ダンジョン+ハーレム+マスター

三島千廣

1 間違いだらけの勇者召喚 (1)

 

 とにかく風の強い夜だった。

 大学二年生の()(もん)蔵人(くらんど)は、()(しよう)(ひげ)をしごきつつ、手元のスマホに目を落とした。

 ()き古した安物のジーンズに、傷だらけのワークブーツ。

 がっしりとした身体を(おお)うフライトジャケットは、やや大きめなのか、なんとなくではあるが、だらしない格好にも見える。それでも、不思議と男の巨体には()()んでいた。

 肌を切る冷気に鼻の頭を真っ赤にしながら、かじかんだ指を動かす。

 (ちく)(しよう)、上手くタップできない。

 イライラしながら、()()(くも)った画面を(そで)(ぐち)(ぬぐ)った。

 季節は十二月。

 駅の改札口は、吐き気がするほど大勢の人間で埋め尽くされている。

 どこからか風に乗って流れてくるジングルベルを聞き流しながら、激しく舌打ちをした。

 遅い、とにかく遅い。どうしたんだよ、俺の(さくら)()ちゃんは。

 と、蔵人(くらんど)が胸の内で(つぶや)いている相手は、別段、彼の恋人でもなんでもない。

 そもそもが、(さくら)()とは、実際に会ったことはない、ウェブ上の女である。

(落ち着け、俺。サークルのチャラ男先輩がいってたじゃないか。ドキワクメールに不可能はないって。フォースの力は信じなくても、ネットの無限の力を信じないでどうするよ)

 蔵人(くらんど)が現在(もう)(しん)しているのは、良識者が揃って(まゆ)をひそめる、出会い系サイトであった。

 夏から秋にかけての合コンで乱行の限りを尽くした蔵人(くらんど)は、二年間所属していたサークルから(ほう)(ちく)されていた。

 それを半ば()(びん)に思った先輩が、女と知り合う方法のひとつとして出会い系を勧めたのである。

 理由は単純。

 女とヤリたい、である。

 まさにコペルニクス的転回であった。

 近頃は、気が()れた猿のようにスマホにかじりつく日々が続いた。

 数えるのもうんざりするほどメールのやりとりを続け、そしてついに、現実で会うまでにこぎつけたのは強い執念のなせる業であった。

 ドキワクネーム(さくら)()ちゃんは、二十四歳の介護士と自称していた。

 文面上ではセクシーな上に、適度にオツムが不自由で、現状に不満が溜まっており、ワードの端々から察するところ、なんかすぐやらせてくれそうであった。

 というか、ヤリたい。

 写メの交換を何度頼んでもなかなか渋って送ってはくれなかった。

 まさか、サクラではないのか? (さくら)()だけに?

 蔵人(くらんど)の脳裏に不吉の二文字が大きく浮かんだ。

 そんな折、奇跡が起こった。

 つまりは、昨晩の夜に一通の写メが送られてきた。

 大当たりである。

 明るいブラウンの巻き毛に、パッチリとした大きな目。

 すぐにもむしゃぶりつきたくなるような分厚い唇。

 すべてが、蔵人(くらんど)の理想だった。

「ゆこう」

 男の荒ぶる(たましい)が動くのは、自然の(ことわり)だった。

 待ち合わせの時間は、とうに一時間以上過ぎている。

 男ならば、ここで(あきら)めて、京王線を乗り継いで(ほり)()(うち)に向かうべきであろうか。

 激しいジレンマが襲い来る。

 泣きたくなるのだ。すっぽかしを受けると。

 自分が、世界から拒絶されているような気分になる。

 蔵人(くらんど)が財布の中身を調べようと、(しり)のポケットに指を伸ばしかけたとき、きゃぴきゃぴした声が背後から飛んできた。

「クランドさんですかぁ?」

 間違いない、神は自分を見捨てなかった。

 割と好みの女の声である。(せき)(ずい)反射で動いた。

「あ、はい。ボクが蔵人(くらんど)――」

 蔵人(くらんど)は振り返った瞬間に機能を停止した。

 (たる)を想起させる巨大な胴は、ロシア人の中年女性もかくや、という圧倒的なものだった。

 強烈な寒気や風雪に耐えるべく環境に適合したその身体は、(かい)(じゆう)を思わせる映像の暴力だ。

 いうなればセイウチであろう。人類が到底たどり着けない領域に足を踏み入れた者だけが、独自に持ち得る()(あつ)(かん)を全身から放射している。

 とにかく、事前にもらったメールとはまるで違う。

 スッと血の気が引いた。

(マジックか? マジックなのか? たかが大学生ひとり(だま)すために、ハリウッドの特撮技術班がドリームチームを結成したのか。修正ってレベルじゃねーだろ。それとも、この(にく)(じゆ)(ばん)を切り裂けば、封印されし乙女がぱぱーんと飛び出てくるのか? ねぇよ。俺、現実を認めよう。これはただの、モンスターだ!)

 つーか、合ってるのは髪の色と性別くらいじゃねぇの。やり直しを要求する。

「わ。わっかーい。マジで、おっさんじゃないじゃん。うんうん、今日はおねーさんがたっぷりかわいがってあげるよん」

 セイウチはシナを作ると、(きよ)()を震わせ猛然と迫ってきた。

 蔵人(くらんど)の全身が、防衛反応を起こし、無意識のうちにファイティングポーズを作り出す。

(かわいがるって、それってどこの相撲(すもう)部屋の話ですか? かわいがりですか? 金属バットや竹刀でぶん殴って、ほら撫でてやったぞ、ははは、笑え。とかいうんじゃないでしょうね)

「あれれ。緊張してるのお。もお、かーわいい」

 ふざけるな。蔵人(くらんど)は目の前の怪物に殺意を覚えた。

 ともすれば、臨戦態勢になりかかっていた息子が収縮して(おび)えている。

(孝行息子だったのに!)

 蔵人(くらんど)は激しく天を(のろ)い、いますぐ大地が裂けて世界を飲み込んでくれないかと、(たましい)の底から切望した。

「俺に触るな」

「へ?」

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