ビルドエラーの盾僧侶

有馬五十鈴

プロローグ1 盾を持った少年 (1)

 

 

 少女は1人、荒野のなかを(しつ)(そう)していた。

 右腕からは血が(したた)り落ち、衣服もボロボロだ。

 足を動かす力も、もはや限界に近づいている。

 けれど少女は足を止めない。

 十数匹のヘルハウンドに追われていたがために。

「はぁ……はぁ……くっ!」

 狼型モンスターであるヘルハウンドは(どう)(もう)かつ(こう)(かつ)(けもの)の群れは獲物が弱りきるまで(しつ)(よう)に追い回し、確実に仕留める。

 それを少女も理解していた。

 このままではジリ貧だ。少女は内心、己の浅はかさを強く恨んでいた。

 少女がVRMMORPG、クロスクロニクルオンラインのプレイ資格であるクロクロアカウントを手に入れたのは、地球時間で約1年前。

 アクアというキャラネームで異世界『アース』に初めてやってきたのは、およそ3ヵ月前。

 その3ヶ月間、アクアは毎日3時間、アースで過ごした。

 これをアース時間に直すと、およそ9ヶ月ということになる。

 それだけの期間を生き抜いてきたというのに、彼女は今回、このような凡ミスをおかしてしまった。

 ヘルハウンドは、1匹であるなら(とう)(ばつ)ランクは判定Dで、30レベル台のソロでも狩ることが可能だ。けれど十数匹で()(とう)を組まれた場合、(とう)(ばつ)ランクB以上、レベル50以上のパーティークラスに匹敵してしまう。

 現在追われているアクアのレベルは35。まさに(きゆう)()に立たされていた。

 こうなってしまった原因は、少女がより効率の良い狩場を求め、自分でも狩れるモンスターが多く生息している地域に赴いたことだった。

 (とう)(ばつ)ランクがDというヘルハウンドを軽視した結果、数で押し切られて(てつ)退(たい)するほかないほどに、(しよう)(もう)してしまった。

「せっかく……アースにやってきたのに……」

 地球の時間軸計算でおよそ1年前、新作VRMMORPG(仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)『クロスクロニクルオンライン』は、βテストなしで配信が開始された。

 ログインしたプレイヤーたちは最初、いくつかバグがあるけれどよくできたゲームだなと感動の声を上げたが、リアルすぎるNPC(ノンプレイヤーキヤラクター)やモンスター、それに触覚や(つう)(かく)といった感覚のありえない再現度に(こん)(わく)し、ゲーム会社および警察機関に通報を行った。

 そして、警察機関によりクロスクロニクルはネットから(かく)()され、開発元であるゲーム会社『クレオス』本社に(そう)()の手が入ることとなった。

 こうした経緯から始まった警察組織や各種の専門家集団による調査の結果、クロスクロニクルは、地球とはルールの異なった異世界『アース』に(つな)がっていると(すい)(さつ)された。

 異世界などという(こう)(とう)()(けい)(すい)(さつ)は数々の物議を(かも)し出したが、事実そうとしか考えられないほどに、アースは独立した世界を構築していた。

 そんな異世界への招待チケット、限定1万名という制限のなかで運よく手に入れた、個人のIDナンバーと(ひも)付けがなされている『クロスクロニクルオンラインプレイヤーアカウント』が、地球時間における1年前、少女のもとに送られてきた。

 さらに、とある特殊な教育機関でいくつかの訓練を施され、第二の自分を手に入れた。

 アースにおけるアクアは、《地球》にいる自分の分身だった。

 今、そんな自分の分身が危険に(さら)されている。

 アクアの胸は絶望感に満たされた。

(ここで死んだら終わりなのに……!)

 死んだら終わり。

 地球人(プレイヤー)は、HPが0になった300秒後に完全なる死を迎える。

 そうなった場合、プレイヤーは完全に(しよう)(めつ)し、アースとの交流を絶たれてしまう。

(いやだ……いやだよう……)

 たった9ヶ月といえど、自分の分身だと言っていいほどの愛着を少女はアクアに持っていた。

 自分そのものの姿で、地球ではできないことができる己の写し身が消え去ることに、地球人(プレイヤー)は誰もが恐怖する。

 この恐怖はアクアにとって、地球における死と同等だった。

「あっ!?

 (あせ)ったアクアは(つまず)いた。

 土ぼこりを上げながら転がる獲物を見て、(こう)(かつ)(けもの)たちは好機と(とら)えた。

 ヘルハウンドは一斉に少女へと(きば)を向ける。

(やられる……!)

 アクアは目を(つむ)った。

 彼女はこの9ヶ月、(どう)(もう)なモンスターが住みつくアースを生き延びてきたとはいえ、地球ではまだ小学6年生。この状況で目を(つむ)るな、と言うほうが(こく)な話である。

 しかし、(すき)を見せた少女にヘルハウンドの(きば)は届かない。

(…………あれ……襲ってこない?)

 アクアはうっすらと目を開ける。

「大丈夫か?」

 少女の目には、1人の少年の背中が映った。

 ヘルハウンドを見据える高校生くらいの少年。助けてくれたのだと理解し、少女はお礼を言おうとした。

「ビルドエラーの盾僧侶」を読んでいる人はこの作品も読んでいます