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怪決―暗闇人生相談所―

加藤一

気になる人に誘われて迷っている (1)

気になる人に誘われました


──相談者 大学一年女子(十八歳) 

「……あの、私の大学に、凄くてきな人がいるんです。

 カッコよくて、頭も良くて、顔も良くて……家もお金持ちなんです。

 乗ってる車も凄いんですよ。ポルシェのオープントップとかそういうの。ボディガードっぽい人もいるし、VIPみたいで凄いなあって。なんか謎めいてるし。

 その彼に私、ドライブとか誘われてるんです。

 でもでも、そんなところに『ハイハーイ!』って付いていったら、他の女子に何言われるかわかんないじゃないですか!

 それで渋ってたら、今度はその人の家に『遊びに来ないか』って誘われちゃって!

 私、もうどうしようかと思って……どうしたらいいですか?」




 なるほど。

 その素敵な彼は、あなたとは違う世界の住人──というわけですね。

 なるほどなるほど。

 分かります。見知らぬ世界というのはかく、憧れてしまうものです。

 この機会に世界を広げてみるというのもいいのかもしれませんね。

 新しい世界に連れ出してくれる、非日常を味わわせてくれる。そんな、ちょっと危険な香りのする誘いに惹かれてしまうのは仕方のないことですもんね。

 そうですね、人生には潤いが大切。

 あなたも少し冒険をしてみてもいい年頃なのでしょう。

 ドライブ、車、お金持ちの彼……うん、そそられるのも無理はありませんよ。


 ところで──。

 あなたはこんな話をご存じですか?

八木山橋


 仙台のこんこん山に、やま橋という橋が架かっている。

 既に数百人が飛び下りているという飛び下り自殺のメッカであり、心霊スポットとしても知られた仙台の肝試しの定番コースでもある。

 こうした「よく知られた心霊スポット」に行ってみたからといって、誰もが必ず同じ幽霊を目撃し、同じ体験をするというものではないし、むしろそんなケースはまれだと言っていい。恐怖体験とは、本来、再現性がないのが当たり前なのだ。

 なんとなくそれが分かっているから、人は心霊スポットに出かけていくのだろう。

 今までに一度も見たことがない。俺には見えないんだ。いるはずがないんだ。

 坂屋君も、そんな「見えないことに対する絶大な自信」があったからこそ、八木山橋への肝試しに乗ったのだ。

 二〇〇二年の四月、仙台の遅い春のことだ。坂屋君を含めた四人の遊び仲間は、イマドキの入れずみヒップホップ系。肝試しに行くのもこれが初めてではない。坂屋君など、「ヤバイ」と言われる場所にそっせんしてひとりで飛び込んでいくようなタイプだった。見えないし、見えたことがないのだから怖いという感情など浮かんでこない。見えないものにビビっていたら、仲間内での格が下がる。

 八木山橋はたつくちけいこくという沢の上に通る橋で、渓谷は崩落の危険があるためあちこちに護岸工事がほどこされていた。その八木山橋の下、橋からは見つけにくい場所に、ぽつんとれいが建てられている。

「この慰霊碑よー、あんでこんなとこに建ってんだと思う?」

「知んねー」

「ここによー、落ちてくんだとよ。飛び下りたヤツが」

 そこまで車で乗り付けた坂屋君達は、車内から暗い渓谷をながめつつ、心霊バカ雑談に花を咲かせた。怖さを紛らわせるためではない。気心の知れた仲間がいるし、本気で怖くないと思っているのだ。坂屋君は、一服しながらいっしょに盛り上がっていたが、ふと慰霊碑の近くに建っている大木を見た。車のライトの反射光でかすかに木と分かる程度でしかないのだが、木の向こう側に何かが揺れている。

「んー?」

 目を凝らすと、それは白いもやのようだった。靄は木の陰に隠れた中央の部分が暗く、木の左右にはみ出すように漂っている。

〈かすみ目かぁ……?

 雑談も上の空に夜目を凝らしてその木を見ていると、白い靄が突然消え、木の幹の右側に人間の顔がボンッ! と出現した。

「わあっ!」

 突然のことにびっくりした坂屋君は、シートから飛び上がった。

「なんだよあれ! おい!」

 大木の横からはみ出している顔を指さしたが、仲間は「何? 顔? マジで? ギャハハハハ!」と笑うばかりで誰も信じようとしない。

「ちっと行って、しょんべんかけてくるかァ?」

「やめろってバカ!」

 顔はこちらを向いたままだ。坂屋君はすぐにでも逃げ出したかったが、あいにく、その日はリアシートに座っていたため、勝手に車を走らせることもできない。

 なおも盛り上がる仲間達が雑談に飽きるまでの間、坂屋君は木のほうを見ないで済むよう、仲間達に背を向けてずっと左側を向いていた。正直、怖いからだ。

 そのとき、坂屋君の右側に座っていたやりみず君が、突然抱きついてきた。

「マジやべえよ! 木のところから人が出てきた! こっちに来てる来てる来てる来てる!」

 鑓水君はもの凄い力で坂屋君の腕を握りしめた。痛いくらいだ。

「なにィ、オメーもかよ?」

「チョーやべぇ! うわっ、来てる! もうソコまで来てる!」

「おい! 出せ出せ出せ車出せ! すぐ出せ! ソッコー出せ!」

 鑓水君の肩越しに、木の脇からこちらを見ていたのと同じ顔がさっきよりずっと大きく、近くに迫ってきているのが見えた。

「出せっつってんだよゴルァ!」

 リアシートのふたりがマジギレして騒ぐのを見た残りのふたりは、げんな顔をしたまま車を出した。とにかく怖かったし、目をつぶってたし、振り払ったかどうかを確かめる、そんな勇気すらまるでなかった。どんなに言っても前のふたりには通じず、後ろのふたりの騒ぎっぷりにシラケた顔をするばかりだった。

 それから数日後、坂屋君の携帯に鑓水君から泣き声混じりの電話が入った。

『坂屋ぁ……マジこえぇよ……助けてくれぇ……』

「おまえ、車は?」

『捨ててきた。ワケは後で話す……とにかく来てくれよぉ』

 単車で駆けつけると、鑓水君は車通りの少ない国道沿いをとぼとぼ歩いていた。

「さっき、ケンジを送ってきたんだよ……」

 鑓水君の話はこうだ。

 後輩を車で家まで送り届けた後、夜の国道をひとりで走っていた。

 カーブを曲がって五分も走ったところで、自分ひとりしかいないはずの車内が急に寒くなった。いくら五月の仙台とはいえ……。

「エアコンでも入ったか?」と、ふとナビシートを見るとばあさんが座っていた。

 ……うわっ!

 驚いた鑓水君は、とにかく車を停めようとルームミラーを覗いた。

 ミラーの中にはリアシートに座るじいさんが映っていた。ミラーの中のじいさんは、鑓水君を後ろから席ごと抱きかかえていた。

「あっ」と思った瞬間、ナビシートにいたはずのばあさんが消え、そのばあさんが道路に立ってこっちを振り向いた。

「あーっ!」

 突然のことだった。ライトに照らし出されたばあさんの顔が凄い勢いでフロントガラスに突っ込んでくる。いきなりすぎて、ブレーキを踏み込んでも間に合わない。

 鈍い手応え。

 ……いちまった!

 すると、うしろのじいさんは鑓水君の耳元で言った。

〈おまえ、何轢いてるんだよ……〉

「……鑓水、おまえそれで車は」

「捨ててきた。もう乗れねぇ。走って逃げてきた……どうしよう、坂屋、俺、ババアを跳ねちまったよ……」

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