魔法の国の魔弾

狩真健

0 Briefing (1)

 

 うらさびれた山小屋の中。

 開け放たれた戸口に、黒髪の青年が立っている。

 年季が入っている……という表現を通り越し、風化寸前の木製の机とベッドしか見当たらない殺風景な室内を、青年は黙ってしばらくの間見つめる。

 惜しむような、憎むような、例えるのが難しい視線を送る彼の目つきは、(えん)(ざい)によって長い間狭い牢屋に押し込められて()(へい)し、狂ってしまう直前の人物のようにとても危うい。

 やがて青年は小屋から出て行った。

 後ろ手に扉を閉めはしたが、押さえ方が足りず中途半端な隙間が生じていた。青年は気にせず、草木に埋もれる寸前の山道を下っていく。

 

 小屋の中、今にも崩れ落ちそうな木製の机の上に、ボロボロの本が(ちん)()していた。

 外の風に押されて扉が開く。開け放たれた扉から吹き込んできた風によって、パラパラとページがめくれ上がっていく。

 やがて風が止み、ページも止まる。

 それはちょうど、文章が書き連ねられた最後のページだった。

 そこにはこう記されていた。

『俺の名は渡会(わたらい)(かり)()

 この文章が読めるということは、俺と同じ世界の人間であると仮定して話を続けようと思う。

 ……俺がこの世界にやって来たのは、20XX年X月XX日、日本の現地時間でPM8時半前後。

 多分、最後に時刻を確認したのはそれぐらいの時間だったと思う。

 この場所で目覚める前の最後の記憶は、VRMMO型ミリタリーシューティングゲーム、〈ワールド・バトルグラウンド・オンライン〉のマーセナリー・モードを選択した時だ。

 それ以降、どういった経緯でこの場所にいるのか、俺にもまったく分からない。

 考えられるのは、運営者側で何らかのトラブルがあったのか。

 もしくは物資・所持金無限設定でゲームを進めようとしたせいで、バグが起きたか。

 それぐらいしか、俺には想像がつかない。

 だけど物資・所持金の無限設定は、俺以外の廃プレイヤーならたいていは取得している特典だし、そのせいでバグが起きて、プレイヤーに危害が及ぶような話は聞いたことがない。

 

 ともかく――自分でもいまだに信じられないんだが、信じて欲しい――目覚めたときには、俺はゲーム開始時の姿になっていた。

 顔も、体型も、身長も、ゲームの中で設定し、(きた)えあげたアバターそっくりだった。

 鏡で見た時はそりゃ驚いた。

 ……まぁ、リアルの自分と比べれば格段に見た目がマシになっていただけ、喜ぶべきなのかもしれないが。

 だけどもっと驚いたのは、この世界がこれまでプレイし続けてきた〈ワールド・バトルグラウンド・オンライン〉。

 ああ、いちいちフルネームで書くのはめんどくさい。ここからは〈WBGO〉という通称で進めよう――。

 ともかく、俺がプレイしていたゲームとはまったく違う世界だということだ。

 何せ、〈WBGO〉の世界はSFに片足を突っ込んだ近代戦が舞台であって、空をドラゴンや翼が生えた鳥以外の生き物が登場した覚えは――。

 いや、特殊ミッションとかに出てきた、遺伝子操作で突然変異を起こした生物兵器って設定のタイ○ントやゾ○ビもどきなら何度も相手にしたけど、それはともかく――。

 頭上をドラゴンが飛んでいくのを初めて見た瞬間は、そりゃ驚いたさ。

 ()(ぜん)ボー然でずっと上を向いていたせいで、(がけ)から転げ落ちて……間違いなく、この世界が現実であることを思い知らされた。主に激痛で。

〈WBGO〉じゃ、プレイ中は銃で撃たれようが、爆弾で吹き飛ばされようが、痛みは伝わらない仕様だったのだから。

 

 はじめの1週間は、現実を認めたくなくてずっとこの小屋にこもっていた。

 次の1週間で現実を受け止めて、状況()(あく)に終始した。

 それからつい最近まで、できる限りのことを試しながらこの小屋に他の誰かが来ないか、ずっと待ち続けた。

 ずっと、ずっとずっとずっとずっと――――ずっとだ。

 

 今日この日まで()(こう)(さく)()して分かったことは、直前まで所持していた、ありとあらゆる武器や装備をこの世界でも自由に使えること。

 習得したスキルもまた、〈WBGO〉内での仕様そのままに発揮できるということ。

 そして俺以外のプレイヤー、いや、向こうの世界、地球の人間がこの場所にやって来そうにないという、どうしようもない現実。

 地球の暦でいうなら、優に1年はずっとこの小屋にこもっていたと思う。

 小屋の裏手に()(れい)な湧水が流れているのを見つけなかったら、そして回復アイテム扱いだったはずのレーション(軍用糧食)が無限仕様じゃなかったら、とっくに()え死にしていただろう。

 

 地球じゃ、俺は孤独だった。

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