怪決―暗闇人生相談所―

加藤一

気になる人に誘われて迷っている (3)

 上段に大きい太刀たち、下段にはわきしのような小さいもの。

「鞘がテカテカ光ってまして。てっきりもぞ刀だと」

 三島は太刀を手に取ると金城君に手渡した。

 ずっしりと重い。

 つかを持って抜いてみると、鞘から刀身が現れた。

 なんの抵抗もなくスルリと抜けた。

 刀身はぎらぎらしている。

「鏡のようにぴかぴかっていうんじゃないんです。もちろん、よく研いであるんだけど、黒鉄くろがねの鈍い輝きっていうか」

 クロガネという言葉を当時は思いつかなかった。ただ、波紋の浮かぶそのやいばを金城君は〈綺麗だな〉と思った。

 刃に一部、わずかながら黒ずんだところがある。

 染みのようでもあり、刀身のぎらぎらした美しさを陰らせている、とも思った。

 思わず見とれてしまった。

「本物?」

 三島は、うん、とうなずいた。

「さわるなって言われてる。でも今なら父ちゃんいないから大丈夫」

 本物と言われても、なお信じていなかった。

「良くできた美しいニセモノだと頭から思い込んでましたから」

 三島は脇差しを、金城君は太刀を抜き身で構えてみた。

 これでチャンバラごっこをしようというわけだ。

 刃を当てて刃こぼれでもさせたら大変ということで、〈カキーン!〉〈ズバッ!〉と自分の口で効果音を叫びながら、本物さながらに切り結び合う真似をした。

「でも、重くて。持つだけでふらふらしてましたねえ」

 実際、振り上げて鋭くなぎ払うなんてできなかった。

 持ってふらふら、他の友達にぶつけないようにうろうろ。

 かっこいいチャンバラにはほど遠い。

 そのとき、畳の縁にでもつまずいたのだと思う。

 あっ、と踏みこたえたが、弾みでうっかり刀身を握りしめてしまった。

「痛っ」

 てのひらがぱっくりと切れた。

「絶対に模造刀だと思ってました。その瞬間まで。だから不用意に握っちまったんです」

 掌から血が溢れ出た。

 あの抜き身の綺麗な刀身を汚し、手首からひじへと赤黒い血が伝い流れる。

 驚きと痛みと出血の恐ろしさから、金城君は泣いた。

 刀を握りしめたまま、どうすることもできず泣いた。

 三島は「大丈夫か」と驚き、どこからかティッシュの箱を持って戻ってきた。

「掌を拭いてもらう間、べそべそ泣きっぱなしでした」

 幸い、大きな傷には至らなかったようで、出血はすぐに止まった。

 何枚かティッシュを真っ赤に染めたものの、畳を血で汚さずに済んだ。

 刀のほうも金城君が泣いているうちに誰かが綺麗に拭ってくれたようで、血で汚れたそれは元のぴかぴかの刃に戻っていた。むしろ、最初よりも綺麗になったくらいだ。

 三島はまみれになったティッシュを小さく固めて丸めると、自分のポケットに突っ込んで言った。

「大丈夫、ちゃんとしたからばれない」


 その日の夜になっても痛みは続いていた。

 じわじわと熱を持ち、刺し込むように痛い。

 血は止まっていたから、拳を握れば傷は見えない。

 理由を言えば叱られると思ったので、親にも黙っていた。

「でも痛くてね。眠れないんです。ずきずきして」

 二階の子供部屋で横になってずいぶん経つ。

 階下の両親が、テレビを消したようだ。

 床越しに聞こえていた居間の気配が静かになる。

 それからどのくらい過ぎたのか。

 いつもならとっくに眠っている時間だが、眠れない。

 ──ぼーん、ぼーんん。

 居間の柱時計が二度鳴った。

 続いて、玄関のドアが開く音。

 ノブを回し、それからバタンと閉まる音が続く。

 親だと思った。

「どこかに出かけて、戻ってきたのかと」

 でも。出かける音には気付かなかった。

 それじゃ、誰かが来たのかな。こんな夜中に?

 金城君は掛け布団を引き上げた。

 ──みしり。みしり。みしり。

 階段を踏む音が聞こえる。

 誰かがゆっくりと二階に上がってくる。

 足取りは遅い。

 忍び足とも違う。けれど、その歩みは少しずつ近づいてくる。

 足音は子供部屋の前で止まった。

 掌が痛い。痛みが一層強くなっている。

 ドアがゆっくりと開いた。

 子供部屋の入り口に、誰かが立っている。

 明かりはない。

 だが、それが男であることは分かった。

 大人の男。

 金城君はホッとしてベッドから身体からだを起こした。

「お父さん?」

 違う。そうじゃない。

 お父さんはパンチパーマじゃない。

 お父さんはサラシなんか巻いてない。

 お父さんは入れ墨なんか入れてない。

 金城君は言葉に詰まった。

 男の表情は分からなかった。

 分かるはずもない。

 顔がちぎれている。

 瞼、鼻、唇、頬。どれも元の形はない。

 鋭い切れ味の〈何か〉でなます切りにされたのだろう。

 顔とおぼしき場所は、ぎ取られかけた皮膚ひふが垂れ下がるばかりだった。

 そいつが、部屋に──。

「一歩です。踏み出したのは一歩だったと思うんです。そいつ。でも、たった一歩でもう僕の目の前まで来てた、みたいな」

 逃げることも叫ぶこともできなかった。

 ベッドに身を起こしたままの金城君の視界一杯に、顔のちぎれた男がおおい被さった。

 そして、失神。


 翌朝、金城君が目覚めた場所は、子供部屋の入り口だった。

「ドアから、こうね。半身を出した感じでひっくり返ってました」

 身体を起こそうと床に手をついたところで気付いた。

 掌の傷は昨日と同じままだったが、あの焼けるような痛みは消えていた。

 ベッドの外で寝ていたのに、身体は寝汗でぐっしょりと濡れている。

「ああ、悪い夢見たからだ、と思って」

 湿ったパジャマを脱いで、また驚いた。

「パジャマの背中に、こうね。跡が付いてたんです」

 まず、掌のような。もしくは、誰かが握りしめたような跡。

 そして、そのまま引き摺ったような跡。

 パジャマの背中と倒れていた床に、赤黒いものがこびりついている。

 それは生乾きのけっこんと思われる。

 親にばれないよう、床の血痕はパジャマでぬぐい取った。そのパジャマを洗面所ですすいだ。

 何度も洗って、こっそり洗濯機に放り込んだ。


 朝食もそこそこに学校に行くと、三島の顔は三倍くらいに腫れ上がっていた。

「父ちゃんにボコられた」

 あの日本刀をいたずらしたことがバレたのだという。

 刃も拭いたし、畳に跡は残さなかったし、ティッシュペーパーは金城君たちを見送ってすぐにトイレに流した。

 泣き腫らした目で、「なぜばれたのか分からない」と三島は繰り返した。

「例の半裸入れ墨パンチ男の話をしたんです。でも、他の奴のところには来なかったらしくって。三島のところにもです。来たのは僕んところだけ」

 その分、三島は父親にしこたま殴られたのだ。

「三島の親父、そういえばパンチ当ててたなあって思ってたんですが、奴の親父って〈クミのカンブ〉だったらしいんですよ」


 その後、三島は家族ともども県外に引っ越した。

 今は縁も切れている。




 いかがです?

 危険な香りのする男の子との、ちょっとした冒険。

 名うての心霊スポットで、彼氏に「きゃあ」なんて抱きつけば、彼氏はあなたのとりこになってしまうことでしょう。

 お屋敷に招待されたら、どんどんお招きにあずかるとよいでしょう。

 素敵な家宝を見せてくれるかもしれませんしね。

 ──え? 作り話かって?

 いえいえ、これはかつて本当にあったお話ですよ。私は嘘は申しません。

 あなたが一歩踏み出せば、そう、あなたにも同じ事が起きるかもしれない。


 さて、どうします?

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