ダンジョン+ハーレム+マスター

三島千廣

1 間違いだらけの勇者召喚 (2)

 セイウチの表情が、()(かん)したものに変わる。

 どちらにしても(しゆう)(あく)極まりない。不快感が倍加した。

「俺に近づくな、セイウチよ。海に還るがいい」

「んんんっ。ひ、ひっどーい!」

「るせえ、ボケが! 死ね!」

 だっ、と飛び上がってドロップキックをかます。

 分厚い肉壁の中央部に両足がめり込む。(にご)った(だん)(まつ)()めいたものが、夜の街に響いた。

 蔵人(くらんど)(きびす)を返すと、凄まじい速度でその場から走り去った。

 (さくら)()ちゃんは、きっとあのモンスターに飲み込まれてしまったんだ。

 と、思い込むことで自分を(なぐさ)めた。

 駅の階段を駆け下りながら、盛り場を駆け抜ける。蔵人(くらんど)は、白い息を吐きながら、いつの間にか見知らぬ公園にたどり着いていた。

「神は死んだ」

 腰に手を当てながら、背筋を伸ばした。

 小銭を取り出すと、入口の自販機でコーヒーを購入し、ベンチに座った。

 飛び上がりそうなほど冷たい。身体がヒクッと震えた。

 プルタブを開けて中身を一気に(あお)る。

 鉄臭い安物の味が喉へとジワッと広がった。

 泣きたい気分で空を見上げる。星ひとつ見えない。精神が暗黒に塗り潰されていく。

「ああ、こんなことなら聖夜の男祭りとかいうイベントに参加するべきだったか」

 蔵人(くらんど)は敗退して()(じん)した自分に対する悪友たちの手厚い歓迎を想像し、顔面をクシャクシャにした。イベントには出ない。負け犬の群れには戻りたくなかった。

 このまま帰っても、待っているのは安アパートの冷たい布団である。待つ家族も恋人もいない。

 ふと、スマホに目を向け、無意識のうちにサイトを開いていた。

 ドキワクメールという出会い系サイトは、女性会員にメールを送るのにも、プロフィールを確認するのにも、すべてポイントという金が必要だった。極めて巧妙な収奪方法である。

 これを最初に考えた人間は天才だな、と蔵人(くらんど)は冷めた脳で考えていた。ポイントを買うのには現金が必要だった。蔵人(くらんど)のドキワクにはまだ数十円分のポイントが残っている。どうせなら、未練を断ち切るためにすべて使い果たそうと思った。いつもは絶対に見ない掲示板を確認した。ここには出会いを求める寂しい男女が集まっている。

 正確にいえば、ほぼ業者と客のみである。カオスといえよう。

 お茶引きデリヘル嬢が公然と客を取っているのだ。現代社会の(やみ)を煮詰めたそのものであった。もちろん、貧乏学生の蔵人(くらんど)には関係のない場所だ。

「いくら俺がバカでもゴミに金は払えない」

 客のつかない風俗嬢など(にん)(さん)(ばけ)(しち)と決まっている。今まで滅多に(のぞ)いたことはないが、もう終わりだと思えばそれほど(かたく)なになる必要もなかった。鼻歌混じりで、薄闇にぼうっと光る画面をなぞる。(せつ)()の乱費に胸が躍った。

(ぜに)(もう)(じや)どもが、地獄に落ちろ。――ん?」

 流し見していたなかで、ふと視線が止まった。

「私の勇者探してます☆」

 語尾の星マークが凶悪だった。

 あきらかに、若い娘が使わないセンスである。おまけに板違いとくれば、この書き込み主の脳の状態を疑っても仕方なかった。

 どうしようもねえやつだな、こいつ。

 蔵人(くらんど)はそう思いながらも、スマホの画面をタップした。

 まるで導かれるように。

 開いたその先には、なんの件名もなかった。

 その代わり、文字部分に、まるで見たことのない記号が並んでいた。

「なんだよ、これ。文字化けか?」

 背筋にゾッと冷たいものが走った。

 異様な寒気を感じ辺りを見回すが、別段なんてことのない、住宅街の公園内である。周りの家からは、かすかな生活音や話し声が流れてくる。決して異様な変化は起こっていない。すべて気のせいだと自分にいい聞かせた。

「はは、バグかよ。しょーがねーな、この運営は」

 蔵人(くらんど)は強がりながら、中央の画像をタップしようとして指を止めた。そこにはたいてい、募集している女性の画像なりが入っているものだ。

 しかし、()(せん)(めい)な四角窓の下にはムービーを表すビデオカメラのアイコンが映っている。

 つまり、なかに埋設されているのは動画だということになる。

「ど、どーせ、とんでもない勘違いブサイクか、関係ない動画だろ、たぶん」

 震えながらタップすると、スマホの画面が動画に切り替わる。

「え」

 それは想像以上にクリアな動画だった。

 映っているのは、目を見張るほど目鼻立ちの整った女性である。黒々とした大きな目が印象的だった。白っぽいドレスのようなものを(まと)っている。夜を溶かし込んだような黒髪がたっぷりと波打っている。

 彼女は、早口で聞いたことのない言語を使い、しきりに強く訴えていた。

 明白な動画である。写メと違って修正はできない。本物の美人だった。

「英語じゃねえよな。聞いたこともねえ言葉だ」

 言葉の意味はまったく理解できないが、なにか切実に願っていることは理解できた。(しよ)(せん)は録画された映像であるはず。

 けれども、蔵人(くらんど)は目の前の女から、どうしても目を離すことができなかった。

 助けてください。私の勇者さま。

 もちろん、そんな言葉は発していない。だが、蔵人(くらんど)にはそのようにしか聞こえなかった。

 誰かが自分を必要としている。その幻想に途方もない魅力を感じたのだ。

 特技もない、金もない、女を上手くコマす器量もない。

 女が寄ってくる顔でもなけりゃ、人望があるというわけでもない。

 人並み外れた超人的体力もない。

 学歴も、誇れる友も、恩師も、信じられるものすら、蔵人(くらんど)の人生には存在しない。今までもそうだったし、これからもずっとそうだろう。

 ある日、突然、なにかがひとりでに変わりはじめる、などということは、自分の身に起きうるはずもない。勝手に激変するのは、税金と景気ぐらいだろう。

 だから女なのだ。

 かりそめでもいい。美女を抱いているときだけは、唯一自分を感じられる。それ以外に人生などなんの価値もないのだ。価値があるなんていうやつは、大嘘つきだ。あるいは、自分を()()()そうとしている()(きよう)(もの)だ。

「ダンジョン+ハーレム+マスター」を読んでいる人はこの作品も読んでいます