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怪決―暗闇人生相談所―

加藤一

気になる人に誘われて迷っている (2)

 乗り捨てられた鑓水君の車は、仲間が翌日拾いに行った。道路にはタイヤの焼けた跡はあったものの車は無傷だったし、はねたはずの老婆の姿もなく、轢き逃げを捜査する警察の姿もない。もちろん、じいさんの姿もどこにもなかった。

おりて


 元ホストの慎さんから聞いた話。

 店がはねて、常連客の女の子が何人か残った。

「ねえ、もうお店終わりでしょう? これから遊びに行こうよ」

「いいね。何処行く?」

 何分にも水商売である。遊びに行こうにも店が終わる頃に開いているのは、結局同じ夜の仕事の店ばかりだ。飲むのが商売であるが故に、店の外では無理して飲まないのがこの仕事を続けるためのコツであるという。

 アフターに付き合うことで上客の女の子を繋ぎ留めるのも仕事ではある。

 しかし、夜風に当たりたくもあったし、酒から離れて酔いを覚ましたくもあった。

「じゃあ、ドライブ行こうよ。夜のドライブ」

 そう提案すると、女の子達も飛びついてきた。


 若い奴にハンドルを握らせ、慎さん、それに女の子が二人。

 計四人が車に乗り込んだ。

「何処に行こうか。海? 山?」

「ねえ、怖いとこ行こうよ。何かさあ、出るとこあるんだって」

 テレビで見た、友達から聞いた──そんなレベルの噂話を記憶の中から引っ張りだした。

 近隣は心霊スポットに事欠かない。

 やれ、何処そこの病院跡地は出るだの、やれ、何処そこのオフィス街の石碑は出るだの。

 この前、テレビでやっていたゲーセンの跡地が凄いだの、この前、お客さんが行ってきた霊園が凄いだの。

 女の子達は車の中で繰り広げられるあいない幽霊たんに、「きゃー、こわーい」と笑いを含んだ歓声を上げた。本当に怖がっているわけでもなく、彼女達は「怖がっている女の子」を演じることで、ホストの気をきたいのだ。

 話す側も同様で、聞きかじった怪談を面白おかしく話して聞かせ、場の空気を作る。

 狭い車内には、さながら修学旅行の就寝前のような楽しさが満ちていた。

「この先の山の上の霊園が、確実に出るポイントらしいんすよ」

 そう言って運転席の若い奴がハンドルを切った。

 確実に出るというのが本当かどうかはともかく、展望台か何かから街の夜景が見えれば、それなりにいい雰囲気にはなるだろう。

 そんなことを考えるうち、車は山道を上り始めた。


 暫く行くと目当ての霊園が近付いてきた。

 山の中腹辺りに拓かれた霊園は、今風に整備されたぶんじょう墓地である。夜の一番深い時間帯で、当然辺りにひとなどはない。

 しかし、モダンでぎれな作りの墓石が並ぶ霊園は、およそ「幽霊が出そうな雰囲気」ではなかった。田舎の古ぼけてこけした墓場の類ならともかく、ぴかぴかにみがかれた真新しい墓石が団地のように並ぶ霊園は、あまり出そうな雰囲気のように思えない。

 車窓を薄く開けて暗い霊園を見通すが、ヘッドライトを消してみたところで都合よく人魂の類が現れる、ということもなかった。

「……なんだよ、オイ。全然出ねえじゃん」

「なんていうかー、お墓のオーラが足りないって感じー?」

「誰だよ、確実とか言った奴」

 口々に勝手なことを言ってへらへらと笑った。

「どうする? 一応、降りてみる?」

 と、ドアに手を掛けたところで、女の子の片方が声を上げた。

「……ダメ」

「え?」

 女の子の声が震えている。

「……おりて」

「ええ? ここで車降りんの?」

「おりて。早くおりて!」

 彼女はますます語気を強めた。

「何だよ、どうしたんだよ」

 とりあえず一度車から降りようとドアを軽く開くと、車内灯が点った。

「ダメぇ! 車から降りちゃだめ! 早く下りて! ここから、山から下りてぇ!!」

 車内灯の淡い光に照らし出された彼女の顔が変形していた。

 彼女なりの可愛らしさを求めて、けばけばしいメイクが施されていた顔の、左半分は元の可愛らしさを留めてはいた。

 しかし、顔の右半分がれ上がっている。虫刺され、といった程度ではない。

 まぶたは腫れ上がって右目は完全にふさがれ、ほおぼねいびつに変形し、くちびるはし浮腫むくんでれ下がっている。赤黒いあざが何重にも肌を汚し、メイクは削り落とされていた。

 鈍器で殴られ、地面に叩き付けられたら、こんな形になるかもしれない。或いは、街中でチンピラにからまれて、無抵抗のままでいたらこんな目にうこともあるかもしれない。

 腫れているのは顔の右半分だけだった。

 彼女はそれを必死に押さえるのだが、押さえた両手から腫れ上がった部位がはみ出している。

「お、お前……何その顔! ちょーヒデェ!」

 ホストが客に言う台詞としては禁句であったかもしれないが、それ以上に的確な言葉が見当たらなかった。

「病院! それ、おかしいよ! 病院行こう病院! おい、車出せ! 早く!」

 慎さんは運転席の若い奴をせき立てた。

「ねえ、どうしよう。この子、どうなっちゃうの? ねえ」

「大丈夫だ。病院行けば大丈夫だ!」

 車内はりつぜんとしていた。

 慎さんの腕に抱かれてうめく女の子の変形した顔に、連れの女の子も泣きじゃくるばかりだ。このまま顔が元に戻らなかったらどうしよう。この子、どうなっちゃうんだろう。

 ハンドルを握る若い奴も気が気ではなかった。上客が一人減っちまう。自分が霊園巡りなんか言い出したからだろうか。あの顔、一体どうすりゃいいんだろう。

 アクセルを床まで踏み込んで山を駆け下り、平地に辿たどり着いた。

 一番近くの救急病院は何処だ、何処に行けばいい。

 カーナビを弄ろうとして車を脇に寄せた。

「おい、大丈夫か。あともう少しだから!」

 慎さんは腕の中に顔を埋める女の子を安心させようと、必死に声を掛けた。

 ところが──。

「もう、平気」

 彼女が顔を上げると、ぼこぼこに腫れ上がっていた顔面は元に戻っていた。

 ほんの少し肌に疲れが見えたものの、女の子の顔は左右共に店を出るときに作り直していた、けばけばしくも可愛らしいメイクのままだった。

カチコミ


 金城君の同級生に、三島という男の子がいた。

 結構大きな家に住んでいる。

 家も大きければ敷地も広い。庭も広い。

 純和風の造りで、庭にはちょっとした池もあったりする。

 小学生の金城君たちには、絶好の「遊びでのある家」だった。

 庭の広さに加えてていないは部屋数も多く、家の中でかくれんぼができるほどだ。

「三島んちには同級生たちとよく遊びに行きましたよ。実際、かくれんぼもしたし、おもちゃとかゲームもやたらにいっぱいあって」

 いいとこのボンボンってうらやましいなあと思っていた。

 ゲームにもかくれんぼにも飽きた頃、トイレから戻ってきた三島が手招きした。

「こっちこっち、って」

 もう片方の人差し指を口元に当て〈静かに〉とくばせする。

 金城君たちがうるさくするから、三島が親に叱られたのかと思った。

 が、そうでもないらしい。

 三島は、金城君たちを奥の間に連れて行った。

 ずいぶん広いしきで、畳の匂いも青々しい。

 読めない字が書かれた大きな額や、仰々しい彫刻を施されたふすまの上のらんなどを眺めていると、三島は床の間を指さした。

 そこには日本刀があった。

 さやは黒塗り。いわゆる白木のドスではなく、透かしの彫り込まれたつばも付いている。

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