ダンジョン+ハーレム+マスター

三島千廣

1 間違いだらけの勇者召喚 (3)

 もし、蔵人(くらんど)が命を(なげう)ってまで得たいと思う女を見つけることができれば。

 そのときこそ、真の人生が始まるのだ。

 スマホのムービーが途切れると同時に、画面から青白い(ひし)(がた)の光が射出された。

 開けよ、と。

 己に(ささや)いている。

 それは、大いなる天命だった。

 世界が白く(こお)りついている。あらゆる事象から、今の自分は(かく)(ぜつ)されている。青白い光は、まるで扉のように蔵人(くらんど)の目の前で停止すると、誘うように左右へ動く。

 この扉を。この扉を開けるために、俺は生まれてきたのだ。

 なんの根拠もなくそう思った。

 心が定まれば、覚悟もまた決まった。

「ゲーム、スタートってか」

 蔵人(くらんど)は、導かれるように目の前の光に手をかけ、そして運命をこじ開けた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 千年余の歴史を誇るロムレス帝国が力を失って()(かい)した際に、その広大な領土は六つにわかれ、王と五人の大貴族がそれぞれ分割統治することになった。

 いわゆるロムレス連合王国である。

 五人の大貴族は、元は王族からわかれたすえであったが、ご多分に漏れず、それぞれが自らの正統性を主張しはじめて正統な王を名乗った。

 かといって、正統な王も他の大貴族も、それぞれを認めるわけにはいかない。

 大規模な戦闘は起こらないまでも、それぞれが手前勝手な正統性を主張し、小競り合いを互いの国境付近で幾度となく繰り返した。

 現在では、正統王位を持つロムレス王家の国土は経済・武力ともに()(へい)し、あとは自ずと倒れていくのを、各国が手ぐすね引いて待つのみとなっていた。

 その他の国とは、すなわち、

 エトリア

 リーグヒルデ

 ユーロティア

 ルミアスランサ

 ワンガシーク

 の五つである。

 今年で十六歳になったばかりの、ロムレス第一王女、オクタヴィア・フォン・ロムレスは()(へい)した自国を誰よりも(うれ)えていた。

 オクタヴィアは、当代のロムレス王が、唯一、王妃に産ませたひとり娘であった。

 婿(むこ)入りの形で王位に就いた、ファビアン・フォン・ロムレスは、性欲が生まれつき並外れており、王室の外に片っ端から種をばら()いたが、不思議と正妃を再び(はら)ますことはできなかった。

 オクタヴィアは、平時なら、とうの昔に他国から婿(むこ)を迎えていてもおかしくない年頃であった。

 けれども、名実ともに権威と力を失ったロムレス王国においては、五つの国とは微妙なパワーバランスを保っており、おいそれと(こん)()すら執り行えない状況だった。

 この(こん)(とん)を打開するには、王家に伝えられた(きん)(じゆ)により、異世界からの救い主を(しよう)(かん)し、その力にすがるしかない。

 まだ年若いオクタヴィアは次第にそう思いつめ、やがて秘密裏にそれを決行することにした。

 救い主とは、すなわち伝説の勇者であった。

 かの者は、高い知力と優れた魔力、不死性を持ち、(こう)(はい)した王国を再び(ぼつ)(こう)させるといにしえより伝えられた超人の存在である。

 彼女にとって悲劇だったのは、そんな古来よりの伝説を、王室の誰もが、もはやそれほど重要視していなかったことにある。

 直近では、数十年前に、現王妃で、オクタヴィアの実母であるマリアンヌ・フォン・ロムレスがそれを行なっているが、効果のほどは、現状の(すい)退(たい)が如実に示していた。

 そもそも、先代に呼び出された勇者の末路は知る者がほとんどいないという有様だ。これに期待せよ、すべてを託せというのが無理な話である。

 (しよう)(かん)の大魔術は、人生においてたった一度しか許されない、文字通りの賭けである。

 人間の、特に(しよう)(かん)の際に消費する魔力のエネルギー量は並大抵なものではない。

 正統な王家の血筋の者は、()(じん)(ぞう)に近い魔力を持って生まれるが、(しよう)(かん)の大魔術を行なったあとでは、産卵を終えて力尽きる川魚のように、生命力を致命的にすり減らされる。

 まさしく命懸けであった。

 古文書によれば、かつては魔界からの怪物を呼び出し、その場で喰われた王族もいたらしい。

 王女という(かせ)のなか、両親に()(とく)しながらここまでの大規模な召喚陣を作製できたのも、オクタヴィアの近衛騎士であるヴィクトワールの協力があったからであった。王家としては、唯一の直系である継承者の命を、イチかバチかの賭けに投ずることなど、決断できるはずもない。

 ロムレス王国が他国に持つ、強力なアドバンテージを自ら(ほう)()することに近いからだ。知られれば、確実に突け込まれるゆえに王女は内密にことを進める必要があった。

 伝説の救い主。

 万物の(ことわり)を知る知力と、世界を変革する魔力と、不死の力を持つ英雄。

 存在し得ないはずの(けつ)(ぶつ)。すべての、努力の結実が今、形になるときが来たのだ。

 どれだけの時間が経過したのだろうか。

 召喚陣の(もん)(しよう)が、薄桃色に(あや)しくきらめきだし、石造りの地下室はあっという間に、真昼の太陽の下のように白く塗り潰されていった。

 王女は額に汗をかきながら、握り締めた(つえ)に魔力をいっそう込めた。

「王家の血の盟約において命ずる。我が運命よ、命よ、願いよ。呼びかけに、応えよ」

 白光が一際大きくなっていった。

 召喚陣の中央部が大きく盛り上がり、人形が形成されていく。

 呼び出された超人の存在は、そのまま、王室の血に組み入れられるのが常道であると、(しよう)(かん)の儀に関する書物を読んだ時点でオクタヴィアは知っていた。

 つまり、勇者とはオクタヴィアの夫となる者である。自らの夫をこの手で呼び出すのだ。

 無論、それは記録にのみ残る古例で、ここ数百年の間は、半ば(けい)(がい)()していたのだが、彼女はそれを知らなかった。当然ながら、実母が若き日に勇者を呼び出していたことも。

 一国の姫である。

 生まれたときから、幾重ものおくるみに包まれ、完全防護の無菌室で育った彼女が知っている男性といえば、父と、老齢である王宮魔道士のマリンくらいなものだ。

 男に対して肥大した幻想と、この十六年間、いびつに育てられた異常性があった。緊張と期待で彼女の胸は、今にも壊れそうになっていた。

 オクタヴィアは、目を開けていられなくなり、両手で(つえ)を握り締めた。光が強まっていくとともに、陣の中心から強烈な魔力の(ほん)(りゆう)が室内を満たしていく。

 儀術に使用した備品が次々に吹き飛ばされ、砕け、()(さん)した。終わりのない魔力の()(どう)は、やがて徐々に引いていった。

「えええぇ!」