話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

PANDEMIC GAME パンデミック・ゲーム

山口洋一

LEVEL 1 (2)

「あなたの言う通りね、湧井くん。でも、討論というのはあくまでもお互いの考えや主張を語り合い、そして高め合うものなの。決して勝ち負けとか優劣を決める為に行うものではないのよ。裁判もまた本来そうあるべきなのでしょうけどね」

 クールにそう言い放った真希は、掛けてもいないエア眼鏡を人差し指でクイッと押し上げた。その仕草はまさに、仕事のできる女、敏腕弁護士・瑠河真希と言ったところだ。

「すげーな、お前はホント。すぐそうやってなりきっちゃうんだもんな」

なりきる、だなんて物真似みたいに言わないでくれるかしら? 私がしているのは演技。駆使しているのは演技力。なりきるのでも、見せかけるのでもない。観客に信じ込ませる魅力を放つもの、それが女優なのよ」

 クールな弁護士そのままに、演技について熱く静かに語る真希。

 真希は、幼い頃から多くの演劇コンクールで数々の賞を受賞してきた、言わば天才女優なのだ。と言っても、芸能界で活躍しているとかそういうわけではなく、あくまでも舞台に拘っているらしい。

 らしい、と言うのは本人からそうハッキリと聞いたわけではなく、どれだけ誘いの声がかかっても、テレビドラマはおろか映画にすら出演しないのを傍で見ていてそう感じただけなのだが。

 まぁ、おかげで知名度の割には超多忙というわけではなく、こうして二人で出かける事は今でも決して珍しくない。

 個人的には、この関係をずっと続けていきたいと思っているし、その意味では真希がいわゆる芸能界に何ら興味を示さないのには内心ほっとしていたりもする。

 幼馴染みのアドバンテージがあったとしても、流石にテレビで見かける俳優や歌手、スポーツ選手がライバルでは分が悪すぎるというものだ。

 真希の気持ちはどうなのだろう、と思うこともある。こうして頼りにされる(荷物持ちではあるが)だけでも、嫌われてはいないだろうし、良好な関係を続けられているとも思う。

 あれだ。恋愛系の漫画やドラマでよく目にする〝友達以上、恋人未満〟というのが俺達の関係を最も的確に表現しているのではないだろうか。

「どうしたの、勇ちゃん? 急に黙り込んじゃって」

 我に帰ると、真希が前かがみになって下から俺の顔をのぞき込んでいた。弁護士モードが解除されて素に戻ったその仕草が可愛く、しかも前かがみからのぞく胸元にまたしても体温が急上昇してしまう。

「な、なんでもねーよ!」

「ふーん? うそでしょー。勇ちゃんがその顔する時って、やらしーことを考えてる時だよ?」

「は、はぁ!? 意味わかんねーし! つーか、何でそんなことわかんだよ!」

「幼馴染みですからー。勇ちゃんが自分で気付いていない癖とか、私が知ってたりするもんなんだよ」

 にひひ、と笑う真希に、ぐぬぬ、と言葉に詰まる俺。そういうもんなんだろうか? 考えてみても、真希の癖とか特に思いつかないんだが……。

 それにしても、クール弁護士からの切り替わりが凄い。一瞬にして役に入り込み、一瞬にして素に戻ってしまう。天才女優が幼馴染みのくせに演技に詳しくない俺だが、そんな俺でもまるで魔法にかけられたかのようにさえ感じてしまう事が何度もある。

「『演技』と『無演技』の振り幅はね、すごく重要なんだよ」

「へ?」

 考えていたことを完全に見透かされた真希の言葉に、俺は間抜けな声を上げてしまった。

「その落差が大きいほど、人はより演技に引き込まれる。演技って、人をだますための技術だと思っている人が多いけど、それは間違い。

 本当の演技は、人を演技の世界へと引き込むの。『観察者』だった観客を『参加者』にしてしまうのが、最高の演技だと私は思ってるんだ」

「どういう事だ? あんまりピンと来ないけど」

「んー、そうだなぁ。教室でさ。人の会話がふと耳に入ってくることってあるよね? それを黙って聞いている時」

「ああ」

「それは、まだ『観察者』の段階。それを演技でこっちに引き込んで、会話に参加させるの。輪の中に入っているけど、自分は発言せずに皆の話を聞いている『参加者』にね」

「でも、それってあんまり変わらなくないか? どっちも自分から会話に参加しないわけだし、見てるだけってのは同じなような」

「変わるよ」

 明確に否定する真希。その目は真剣そのもので、妥協の一つも許さないような真っ直ぐさがあった。

「自分たちの会話を横で聞いているだけの人の反応なんか気にならない。勝手に聞いて、勝手に笑ってるだけ。でも、輪に入って自分の話を聞いている人の反応はとても気になるよね。笑ってくれればもっと楽しませたいし、つまらなさそうな顔してたら楽しい話題を振らなきゃって焦る。

 それは、舞台上での役者と観客の関係も同じ。観客は、演技に『参加』してくれているんだよ。役者の演技がより高みへと行けるように、時に笑い、時に冷たくしながらね。だからこそ、快く参加してもらうためにも『これは演技』という明確な世界が必要なの。その振り幅、差を明確にする事で、観客も安心して演技に『参加』出来るんだよ」

「うーん、わかるような、わからんような」

 まだ首を傾げている俺に、真希は少しだけ苦笑しながら言葉を探しているようだった。

「勇ちゃんも、今いきなり百メートルを全力疾走しろって言われたら困るけど、運動会や体育の授業だったら走るでしょ? それと同じだよ」

「あ、それならわかる」

 ポン、とあいづちを打ち、何やら納得する俺。

 真希は同じと言っているが、おそらく俺に説明するために粉々にみ砕いた話なのであって、多分同じじゃあないんだろうけど、とにかく今までの説明の中では一番に落ちたのも事実なわけで。

「ふふ、勇ちゃんって聞き上手だね」

「そ、そうかな?」

「演技の事とか聞きたがる人は多いんだけど、大抵の人はすぐにわかんない、理解できないって投げちゃうんだよ。自分から聞いてきたくせにね。その点、勇ちゃんはたとえわかんなくても一生懸命考えてくれるから、話してて楽しいよ♪」

 上目遣いににっこりほほ笑む真希。

 予想していなかった褒め言葉に、ちょっと焦る。

「そ、それよりさ。お前、急に髪をバッサリ切ったじゃん」

「お、あからさまな話題変更だね。いいよ、乗ってあげよう。その通りでバッサリ切りました。けど、それがどうかしたの?」

 夏休み前までは腰まで届くほど長く綺麗な髪をなびかせていた真希だったが、休みに入って一週間ぶりくらいに会った時にはセミショートとでも言うくらいに短くなっていて、その変身ぶりにとても驚いた。

 男ならそれこそ夏に入って暑いから、って理由で短く刈り込むのもよくある話だろうが、女はそんな単純じゃないって事ぐらいは知っている。知っているからこそ、何で急に、と思ってしまったのだ。

「ほ、ほら。女ってよく失恋すると髪を切るって言うじゃないか。だから、お前も、その、失恋しちゃったのかなー、なんて」

「…………」

「…………」

 沈黙。

 あれ? 俺、何かマズったかな?

「はぁ……」

 深く深く深~い真希のめ息。

 うっ、マズイ、怒らせてしまっただろうか。

「ねぇ、勇ちゃん?」

「は、はい!」

 勇ちゃん、思わず直立不動。

「PANDEMIC GAME パンデミック・ゲーム」を読んでいる人はこの作品も読んでいます