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ためしに怪談きいたら、やっぱり幽霊いるし怖すぎた。

エブリスタ

私と彼女とあの女  エタノール

私と彼女とあの女  エタノール


 夜間の病院は不気味だとよく言われる。

 私も看護師として勤め始めて、初めて夜の病院がどういうものであるのか分かった。新人で入って初めての夜勤の時は確かに怖かった。が、三年目にもなると不気味な恐怖より、仕事がこれ以上忙しくなったら嫌だなぁという恐怖の方が強くなってくるものだ。

 部屋の電気を消灯して、パソコンに向かって夜間帯の患者の様子を記載している途中で、とある一室から話し声が聞こえてきた。

 そこはナースステーションから一番近い部屋で、所謂いわゆる重篤な患者や認知症を患って危険行動がみられる患者の部屋だった。四人部屋の一番入口側に寝ていたお婆さんが、一人で何かを話している。

 他の三人はそんな話し声を気にもとめずに寝ているようだったが、話し声の大きさが徐々に大きくなって来たので様子を見ようと部屋に入った。入院中の患者が日中寝てしまい、昼夜逆転して夜に溌剌と活動をしだすことはわりとよくある話だ。


「竹村さん、どうしたんですか? もう夜中ですよ」

「あそこに立ってる人とお話ししてたのよ」

 唐突に目の前のお婆さんから発せられた言葉に、私は彼女が指差す方向を振り返った。

 電灯が消された部屋の中でどれだけ目を凝らしても、残念ながら彼女の言う人は見えない。

 これも認知症の患者などにはよく見られる幻覚のたぐいなのだろう。私はそう思いながら、仕方なく彼女に話しかけた。

「人は居ないみたいですよ。どこかに行ったんじゃないですか?」

「今も居るわよ」

「私には見えないですけど、どんな人ですか?」

 病院のベッドには個々のベッドを仕切るようにカーテンが引かれている。風通しをよくするためか、天井から二十センチ程度は網目状になっているため向こう側が見渡せるようになっていた。

 彼女が指差すのはそのカーテンの網目あたりだ。

「そこから顔が見えるでしょ、髪の長い女の人」

 網目は天井から二十センチ。そこから顔が見えてるとしたらどんな巨人なんだと思わず笑ってしまった。

 もそもそと隣のベッドの患者が寝返りを打つ音が聞こえて、とりあえず早くこの患者を宥めなければと思い直す。

「長い箸を持ってるから、隣の人を食べてるみたい」

「こ、怖いこと言わないでくださいよ。もう夜中ですから、お話はまた朝にしましょう。おやすみなさい」

 一瞬頭の中で彼女の言う巨大な箸を持った女が人を食べているのを想像して、背筋が冷たくなった。



 ニコニコと仕事用の笑顔を顔に貼り付けながら、目の前の彼女に声をかけると「あら、そう。じゃあ休ませてもらおうかしら。おやすみなさい」と穏やかな返事が返ってきた。

 一応隣の患者の様子もちらりと見たが、恐ろしい女に食べられることなく、寝息を立てて寝ているようだ。

 少しだけ安心して部屋から出れば、今度は別の部屋から「トイレに行きたい」とナースコールが鳴り比較的忙しい勤務となった。

 それからあっという間に夜中の二時になり、先輩の看護師から「仮眠行ってきていいよ」と声がかかった。

 パソコン画面がチカチカ見えてきていたので丁度よかった。比較的患者も寝入り始めていたので、早々に休憩室の鍵を持ってナースステーションを出た。

 この病院は総合病院で、しかも何度か改装工事を行っているせいか各病棟に必ずしも休憩室が備え付けられていなかった。うちの病棟はというと休憩室がない代わりに病室の一つを潰して、そこを休憩室として利用している。

 部屋の構造は患者の病室と一緒だが、テレビもあれば冷蔵庫やソファもあるため、病室という感じは薄い。部屋の一角には患者が使っているのと同じベットがぽつんと置いてあり、そこで夜勤の際には仮眠をとっていた。

 私は早速固めのマットレスに飛び込み、横になる。

 なぜか仕切りのカーテンもあり、なんとなくカーテンを引いて目を閉じる。

 そうすれば疲労と緊張感から解放されたおかげか、泥濘ぬかるみにハマっていくような心地よい眠気が襲ってきた。

 寝入ってから暫く経った頃だろうか、じんわりと上がった体温を感じながらもう少しだけ横になっていようと仰向けに寝返りをする。すると、妙なものが視界に映った。

 カーテンと天井の間の網目から、真っ黒いもやが見える。少し光沢があるせいか、くろい風船が浮かんでいるようだ。

 あれは何だろうか。

 寝起きでほとんど機能していない頭ではそれが何なのか、考えることもできず固まる。しかしそれが私の方に振り向いたおかげで、ようやくそれが何なのか理解した。

 黒いそれは女の顔だった。黒くて、恐らく長そうな髪を垂らした女は、おかめのように細まった目を徐々に開き、じーっと私を見つめる。周りが暗いせいもあり、個性のない白いお面が宙に浮いているようにも見える。


 これは竹村さんが言っていたやつだ……。


 冷静にそんなことを思っていると、不意に耳元からかちかちと音がし始めた。体が自由に動かず、視線だけで音のする方を見るが何も見えない。しかし音は確実に私の耳元で鳴っている。

 どこかで聞いたことのある音だと懸命に頭を振り絞って、ようやく何の音か分かった時、全身にひょうのうを押し当てられたように悪寒が走った。

 そう、これは……箸を打ち合わせて鳴らしている音だ。


 かちん、かちん……かちん。


 絶え間なく続く音の間隔が徐々に短くなってくる。最初は時計の秒針のような間隔だったのが今では耳障りな拍手のようだ。


 かちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかち……


 これはヤバい。

 単純にそれしか頭に言葉が浮かんでこなかった。

 ふと浮いている女の口がパカリと切れ込みを入れたように開く。私は本当にこの女に食われるのだと絶望し、ギュッと目を瞑った。

 しかし、私が思ったようなことにはならず、いつの間にか耳元で鳴っていたけたたましい音も消え失せている。その代わりに私のスマートフォンの目覚ましアラームが鳴り響いていた。

 恐る恐る瞼を開くとそこには、最初から何も居なかったと言わんばかりにいつもと変わりのない仮眠室の天井が見える。

 兎に角助かった。そして一秒でも早くこの気味の悪い仮眠室から出たいと、逃げ出すようにナースステーションに戻った。

 その日の夜勤は特に何事もなく終わり、あの時見たのも竹村さんの発言に感化されて寝ぼけて見えただけだったと思い込むことにした。


 そして二日後。出勤すると竹村さんの隣のベッドが空床になっていることに気がついた。

 嫌な予感がしてその患者のカルテを遡ると、昨日亡くなったらしい。もともと心不全で入院していた高齢のおばあさんだったこともあり、亡くなってしまったことに対してはさほど驚きはないが……。

 頭を過ぎるのはあの女のこと。

 ぼーっとしていると、そこに竹村さんが車椅子に乗せられた状態で、ナースステーションへ連れてこられた。

「竹村さん、おはようございます。今からリハビリなんですね」

「……」

 私が話しかけた声が聞こえていないのか、明後日の方向を向いてニコニコしている彼女。肩を軽く叩いてもう一度声をかけると、笑顔を崩さないままで私の方へ顔を向けた。


「あの人、おいしかったって」


 それだけ言い残してリハビリに連れていかれた竹村さんを見送りながら、後味の悪さを感じているのは私だけだった。

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