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丑之刻子、参ります。

黒史郎

第一呪 丑満に呪うは女と烏猫 (1)




 白装束に白鉢巻、頭に三本の蠟燭を立て、

 ひと気のない夜の刻、神社の神木の前に立ち、

 藁人形を五寸釘で打ちつける。

 これは素人のやり方だ。

 わたしの場合、これに加えて、胸の奥に宿りし憎悪の炎を表現するため、首から下の身体には赤いを厚く塗りたくり、頭にはかなを逆さにかぶる。この鉄輪とは、ガスコンロについている鍋やフライパンを載せる鉄の器具──五徳のことだと思えばいい。あれの三本脚の物を逆さにかぶり、その脚に三本の蠟燭を立てるのだ。

 その井出達で人目に触れぬよう、丑の刻の夜道をで移動して神社にもうで、終始無言で藁人形を神木に打ちつける。

 以上がわたしの、人を呪う時の基本スタイルだ。

 これがもし、憎悪の根が深刻なほど深かった場合。

 その根が心の臓にまで達し、相手の命を奪うことになんの躊躇もないという心持ちの場合。

 わたしは、俗にいう〝勝負服〟になる。

 わたしの場合は勝負装束といおうか。

 まずは白装束から、燃える怨恨の赤装束となる。

 長い黒髪は五つに分け、それを固めて五本の角に形作り、顔には朱で鬼相を描く。これは我が身に鬼を宿す心構えを前面に押し出すためのものだ。

 呪詛は足下から──禹歩でえんを伝い歩く履物は、いちもんを地に刻む一本歯の高下駄が良い。時には三本歯と挑戦的に。

 胸には丸き鏡を下げ、鉄輪の三本脚には燃え盛る松明を。

 両端に火をつけた松明を咥え、大胆に憎悪を表現。

 なによりこだわりたいのは呪具である。

 わたしほどになると銘柄ブランドにこだわるのだ。

 かなづちしゃらんざんが鍛えし、『たいざんくん』。中国はがくの中心、山東省のとうがくたいざんの神名を冠するこの槌は万物の生命を司る。形、握り、重み、打ち込んだ時の音。そのすべてが神の業物。

 そして、おにふねの五寸の釘『しん』。これは地獄に棲む怪虫の名であるが、地獄といってもただの地獄ではない。屎尿を溜めに溜めた広大な糞壺である。糞まみれの蛆虫が糞のこびり付いた鉄のくちばしで、糞の中でもがく罪人の肉をついばむという不浄地獄だ。この紫色の釘で打ち込んだ箇所はうみくされ、まさに地獄の苦しみを味わうのである。

 この二つの呪具の相性の良さは、使ってみて初めてわかる。

 親が日曜大工用に買って物置へ放り込んだままにしている、そんな安道具で呪おうなんてれ者には一度、この使用感を味わわせてやりたいものだ。

 これらを身に着け、丑の刻、宇治の川瀬で二十一日間、水につかり、二十二日目の夜。一心不乱に槌を振り続ける。

 この時のわたしは最凶だ。

 偉人だろうが聖人だろうが、わたしにかかれば幸せな人生はあっけなく幕を下ろす。

 わたしなら、手の届かぬ相手に傷をつけ、病ませ、不幸と災いという猟犬をけしかけることができる。

 じゅとは神より授けられし力。

 人間のみが持つ宝。

 我々は、この至宝を授け給うた神を崇め奉るべきである。そして、有難く活用すべきなのだ。

 ところがどうだ。

 最近は軽い気持ちで相手を呪う軽薄な者が増えた。

 喫茶店のように、頼めばすぐに望みが叶うと思っているおろか者のなんと多いことか。そんなエスプレッソ感覚で呪詛をされては八百万やおよろずの神々に失礼だとは思わないのか。

 中には通販で買った呪術グッズを身に着けて、ファッション感覚で黒魔術の真似事なんぞをしている者もいる。実に嘆かわしい。

 わたしはこれまで人を呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って呪って……呪うことしかしてこなかった。

 わたしは産まれてすぐ、うぶに浸かりながら、けいしゅてんと同一となり、その真言を唱えたそうだ。そうとも、わたしは産まれてすぐに両親を呪ったのだ。

 にわか仕込みの呪術で下らぬ望みを叶えようというれ者とわたしを一緒にしてほしくない。

 わたしは呪詛師。

 呪詛師とは、人の晴らせぬ恨みを呪術で成し遂げる賢者のこと。そして、それを生業とする者。

 母から継いだこの稼業。わたしは誇りを持っている。

 代々、呪詛で財と影の権力を築いてきた当家は、その血を女が繋いできた女系一族。当家に生まれた女は呪詛師として生きるが運命さだめ

 祖母のミツは戦後最凶と恐れられた呪詛師で、その呪詛の力を頼る者の中には、日本を代表する役者や歌手、大手企業の会長、大物政治家などがいた。歴史的な事件の陰には必ず丑之満の存在があり、激動の戦後日本を裏で動かしていたとまでいわれる人物だった。

 母の乙子は《えんの女帝》と呼ばれた大呪詛師。

 祖母に次いで力を持つ呪詛師だった。

《呪うなら華麗に呪え》が座右の銘の母の呪詛は、まるで映画の一シーンを見せられているかのように派手で劇的だったという。

 その名は国内だけにとどまらず、遠く海を渡った地にも彼女の力を借りたいという者が後を絶たなかったほどだ。依頼者は母の力を借りて、倒れかけた会社を蘇らせ、ライバルの会社を潰し、難しい戦況から圧倒的な勝利をおさめ、敵対する者たちを病魔と貧困で滅し、窮地を救い、そして地獄へ落とした。

 母には依頼者が善か悪かなど関係なかった。

 自分の元へ来る依頼はすべて、神からの任務であるとし、完璧に遂行した。


 そんな母の血を受け継いだわたしは、呪詛師界のサラブレッド。

 人はわたしを《呪い姫》と呼ぶ。

《呪い姫》うしこくと。

 この世は憎悪と欲望の吹き溜まり。

 自分より優位に立つ者を妬み、その転落と破滅を望む者。

 自身の幸せを害され、奪われ、憎しみの黒いほのおに身を焦がす者。

 世間から取り残され、心を塞ぎ、何もかもを憎悪する者。

 そうしてはらんだ黒い原石を、どう磨けばいいのかわからない者ばかりだ。

 だから、この世には必要なのだ。

 わたしのような、練達の呪詛者が。

 もし、誰かを呪ってほしければ、摩栖太羅神社の裏に生える、蛇体の如き曲がりくねった樹齢五百年の神木に、藁人形を打ち付けておけばいい。

 その祈り、われが聞こう。

 その怨み、われが晴らそう。

 ひと打ちひと打ち、われが呪いを込めて打ってやろう。

 草木も眠る丑の刻、《呪い姫》のえんそうを聞かせてやろう。

 こーん、こーん。こーん、こーん。

 こーん、こーん、こーん──。



 午前の慌ただしいオフィスのただなか、わたしは居た。

 電話やファクスの機械音、パソコンのキーボードを叩く音、紙を捲る音、事務的な会話の声。そんな音の海の中で、わたしはの仕事をしている。

 この会社にはもう八年いるが、いまだになにをしている企業なのか、わたしは知らない。興味がないから知る必要がない。

 朝の挨拶「おはようございます」、帰りの挨拶「お疲れ様でした」「お先に失礼いたします」、マニュアル通りの電話の対応、これさえできていれば、あとは紙に書かれていることをパソコンに打ち込んで、いわれたことに「はい」と答えていればいい。それができれば、とりあえずは社員として席を確保でき、給金を頂ける。

 そんな程度の所だから、大した企業ではないのだろう。

 十階建ての持ちビルには十五人から二十五人の課が六つ、接客サロン、研修室、会議室、娯楽室、ほとんど不在の社長室、地下には資料保管室(噂ではリストラ寸前の者が辿り着く牢獄がある)、そして六人の清掃員と四人の警備員が常駐している、そんなどこにでもある会社である。

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