騎士団付属のカフェテリアは、夜間営業をしておりません。

遠原嘉乃

第二話 小さな火の塩菓子 (1)

 

 

 昼の混雑もひと段落し、騎士団付属のカフェテリアはおだやかな午後を迎えていた。

 料理人たちは夕方にそなえつつも、思い思いにのんびりと過ごしている。

 そんななか、料理長ことロビン・グラントはレシピ集を眺めながら、もの思いにふけっていた。

 原因は、りんごの半月包みだ。

 食堂を営む実家のオーブンを借りて仕事前に焼いたそれは、自信作だった。パリパリとした黄金色の皮に、とろりと溶け出すあまずっぱいりんご。シナモンも適度に利かせており、いくら食べても飽きがこないように作ってある。現に昨日試食したサラは、ぺろりと平らげていた。

 だが、妹エリーに渡したところ、返ってきたのは()(せい)だった。

「これじゃない!」

 表の通りまで聞こえる大声に、ロビンはため息をついた。

「何が不満なんだ?」

「これ、かわいくない! もっとかわいいのがいいの!」

「ここの縁のところとか編み込んでいるし、けっこうかわいいと思うんだけど」

 縁はこまやかに編まれ、フリルのように波打っている。

「地味すぎる!」

「なら、木型で模様を入れてみる? ほら、()()とか百合とかあるし。エリー、そういうのが好きじゃないか」

 年宵市で買ってきたばかりの木型をうれしげに出してくると、ますますエリーの口調に怒気がまじる。

「そういう問題じゃないわ、この料理馬鹿! こんなぼってりした食べものが売れると思ってるの!? ひとつだけでもお腹いっぱいになるし、しかも一種類と来た! たくさん買ってもらえないじゃない!」

 聖歌隊の屋台で出すものは、家族、特に父兄に買ってもらうことが多い。指摘されたとおり、一種類だけの、しかもひとつで十分に腹が膨れそうなものは不適格だろう。

「でも、作るのはエリーだろう。あまり難しいものだと…………」

「こんなの嫌よ! だいたい誰が作ると言ったの! ロビン兄さんが作るのよ!」

 すっかりへそを曲げてしまった妹に、ロビンは頭を抱える。お世辞にも彼女は料理ができる方ではない。実家が食堂で、長兄と次兄のロビンが料理人という環境で、エリーはもっぱら食べる専門になってしまっていた。

「あー、もううるさい。大きな声を出すんじゃないの…………」

 二日酔いで青い顔をした姉のカーラが奥から出てくる。

「まだ営業時間前じゃない」

 腰に手をあて水をあおる。昨日も食堂の客と飲み比べをしたのだろう。

「あんた、いいから作ってあげなさい。可哀想でしょう」

「仕事終わりでへとへとになっている俺は可哀想じゃないの!?

「どうせ料理馬鹿なんだから、かまわないじゃない。それとも、あれ捨てていいの?」

 ロビンの下宿には、古今東西の料理本をはじめ、素人目には用途不明な調理器具がところ狭しと集められている。あまりにも多すぎて実家に避難させたものもいくつかあり、邪魔だと言われながらもなんとか置いてもらっているのが現状だった。

「……ぜひ、作らせていただきます」

 ロビンは渋々ながらも作り直すことを承諾した。

 妹が望む〝かわいらしいもの〟など、ロビンにはまったく想像がつかなかった。考えれば考えるほどに出ない解決策に、

「だからロビン兄さんは、王室の厨房を追い出されるのよ!」

 と毒づく妹の幻聴までが聞こえてくる気がしてきた。

(別に追い出されたわけじゃないんだけど)

 ただ王室付(ちゆう)(ぼう)の料理人に向かなかっただけなのだ。ロビンはいまの職場、騎士団付属のカフェテリアをそれなりに気に入っていた。

「あれ、まだ悩んでいたんすか?」

 イーモンに声をかけられ、顔をあげた。

「半月包みでは嫌だ、と怒られてしまって。よかったら、食べて感想をくれないか?」

「ぜひ、いただくっす」

 イーモンは半月包みをぽーんと口に放り込む。よく噛みながらも、豪快に食べる姿は(そう)(かい)だ。

「やっぱりうまいっすね」

 ぺろりと指を舐めてから、分析した内容をメモ帳に書き込んだ。

 イーモンは、カフェテリア勤続五年目になる料理人だ。未熟なところはあるものの、真面目で実直なところは好感が持てた。向上心も強く、休日を食べ歩きに費やしているせいで、イーモンはふっくらと雪だるまのようだった。

「俺もよく妹の友達に買うように言われたっすね。だから買うのはいいんすけど、あまいものばっかりで飽きるんすよ。余っちゃって、最後には油がまわりきって、ぎとぎとになったりして……。酒のつまみに食べられるものがあれば、いいんすけどね」

 イーモンの指摘に、目から(うろこ)が落ちる。確かに売られているものは、あまいものが多い。そして、買わされる父兄はわりと食傷気味である。かわいくて、塩気のあるもの。酒、特にこの季節だと、あたためたぶどう酒のあてにつまめるもの。

 何か思いつきそうな瞬間、勢いよく勝手口の扉が開かれた。

「うう、寒かった!」

 肩につもった雪を払わないまま、フィービーはまくしたてるように話し出す。

「さっきね、演習場の前を通ったんだけど、すごいのよ!」

「何がっす?」

「団長よ、団長! 彼女ね、バッタバッタ倒していくのよ! 表情ひとつ変えないまま、涼しい顔で! ひとりで何人も相手しながら、バッタバッタ!」

 ひじを曲げて不恰好な剣構えをするフィービーに、ふたりは笑った。フィービーは今年からの新人で、まだサラが剣を振るう姿を見たことがなかったのだろう。

「笑うところじゃないわよ! もう!」

 まだ幼さの残る顔をぷぅっと膨らませる。

「いやいや、本当に団長殿はすごいと思って」

 ロビンもここへ来て間もないころ、彼女が剣を振るう姿を見かけたことがある。

 風に吹かれる柳のごとくしなやかに、相手をいなしていた。息ひとつ乱さずに、叩き伏せる姿は、身震いがするほどだった。相手を見下ろすサラの瞳が、やけに冷たかったのが印象に残っている。

 若くして団長の任を預かっている身だ、張りつめたものがあるのだろう。

 でも、昨日は違った。(ほお)(ぶくろ)いっぱいに木の実をつめこんだしまりすのように、もぐもぐと食べていた。

(……そういえば、初めて会ったときも、お腹を鳴らせていたな)

 昨日の姿と重なって、なんだかおかしく、つい思い出し笑いをしてしまう。

(今日はちゃんと食べているかな……?)

 気がかりだった。

 昨夜は遅くまで仕事をしていたようだし、夕食をとったふうでもなかった。

 そもそも彼女が、カフェテリアで食事をとっているのを見たことがないのを思い出した。

(……もしも今日も居残っているなら。もしもまたカフェテリアの方へ歩いてきてくれたら……)

 ロビンはとりとめもなく広がる何かを、こころのなかで繰り返した。

 

 その願いが通じたのか、サラはひょっこりと顔を出した。

「あかりがついていたから、立ち寄ったのだが……まだ仕事中か?」

 後片付けも終わり、すでにロビン以外は帰宅していた。

「あ、いえ、大丈夫ですよ」

 ロビンは(ちゆう)(ぼう)の作業台に椅子を寄せ、サラを座らせた。紅茶を出すさい、さりげなく彼女の顔を確認すれば、昨日よりいくぶんか顔色が良いように見受けられた。

 かすかに漂う油の匂いに、年宵市で買い食いした帰りにこちらへ立ち寄ったことがうかがえた。ロビンはなぜか胸の裡がもやもやする気がした。

「昨日の礼だ、よかったら」

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