チートだけど宿屋はじめました。(文庫版)

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序章 異世界、はじめました (1)

序章 異世界、はじめました

 

「いらっしゃいませ、『(りゆう)(てい)宿(やどり)()』へ」

(もう何度この(あい)(さつ)を交わしただろうか?)

 オークラン王国首都、クランクラン。

 都の中心を東西南北に(つらぬ)く大通り、毎日多くの人であふれかえる大通りから少し外れた、それなりの通りにひっそりとたたずむ、一軒の宿屋。

(りゆう)(てい)宿(やどり)()

 その宿屋で、女将(おかみ)のカーラ・グライスは一人、物思いに(ふけ)っていた。

 別に、宿の経営がうまくいっていないわけではない。どちらかと言えば、経営は順調である。

 なぜなら『(りゆう)(てい)宿(やどり)()』には、多くの売りがあるからである。

 

 例えば料金。

 ――安い。とにかく安い。

 王都に数ある他の宿で、普通に素泊まりするだけの料金や、食事は出るが大部屋で()()()、といった程度の料金で、個室一部屋と朝・夕の食事付きという、破格の値段で泊まれる。

 例えば料理。

 ――()()い。とにかく()()い。

 その味は、帝都の一流料理人が弟子入りを(こん)(がん)する、と言われるほどあった。

 今までにない(ざん)(しん)なアイディアが盛り込まれていて、なおかつ、()(ばつ)ではないといった料理の数々が味わえる。

 そして何より女将(おかみ)・カーラ・グライス。

 ――女性としては大柄ではあるが、美しい(よう)姿()(たましい)をつかまれる美声、肉感的だが一切の無駄がない()(たい)(かん)(ぺき)と言える美を持っていながら、宿屋という一国一城を一人切り盛りする、その姿。

 そのすべてが男性、女性、老いも若きも問わず()(りよう)するのである。

 そんな、一見すべてを順調にこなす(かん)(ぺき)な女性に見えるカーラだが、実は彼女には、誰にも言えない秘密がある。

 それは……。

『元男の、異世界トリッパー』であるということ。

 

◆ ◆ ◆

 

 ――回想――

 はじめまして、俺の名前は(たか)(はし)(りゆう)()

 そこそこの大学を出て、そこそこの会社に就職した、今年で28歳になる、そこそこのおっさんだ。

 なかには、28歳なんてまだまだ若い、と言うやつもいるかも知れないが、運動しなければすぐに腹が出てくると言えば、どれだけおっさんかわかっていただけるとおもう。

 製造業という仕事の関係上、入社以来、ほとんど休みを取ることもできなかった。

 しかも今は入社6年目という微妙な立場で、新人の教育や後輩への仕事の割り振り、客先とのやり取りなど、さらに休みが取れないという(あく)(じゆん)(かん)

 ようやく主任への昇進も決まり、大手メーカーとの大口取引成功による(ほう)(しゆう)として、今日は久しぶりの休みだ!!

 ……ってのに。

 

『申し訳ありませんでした!!!』

 いきなり謝ってくる、この金髪は何者だろうか?

『申し訳ありませんでした!!

 ここは俺の部屋で、しかも昨日の夜は戸締りをしっかりして寝たはず……。つまり、不法侵入!?

『申し訳ありませんでした!』

 ……まぁいい、とりあえず。

「うるさいッ! さっきから耳元でなんだ!」

 先ほどから、寝ている俺のすぐ横でずっと土下座をかまし、大声で同じ言葉を繰り返す金髪の女性。俺は、ご近所迷惑にならない程度に、できるだけ大きな声でツッコミを入れてやった。

『いきなり大きな声を出さないでください!! びっくりするじゃないですか!!

 金髪の女性は、俺の声に驚いたように顔をあげ、『ちょっと怒ってますよ』とでも言いたげな様子で反論をしてきた。

「なにか……、問題がおありで?」

 反論をしてきた女性に、輝く笑顔で問うた。今現在の俺の顔は、いつもの顔を通り越して、素晴らしい表情を見せているだろう。

『ヒィッ!! ィエ……、ベツニ……、ナニモ』

 引きつった笑顔で答える女性。

 ないのか……。まぁいい。

「で、お前は誰なんだ、いきなり土下座娘?」

 反論がなかったことに少し残念な気持ちになりながらも、質問を再開する。

 まずは、この金髪土下座女がいったい誰なのか、それを知ることからはじめるべきであろう。

 そう思ってした質問に返ってきた答えは…。

『そんな変な名前じゃありません! 私は最高神です!』

 といった、ふざけた回答であった。

 サイコ・ウシン? ベルギーあたりの芸術家だろうか?

『違いますッ!! 最高・神です!『最も高き神』です!!!』

 へぇ~。最高神ねぇすごいすごい……――って、最高神んんんんん!!!

 いや、服装とかを見てなんとなくはそんな気がしていたんだが、そこら辺の神かと思ったら最高神だったなんて……。

 こちらの予想のはるか上を超えてきた答えに、俺は(きよう)(がく)してしまった。

 (きよう)(がく)の事実を前にことさら驚く俺を見て、最高神は気分を良くしたのか。

『えっへん。ぶいぶい、最高神ですよぉ』

 なんてノリノリで、ピースサインを出しながら笑顔になった。

「で、その最高神がなんの用かな? なんか謝ってたみたいだけど?」

『あれ!? すごい普通に切り返してきましたね!? ……おかしいなぁ~。もう少し最高神ネタで引っ張れると思ったのに……』

 まぁ、小説とかにはよくあるパターンだし……。

 勝ち(ほこ)った笑顔にいらっときたが、話が進まなさそうだったので、先を(うなが)す。

 俺の態度に、いささか不満だといった様子で、ブツブツと言葉を漏らす最高神。このままでは一向に先に進みそうはなかった。

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