った。「着られそうなもの出しちゃいましょ」「修繕して、ちょっと手を加えない?」「いいわね楽しそう」「ちっちゃい子の服って可愛いわよね〜」と楽しそうである。

「自己紹介していなかったね。私はアンっていうの。マリアちゃん、記憶がないんだって?」

「うん……」

「そっかー」

 アンさんは何と言葉を続けようか迷っているようだった。そのことが申し訳なく感じて、繫いだ手をぎゅっと握った。

「んーとね、このお屋敷は良いところだよ! 私はここに来て二年くらいかなあ。公爵家の皆様はとっても優しいし、お給料も待遇も良いし、ほんとここに採用してもらって良かったって思うのよ。だからマリアちゃんもきっと大丈夫だよ」

「そうなんだ」

「これから行くところはね、旦那様の書斎だよ。奥様と坊ちゃまが事前に説明してると思う。あ、そんなに緊張しなくて大丈夫だから。優しい人だよ。ちょっと変わってるかもしれないけど」

「あの……こうしゃくって、なあに?」

 私が尋ねると、アンさんはハッとした。

「そうか、そこからか!」

 アンさんに手を引かれて、きれいに磨かれたフローリングの廊下を歩いていく。階段を上り、また廊下を歩き、どこをどう歩いてきたのかすでに分からない。

 歩きながら、アンさんに簡単な説明を受けた。この国には王様っていう一番偉い人がいて、その周りにも偉い人達がいる。そして公爵というのは、偉い人達の中でもかなり高い地位を持っているのだそうだ。

「とても偉いんだね」

「そう、特別に偉いの! でもね、そこには義務や責任もあるから大変かな。旦那様はそういうお仕事をされてるの」

「そうなの……」

「まあ、そのへんはおいおい勉強することになるだろうね。じゃあ会いますか、公爵様に!」

 いつの間にか書斎に着いていたらしい。アンさんがその重厚な扉を四度ノックし、「連れて参りました」と声をかけると、扉の向こうから声がかかった。

「入っておいで」

「失礼します」

 扉の向こうには、立派なマホガニー木材で作られた机が見えた。その手前に立っている紳士が公爵様だろう。近くにレオノア様とレオンがいる。

「きみが倒れていた子どもかい?」

 公爵様の声はあたたかかった。背は見上げるほど高く、髪は金色。瞳は澄んだ青色で、優しくこちらを見ている。柔和な雰囲気なのに、妙に貫禄があった。

 私は、自分の話し方ではいけない気がして口がきけず、黙って頷くだけだった。

「そうかあ。僕は現マグノリア公爵をしているブラッドだよ。そこのレオンの父親だね。きみの話は聞いたけど……きみさえよければ我が家で預かるよ。不安なことだらけだろうけど、ここには沢山の人もいるし、何よりレオンがきみの面倒を見る気みたいだから」

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