屍鬼祓師 夢見る卵

粟生慧

第1章 (2)

「とか言いつつ、爪先立ってるだろうが」

 日頃、晶良がつまみ食いしないように、わざと一番上の棚にしまってある菓子箱をひょいと片手で取って、晶良に手渡した。確かに晶良も背が低いわけではない。単純に、陽仁のほうが体格がしっかりとしてほんの少し背が高いだけだ。

「そうやっていつも保護者ぶりますけど、僕のほうが年上なんですからね」

 どことなく晶良がふてくされた様子でぼやいた。

 彼は甘いものが好きだ。年に似合わずケーキなどを好む。そこらへんのこうは甘い外見のとおりかもしれない。

 反対に陽仁は甘いものが苦手だ。紅茶もコーヒーも砂糖など入れない。菓子より酒が好きなタイプである。

 陽仁の妹と晶良は甘味の好みが合うらしく、よく三時のお茶と称しては甘いケーキやお菓子をコーヒー紅茶と楽しんでいる。陽仁的には、渋茶にせんべいが一番だと思うが、そんなことを言おうものなら、二人から「じじくさい」とからかわれるだけだ。

 陽仁は部屋の中を見回す。室内に明かりはない。晩春の柔らかな日差しが、半分ブラインドに遮られた大きめの窓から差し込んでいるだけだ。

 白いペンキを塗っただけの壁、床にはワックスを塗られたえんじ色のリノリウムが敷き詰められている。家具は最低限、ソファとデスクと背もたれつきの椅子が二、三脚のみ。それとティーセットなどがしまわれている見せ棚のついたキャビネット。目利きが見れば、そのどれもがアンティークに統一され、それほど安いものではないことが分かるだろう。

 しかし、なぜか熱湯を入れた電気ポットはよくあるメーカーで販売されているものだ。この冬までアンティークの石油ストーブにポットを載せてお湯を沸かしていたのだが、晶良がうっかりつまずいてやけどして以来、撤去したのだ。

 死んだ両親に代わり、妹の世話を長くしてきたせいか、陽仁はやたらと父性本能が強い。確かに晶良は陽仁よりも五つ年上だが、どことなく危うい感じがする。妹の陽向もそれを感じるのか、晶良の世話を惜しまない。いや、それ以上の感情が介在しているせいだろうか。兄の目から見ても、陽向の晶良に対する好意がその行動から透けて見えることもある。だが外見はともかく、いったいこんなおとぼけた若作りの男のどこがいいのか、などと兄心から考えてしまう陽仁だった。

「食べ過ぎるなよ。若く見えたって、二十八のおっさんなんだから、気をつけないと体型が崩れるぞ」

 陽仁はにやにやしながら、晶良をからかった。

「あなただってそれほど僕と年は変わらないでしょう! とにかく僕が太るなんて絶対ないですよ」

 彼の雇用主──いちのみや晶良ははらいという、たちのよくない悪霊や黄泉よみの鬼を祓う仕事をなりわいとしている。しかも齢二十八であるにもかかわらず、異常なほど年若く見える。

 確かに晶良はどんなに食べても太らない。特異体質なのだ。それは、晶良の生まれ持った力のせいでもある。そのためには恐ろしく食べ物を必要とし、結果、晶良は見た目を裏切る大食いになった。おかげで脆弱ながらもそれなりに成長できたのだ。

「それで、お金はどうやって手渡すんですか?」

「それが……」

 陽仁はバツの悪そうな顔で白状した。

「熊本?」

 晶良が明らかに呆れた顔をした。しかし、すぐに思い出したように言った。

「不思議だな……。実は仕事で熊本の矢沢町ってところに行かなくちゃならないんですよね」

「あれ? 俺は知らないぞ?」

「姉さん経由の依頼なんです。姉さんがすでに受けてしまっているので、断れなくて……。ちょうど明後日の約束なんです」

 五人姉弟の末っ子である晶良は四人の姉に頭がまったく上がらない。

「おまえなぁ、そういう大事なことはまず、俺に言えっつってるだろ!」

「言うつもりでしたよぉ」

 晶良が口をとがらせた。奇妙な偶然に導かれ、陽仁はさっそく明日、二人で熊本につ手配をすることになった。




 熊本県某郡矢沢町。製糸産業で賑わうこの小さなやまあいの町は、明治時代までは養蚕でも知られた町だった。世界大恐慌以降、養蚕ではたちゆかなくなった産業を、町ぐるみで開発した化学繊維と培養タンパクによる繊維で、近年に入り再起を果たした。

 毎年、矢沢町ではカイコ祭りが催され、この時期になると、また別の賑わいを見せていた。JR九州鹿児島本線熊本駅からバスに乗り換え、内陸へ一時間半強行くと宮崎県と熊本県の県境に位置する矢沢町に到着する。高速道路開発に伴ってバイパスができたことによる恩恵であった。それでも一日二本のバスは不便極まりない。町民のほとんどが自家用車を利用している。

 舗装されてないすれ違うのもやっとの細い山道を、バスは車体をきしませながら走っていく。その埃っぽい座席で縦に横に小刻みに揺られながら、陽仁と晶良の二人は、ようやく矢沢町の入り口に降り立った。陽仁はぐっと伸びをして長い拘束からの自由を味わった。晶良も硬いバスの椅子に座っていたためにこわばった腰をさすっている。

「ここが矢沢町か……」

 うんざりするほど乗り継いで、東京からやっと辿り着いた九州のへきを、陽仁は感慨深げに眺める。

「人の少ない浅草に雰囲気が似てますね。あと、人の少ないがもとか……」

 晶良がバス停前の商店街の印象を漏らした。

「ド田舎だって正直に言ったほうがいいぜ。依頼主のふくしまさんに確認したけど、今日は都合がつかないらしい。仕方ないからこの町の田園風景でも満喫するか」

 苦笑するしかない陽仁だが、すぐに晶良の表情が変わったことに気付いた。

「どうした?」

「邪念が……。具象化まではしてないものが、ちょっと、この町には多い気がして……。特にあっち……」

 と、割合開けた平地を指差す。指した先には工場が見えた。

「あそこは煙っているように黒い邪念が固まっています。依頼主の言ってた問題って、このことなんでしょうか? でも、この上のほうはすごくきれいなんですよね」

 晶良がくるりと向きを変え、商店街の上のほうを指さす。商店街から上にはなにがあるのだろうか。陽仁は建物に隠れた山の手を見つめた。

 やはり製糸産業以外にこれといって特産物もない土地柄か、町並みはすぐに途切れ、まばらになる。バス停のある県道沿い以外は鉄筋コンクリートの建物はほとんどなく、平屋の木造家屋ばかりのようだ。商店街も入口からたった五十メートルほどしか賑わっておらず、そのほとんどが店の定休日なのか、西日の射す中、シャッターや玄関を閉ざしている。ひとのない店舗の壁に、「万病に効く! 桑の葉パワー!!」と書かれたポップやポスターが目立つ。

「ここの売りは桑ってことなのかな」

 陽仁はポスターに書かれた効能に目を通しながら言った。

「柿の酢とか、墨とか健康食品のたぐいみたいですね」

 晶良は興味がないのか、すぐにポスターから周囲へと目を逸らし嘆息した。

「やっぱり田舎だな……」

「そりゃあ、東京と比べたら……」

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