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「極」怖い話 謝肉災

加藤一

タメスケ / 前夜災 / 三ナンバー (1)

前夜災


 毎年毎年、そろそろもう書くことも尽きただろうと思いながら、多くの方々からお預かりした体験談を一時留め置いておくデータベースを読み返している。すると「書こうと思ってすっかり忘れていた」というようなお話が埃を被ったまま出番を待っていたりする。

 このデータベースはワインカーヴのようなもので、「聞いたはいいが、まだどうやって昇華したらいいのか分からない」というお話を寝かせて熟成している。どの話が書き頃を迎えるのかは、体験談を読み返したときに決まる。今回も、入れるつもりでいそいそと出してきたのに、どう挑んでみても書けずに結局カーヴに戻してしまったものもある。

 僕の腕前では、それを形にするのにはまだ足りないということなのだろう。二十四歳になる年に怪談を書き始めて、今年で二十三年目位になる。それほど関わっていても、「まだおまえには早い」とばかりに、ぴしゃりと閉ざされてしまうものがあるとは。

 超長熟怪談、フレッシュな怪談。書き頃が定められた怪談は、ワインにも似ている。

 今回は、丁度読み頃になった怪談を選んでサーヴさせていただいた。

著者 

三ナンバー


 夜も更け、太田さんが寝床の支度をしていたところに電話が掛かってきた。

『もしもし! 水ヶ峠に上がってく道って、どこから入ればいいの?』

 いきなり本題から始まる電話を寄こしたのは、友人の磐城さんだった。

「は? 国道行けばいいんじゃない?」

 水ヶ峠は、愛媛県松山市と今治市を繋ぐ国道三一七号線の途中にある。

 地名で言うと北三方ヶ森と伊之子山の稜線の丁度中間辺りが水ヶ峠と呼ばれている地域なのだが、地元で「水ヶ峠」と言えば、松山市から今治市に向けて南南西から北北東に貫く全長二八〇四メートルのほぼ直線の道──水ヶ峠トンネルを指す。

『いや、そうじゃなくて、水ヶ峠の上のほうよ。国道から上に上がってく道』

 磐城さんは随分と動転した様子で、どうにも要領を得ない。

「上って、あのへん酷道しかないよ」

 水ヶ峠は、あまりいい噂のある場所ではない。

 どちらかと言うと剣呑な風聞の多い地域だ。

 磐城さんは、廃墟好きでも何でもないごく普通の主婦であるはず。

『うちの息子が〈迎えに来い〉とか言ってんのよ! この夜中に、まったくあのバカ何やってんだか!』


 話は少し戻る。

 磐城さんの息子の規之君は名古屋の大学に進学したのだが、休みを利用して地元に戻ってきていた。

「ドライブ行こうぜ、ドライブ!」

 昔馴染みの悪友やその友達に集合を掛けて、夜のドライブをしよう、という話になった。

 悪友の一人が女の子の友達を連れてくると言うので、ちょっといいところを見せようと、実家の祖父の車を借りだしてきた。

「おおっ、スゲー。三ナンバーじゃん!」

「うちの爺ちゃん、若い頃からぶいぶい言わしてた人でさー。〈三ナンバー以外は車じゃねえ!〉とか言ってんだよ。まあ、俺の車だと五人は乗れないからさ」

 規之君はここ一番という気張ったドライブのときには、祖父を拝み倒して車を借りるのが常だった。

 そういう車は見映えも良く、押し出しも効き、何より山道を走るのに向いている。難を言えば、車格が大きいので取り回しに気を遣うといったところ位だろうか。

「で、今夜はどこへ行く?」

 シートベルトを締めつつ、規之君は応えた。

「今治。まずは、今治な」

 松山市内から今治へ向かうと言えば、国道三一七号に乗るというのは、もはや暗黙の了解のようなものだ。途中にはロープウェイもあり、古刹や神社などが点在する谷沿いを縫うように走る国道は、綺麗に整備されていてドライブには持ってこいだ。

 しかし、今夜の本当の目的は単なるドライブではない。

「で、規之。大学はどうよ?」

 地元に残った悪友達とは進路がバラバラになったので、彼等も規之君の近況には興味がある様子だった。

「おう。中々面白いよ。今、オカルト研究サークルってのに入ってるんだよね。まあ、廃墟巡りの会、みたいな感じでさ」

「じゃ、今日は心霊スポット巡り?」

「おうよ。穴場スポット行くぜ!」

 丁度、水ヶ峠トンネルの入り口近くまで差し掛かったところで、アクセルをゆるりとゆるめた。

 街灯も何もない、真っ暗な脇道にそろりと車の鼻先を突っ込む。

「え、どこ行くの?」

 リアシートの女の子が不安げな声を上げた。

「知ってる? この水ヶ峠トンネルの入り口でさあ、心霊写真撮れた人がいるらしいんだよ。しかも、その携帯は……車の助手席に置きっ放しだったのに、勝手にシャッター切れたらしいぜ!」

「きゃー、やめてやめて!」

 ネットの掲示板で聞きかじったような噂話だが、女の子には効果覿てきめんだった。

 車内はにわかに〈いい雰囲気〉になり始めた。

 ひび割れて砂利と落ち葉に半ば埋もれた酷道を、車はゆっくりと上っていく。

 女の子は脅かされ要員として誘われたようなものなので、規之君の友人達もそれぞれ調子に乗って噂語りを始めた。

「そういえば、こんな話があるぜ」

 今、規之君達が走っているのは、水ヶ峠トンネル──国道から外れて、山中に向かう林道である。この道を登り切ったところに小屋がある。

「その小屋の窓から中を覗くと……誰かがぶら下がってるのが見えるんだってさ」

「きゃー!」

 女の子は耳を塞ぐ。

 悪友達はゲラゲラ笑う。

「いやいや、まだ怖がるとこじゃないから!」

 小屋の窓から見えるたいに驚いてドアを開けて踏み込むのだが、室内には誰もいないのだという。

「で、あれっ、誰もいないじゃん、ってなるじゃん。それで小屋の外に回ってみると、やっぱり窓越しに首吊り死体がゆらゆらしてんのが見えるんだって」

 やっぱり死体がある。大変だ、ともう一度ドアを開けて室内に飛びこむが、死体が揺れているはずの場所には何もない。

「……そのとき、誰もいない小屋の中から──笑い声だけが聞こえるんだってよ」

 女の子は「きゃー」と声を上げるも、若干わざとらしい笑いを含んだ悲鳴となっている。

 怖い気分を盛り上げよう、という規之君達のノリに付き合ってくれている、という感もある。

 車内はひとしきり笑いに包まれた。笑い疲れた規之君はふと思い出した。

「……はー、でもさ。ここって色々ヤバイ噂はあるよな。昔、女の子が山ん中に連れてこられて強姦られちゃって、山の中に置き去りにされたとか殺されて死体を埋められたとか、そういうの。これはガチな話でさ」

 キュルッ、ジャリッとタイヤを鳴らしながら進む。

 交通量の多い国道とは大違いの割れて荒れた道は、沢に沿ってごく小さな弧を何度も描いている。深く生い茂った枝が行く手をさえぎり、祖父の車に傷を付けまいかとハラハラした。

 酷道は大分細くなり、三ナンバーの車を擦らずに走らせるのが難しくなってきた──と思ったところで、どうやら道路の終端に辿り着いた。

「これ以上は車は無理。多分、この近くに小屋があるはず」

「小屋って?」

「さっき車ん中で話したろ? 窓から死体がぶら下がってるのが見えたっていう小屋が、このへんにあるはずなんだ」

 車のライトが消えて暗闇に目が慣れてきた。

 懐中電灯で周囲を照らしてみても、小屋のようなものはどこにも見当たらない。

「ホントにこの道で良かったのか?」

「ああ、間違いない、はず」

 サークルの先輩が言うには〈絶対確実鉄板のポイント〉ということだったが、実際に来てみると単なる山の中の行き止まり、それ以上でも以下でもない。

「何にもないし、何も起きないじゃん」

 何かが出ることを期待している場所で、何も起きないことほど興醒めなことはない。

 女の子にしてみても、気心の知れた男友達が四人もいれば恐怖心も湧いてはこない。

 拍子抜けして白けた気分が漂った。

「あー、じゃあまあ……帰るか」

 規之君は飲み掛けの缶ジュースを飲み干して、腹いせのように放り投げた。

 空き缶は虚空に吸い込まれるようにして消えた。

 シートベルトを締めて、セルを回す。

 無反応。

「あれっ?」

 もう一度セルを回す。

 無反応。

 キーを抜いて差し込んで、シフトレバーがニュートラルにあるのを確認し、アクセルを踏みながら三度セルを回す。

 無反応。

「規之、どうした」

「いや、エンジンが掛からん」

 何度繰り返しても掛からない。

「カブってるんじゃないのか」

「それでも、キュルキュル言うはずだろ。何も反応がない」

 車内の空気が次第に重くなってくるのが分かる。

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