数学女子が転生したら、次期公爵に愛され過ぎてピンチです!

葛餅

プロローグ / 第一章 マグノリア公爵家に拾われる (1)

プロローグ


 彼の名はレオンハルト・マグノリア。この国の貴族の最高位にある公爵家の嫡男。

 容姿端麗、博識多才、武術の腕も一級品。次期公爵であることをひけらかさず、謙虚で優しい。乙女たちが恋してやまない高嶺の花。

 銀灰色で艶やかな髪は短く切られ、上背は高い。少し垂れ目な紫水晶のような瞳に見つめられると、誰もがほうっと息をつく。

 それがレオンハルトだった。

 その筈だった。

 ……前世の乙女ゲーの設定では。


「マリア、好きだ。大好き。愛してる。絶対、一生離さない。──たとえ、マリアが僕のこと好きじゃなくても、マリアは僕のものだ」

 苦しいくらいぎゅっと抱きしめられて、レオンが私の耳元でささやく。

「僕の傍を離れるなんて許さない。ドロドロに甘やかして、愛して、愛して、僕なしじゃいられない体にする」

 ん?

「そうだ、それがいい。ずっとここにいればいい。他の男になんか見せたくないし、学院なんてもう行かなくていい」

 腕の拘束がゆるみ、レオンを見上げる。熱っぽく潤んだ瞳と目が合い、凄まじい色気にあてられた。その瞳はとても危険な色をはらんでいて──本能的に腰が引けた。

「もう逃げられないよ」

 一歩また一歩と迫られ、後退していくと脚がベッドに当たった。両肩を押され、ベッドに背中から倒れ込む。レオンは浮いた足を抱えるとすばやく靴を脱がせ、そのままベッドにのせた。すぐさま覆いかぶさると、両のてのひらを押さえつけ、体の上にまたがっている。

「レオン様、私は何も持っていません」

「マリアがいてくれたらいい」

「あなたに相応ふさわしくない」

「そろそろもう敬語やめてよ」

「わたしは──」

「まだ、何も分かってない」

 レオンは身をかがめ、首筋に吸い付いてきた。吸い付きながら舌で舐め上げられ、鳥肌が立つ。両手と下半身を抑えつけられて身動きが取れない。

「れっ、レオン様、ちょっと待っ」

「待てない」

 レオンが左手を外し、私の胸を揉んだ。ちゅうちょなく。音を立てながら首筋を吸い上げて、起こした顔は満足げだ。

「どれほど愛したらマリアは分かってくれる?」

 レオンは私の額に、瞼に、頰に口付けを落としていった。そして唇を何度もついばむと、そっと舌を侵入させた。さっきとは違い、口の中を優しくじゅうりんされ、頭がぼうっとなっていく。知らず、熱い息がこぼれた。

 いつの間にかブラウスのぼたんが外され、左右に広げられると、再度私の両手は押さえつけられた。ブラウスの下に着けている柔らかいコルセットが丸見えになる。

「えっ?」

「──僕の子どもをはらんだら、ようやく分かるかな」

 レオンがごくりと唾をのんだ。その様子に──警鐘が鳴る。

 これは、貞操の危機……。

 胸を押し上げるようにおへその辺りから編み上げているコルセットの紐を、レオンがどんどん外していき、乳房が勢いよくこぼれ出た。レオンは右手で乳房に触れ、弾力を確かめるように揉み始める。しゅうに顔から火が噴き出そうだ。

「いつの間にこんなに発育したの?」

 もう片方の乳房をぺろりと舐められる。初めてのその感覚に、体がびくんと反応してしまう。

 ──私はモブキャラなのに。

 ──そもそも、ここは全年齢対象の乙女ゲーの世界なのに!

第一章マグノリア公爵家に拾われる


 ──さかのぼること八年前の春。

 当時十歳だったレオンは、母である公爵夫人と四つ下の弟、お付きの侍女、従僕達と馬車に乗っていた。公爵夫人の生家に滞在後の帰路だった。

 レオンは母に頼んで御者台に座らせてもらっていた。馬車は牧歌的な草原を抜け、舗装されていない土の道を走っていく。そのときレオンは、前方に小さな子どもが倒れているのを見つけた。

「止めて! 女の子が倒れてる!」

 御者に命じたレオンはすぐさま駆け下りた。馬車の中にいる公爵夫人が何事かと侍女に尋ね、従僕には息子を追うようにと指示を出した。

 道のかたわらに横になって倒れていたのは短い黒髪の少女だった。上下が別々に分かれている、この辺りでは見かけない服装をしている。スカート丈は短く膝が見えており、満足に布が買えないほど貧しいのか、とレオンは思ったが、目を閉じているその頰を見るとふっくらとしており健康そうだ。靴は履いていなかったが、足裏の皮膚は柔らかそうで、日常的に靴を履いていることが見て取れた。

 少女の様子を確かめるため屈みこもうとすると、追いついた従僕に止められた。

「レオン様おやめ下さい。怪しい者かもしれません」

「この子は大丈夫だよ」

 確証はないが、レオンの直感はそう告げていた。従僕の制止を無視して屈みこむ。少女の規則正しい呼吸音を確認し、あんする。

「ねえ、きみ、起きて。こんなところで倒れていると危ないよ」

 レオンが軽く少女の肩を揺するも起きる気配がない。従僕達と顔を見合わせ、もう一度揺する。

「ねえ、起き……気が付いた?」

 少女がうっすらと目を開けた。この国においては珍しい漆黒の瞳が、ぼんやりと宙をさまよう。レオンはその瞳に吸い込まれそうな気がした。

「大丈夫?」

 屈みこんだレオンと目が合った少女は、弾かれたように起き上がった。そしてきょろきょろと見回し、今にもパニックに陥りそうな怯えた表情をした。

「僕らは遠出の帰りで、きみはここで倒れていたんだ。見たところ怪我もなさそうだし……誰かとはぐれたの?」

 少女はレオンを見、従僕達を見、その向こうにある二頭立ての馬車を見た。思考が追い付かないのか口をパクパクさせる。

「……僕が言ってること、分かる?」

「分か、る、と思う」

 少女はたどたどしく喋った。小さいが、透き通るような声だった。

 妙な言い方をしている、とレオンは思った。

「お家はどこ? 送るよ」

「家、は……あった、のかな」

 その少女の様子を見て、レオンはもしやと思った。

「きみの名前は?」

「わ、分からない……」

 レオンが確信を得る一方、従僕達は「噓だろう」「新しい取り入り方法ではないか」と話し始める。少女の目が泣きそうに歪んでいく。

「彼女は噓は言ってないよ」

「いやしかしレオン様」

「彼女の足の裏を見た? ここは土の道なのに、全く汚れずにきれいだ。状況的におかしい。服の形も僕が知ってるものと違うけれど、良い生地だよ。肌も髪も手入れされている。彼女は裕福な環境で暮らしていたに違いないよ。だから僕に取り入る必要なんてないんだ」

 従僕達は押し黙った。

 どうしてこの少女がこんな状態でここにいるのかは分からない。けれどレオンにとっては、時間が経つにつれ怯えていく彼女を安心させることが最優先だった。

「ねえ、きみさえ良ければ僕の屋敷においでよ」

 少女はきょとんとした。その言葉に驚き、焦り始めたのは周りの従僕達だ。

「母上もそう思われるでしょう?」

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