エルフ転生からのチート建国記

月夜涙

プロローグ 輪廻の魔術師 (1)

 

 

 俺は屋敷に設置した魔術用の工房で頭を抱えていた。

 大正元年の日本に生まれて60年。死の間際に立ってようやく気付いたことがある。

 魔術を極めるには、人生は短すぎる。ひたすら魔術に打ち込んできたが、自分は入口に足を踏み入れただけだ。まだまだやりたいことがある。

 今持っている技術を尽くせば、1020年程度、寿命を延ばすことは可能だろう。

「だが、それをしてどうなるというんだ?」

 そんなささやかな()()()しでは、到底足りぬ。せめて、その10倍は欲しい。

 しかし、そんな力は自分にはない。老いて、()ちていく体。鈍っていく思考。肉の器に(しば)られる自身が、ただただ恨めしい。

 なら、あきらめるのか?

 否! 断じて否! 俺の魔術に対する探究心は全力で叫んでいた。

 もう少しで道が開ける。そんな確信があるのだ。

「そうか、これ以上、この体で生きていくことができぬのなら、この体を捨ててしまえばいい」

 おそらく、今まで数百人以上の魔術師たちが、この答えにたどり着いただろう。

 自らの(たましい)を他の体に移すという発想。

 だが、それを実現できたものはいない。

 人の体を乗っ取るというのは、ことのほか難しい。魔術というのは意志の力だ。己のうちにかかる力がもっとも強い。ましてや自分を保とうとする無意識の願望は途方もない力だ。

 さらに魂と肉体の相性の問題がある。人の体は、魂に合わせて成長する。赤子の段階ですらもう遅いのだ。この世に発生した瞬間に、その魂の器として肉体ができ上がるのだから。

 その瞬間を狙えばいいのだが、その段階の命はひどくもろい。乗っ取って即死するなんて笑えない。

 もっと、安全で確実な方法はないのか?

 この天才が、凡人と同じ発想で止まるのか?

 魔術とは魂の研究だ。故に、俺は魂について誰よりも知っているはずだ。

 そして、その答えは出た。

(りん)()(てん)(せい)

 そう、魂は(めぐ)る。

 死んで魂は天に上り、やがて地に降り肉に宿る。この天に上り、地に降りてくる段階で魂は漂白され、記憶も意志もすべてそぎ落とされると俺は推測している。

 だが、例外はある。強い想いはときとして、魂にしがみつき生まれ変わってなお生き続ける。まれに前世の記憶を思い出す人間が現れるのは、そういった理由からだ。

 なら、それをすればいい。

 意図的に、決して魂から(こぼ)れ落ちぬように、俺の記憶と意志を深く深く刻み付ける。

 そうすれば、やがて(りん)()し新たに生まれた際に、俺は俺として生まれるだろう。

 おそらく、やるなら今しかない。老いが思考と技術を奪う前に。

 失敗すれば魂が砕け散り、俺はただの生きた人形になるだろう。

 たとえ成功しても、そもそも(りん)()(てん)(せい)が存在するかの確証すらない。

 分が悪すぎる()け。

 だが、

「やるしかないだろうな」

 俺にはその選択肢しかなかった。

 輝かしい未来が、俺の望む道がそこにあるのだ。ならばどうして躊躇(ためら)うことがあるだろう。

 この道を(ほう)()したとき、魔術師としての俺は死ぬ。

「解放、我が魂」

 魂を操る、俺の祝詞(のりと)

「体に宿りし記憶よ、想いよ! 我はその叫びを魂に刻み付ける。術式開始」

 本来、(えい)(しよう)に意味はない。

 魔術とは魂と脳に魔術式を構築し、世界のルールを塗り替えることで発動する。

 だが、(えい)(しよう)を口にすることで想いに指向性ができる。

 胸の奥が焼ける感覚。脳というパーツにただ存在していただけの情報が、もっと深く刻まれる。脳の情報は脳細胞が死ねば消え去るが、魂に刻み付ければ()(らい)(えい)(ごう)消えないだろう。

 だが、これは魂を傷つけているのと一緒だ。加減を間違えば、魂が砕けて俺は消える。

 転生すら許されない完全なる消滅だ。

 幾千、幾万の命令式が走り続ける。青い文字列のようなもの……俺のイメージが形となって具現し、周囲をくるくると回り始める。

 口から血がこぼれた。魂の傷が肉体へフィードバックしたようだ。

 熱い、ただ熱い。俺という存在が、どんどん(ふく)れ上がっていく感覚。

 どうして今まで肉の体にこだわっていたのだろう。

 魂を(いじ)っていると、心底そう思える。

 これこそが、魔術師としての正しい姿だったのだ。

 毛穴という毛穴から血が()き出す。初めてで加減がわからない。それでも、決して失敗しないように己の存在を刻み続けた。

 そして、ついに体が限界を迎える。

 意志ではどうしようもない物理的な限界。

 自分で作った血の海に沈みながら、俺はにやけた笑みを浮かべていた。

 成功した。傷ついたが、魂は無事だ。確かに俺は己を刻み付けた。

 このままでは確実に、今の俺は死を迎えるだろう。

 だが構わない。これで、俺の考えが間違っていないか確証が得られるのだから。