異世界エース

兄二

2 燃え尽きた灰

 

 王女の部屋。

 上品な調度で(まと)められたその部屋で、王女が優雅に椅子に座っていた。

「よく、来たわ」

 アマルベルガ・ソムニウム。見事な長い金髪に、()んだ青い(ひとみ)

 王族というだけあって、気品のある顔つきだ。コテツより頭一つ分小さい身体をドレスに包んでいる。

 彼女は実質的には、この国の指導者の立場にある。

 (たい)(かん)を終えていない彼女は王女であるが、この国には現在、彼女以外の正統な王位(けい)(しよう)者がいない。彼女は、女王のようなものだ。

「用件は?」

 本来なら(えつ)(けん)という方向でもよかったのだが、今のコテツの立場は非常に()(みよう)である。

 現状のコテツの状況を耳目に触れさせるには、リスクが高かった。

 そんな、(きゆう)(だん)されかねない状況。

 それゆえに、なんらかの(うわさ)が立つ可能性に目を(つむ)って、王女はわざわざ自分の部屋にコテツを呼んだ。

「調子を聞きたいだけよ。教えてちょうだい」

「変わりなく。良くも悪くも」

「そう」

 (らく)(たん)する様子もなく、アマルベルガは言った。

「まあ、(しよ)(せん)一週間といったところかしらね。これからも、(しよう)(じん)なさい」

「了解」

「あなたは、やっとのことで引っかけてきた、私のエトランジェなのだから」

 アマルベルガ自身は、歴戦の魔法の使い手というわけではなく、魔法処理レベルも最高位というほどでもない。ゆえに、今回のエトランジェ(しよう)(かん)(なん)(こう)したと言う。

(本来なら何も引っかからなかったところを、時空間(あつ)(しゆく)の開放に巻き込まれたせいで俺が引っかかりやすくなった、といったところか)

 心中、コテツは考察するが、わざわざ言うようなことでもない。

 押し(だま)るコテツに、アマルベルガは続けた。

「不完全ながらも、急ぎ(しよう)(かん)を行なったのは()(おん)な隣国との戦いに備えるため。エトランジェは我が軍の柱だわ」

 異邦人を柱にするのはいかがなものかと考えたが、コテツは何も言わないことにする。

「ゆえに、急ぎ強くなりなさい。今はいるだけでもかまわない、それだけでも(けん)(せい)にはなるから。だけど、そのうちすぐにあなたの実力は世間に(さら)されるでしょう。そうなったときが、我々の命日かもしれないわ」

(ぜん)(しよ)しよう」

 エトランジェは(めつ)(ぽう)強い、一個師団とやりあえるクラスだ。という(ふう)(ひよう)がある限り、相手はコテツに、ひいてはこの国に手を出すことを躊躇(とまど)ってくれるだろう。

 問題は、本当の実力はいつかはばれる。そして、この国の軍にとって、エトランジェが心の支えだと言うのなら、エトランジェの弱さは士気の低下に(つな)がり、戦場は不利になる。

(どんな国だ、いったい……)

 もしくは、この世界すべてが抱える問題なのか。

「もう戻ってもいいわ」

「了解」

 退室しながら、コテツは思いを()せる。

 この世界は一人の機動兵器乗りを(ひど)(ちん)(ちよう)している。エトランジェと呼ばれた人間は、いつの時代もたった一人で戦局を変えうる存在として尊敬されていた。

 前の世界では、コテツもそうだった。

 そうだったはずなのだ。

「リーゼロッテ。ここで分かれるとしよう。少し中庭で(きゆう)(けい)してくる」

「あ、はい。ではここで」

 すると、リーゼロッテは気を遣ったのか、何も言わずに歩いていった。

 コテツは中庭に出て、草の上に寝転ぶ。

「……エースか。笑わせる」

 そう(つぶや)いて、コテツは目を(つむ)った。

 

「起きていただけますかね? そこの人」

 軍人と言う職業柄、コテツは気配に鋭い方だ。

 近づいてきた人間が声をかけた時点で、すぐにコテツは身を起こした。

「何か用か?」

 視線の先にいるのは、黒髪の少女だ。ぱっと見ショートカットなのだが、首元から太もも辺りまで、尻尾(しつぽ)のような髪が一房、真っ直ぐに流れ落ちている。

「いえね、こんなところで寝ている人は珍しいものですから、気になったんですよ。なんてったって、面白そうじゃないですか」

 そう言いながら、コテツを見つめる(ひとみ)は金。年は少女と言ってもいいくらいだろう。

 敬語を使ってはいるが、その調子は明るく、まったく(かしこ)まったものを感じさせない、逆にフランクな空気だ。

 衣服は、なぜかブラウスに、短いスカートだった。

「君は誰だ?」

「私はあざみ。彼の、エーポスですよ。(こん)(だい)エトランジェさん」

 そう言って、彼女は背後のモノクロの巨人を指差した。

「エーポス……。君が、ディステルガイストの」

 エーポス。初期型SHに存在する、言わば女性型AI。

 強力な機体の制御を一手に(にな)う存在。

「本当に、人型なんだな。不可思議だ」

 実際にエーポスに出会ったのは初めてだったコテツは、好奇の視線を向ける。

 その視線に怒ることもなく、あざみは笑った。

「仕方がありませんね。初代エトランジェは機械工学に()けた人物でしたが、機体制御のAIは専門ではありませんでした。それゆえに、魔術を使って作り出した人工生命体である私たちが、AI制御を担当するのです」

「なるほどな」

「それに、我々アルトは機械と魔法のハイブリッド。ただのAIでは制御し切れませんからね」

 (ほこ)らしげに、あざみは言った。

 コテツは、その言葉に首をかしげる。

「ふむ、では現行機であるノイに、エーポスがいない理由を聞いても?」

 最初期に造られ、初代エトランジェが何らかの形で関わったSHをアルトと呼び、以降、この世界の人間がそれを(かい)(せき)して製作した機体をノイと区別する。

 ただし、アルトこそが元であり、ノイは便(べん)()上の名でしかないため、現場で使われるような名ではない。

 そのノイにはエーポスはいない。操縦士のみで完成する機体群だ。

 そして、これがこの世界が(ゆが)んで見える大本の原因でもある。

 初めて異世界に呼び出された人間が造った人型機動兵器。そして、それを()した機体群。

 中世レベルを超えた技術のほとんどは、エトランジェが関わっていると言ってもいい。

「当然ですよっ、それは。私たちアルトを()して造ったのが、あなたたちが使うSHです。性能は足元にも及びませんから。エーポスは必要ありません」

「そうか。だとすれば大層強いのだろうな。君は」

「あなたはどうなんですか? 操縦士として。ねぇ? (こん)(だい)さん」

「俺は、今のところ練習機さえ乗りこなせそうにないからな」

 (あきら)めたように、コテツは言う。

「練習機を、ですか……、それは大変ですね」

 (なぐさ)めるでもなく、あざみは返した。面白くなさそうな目をしている。

 やはり、エーポスとしては操縦の得手不得手は、重要な評価項目なのだろうか。

 だが、慣れた視線だ。コテツはあっさりと受け流す。

「今回のエトランジェは外れみたいですねー」

「かもしれん」

「では、さようなら」

 あっさりと、会話は打ち切られ、あざみは自分の機体の中へと入っていった。

 コテツは、部屋へと戻ることにした。

 

 コテツは、部屋で一人考える。

(期待するだけ()()だ)

 期待には応えられそうもなかった。期待に応える()(がい)がないのだ。

 むしろ、あざみのような反応がいい。

 あれくらい、淡々としている方が気が楽だった。

 期待も失望もなく、事実だけを見つめる。

(そう思えば……、中庭にいたときがもっとも心安らいだかもしれんな)

 そして、いっそ逃げ出してしまおうか、と少し考えた辺りで、その考えをコテツは笑った。

 逃げてどうする。やりたいこともないくせに。

 どうせどちらにしたって、()ちていくだけ。

 逃げても逃げずとも、変わりない。

(戦争は、終わったのだろうか)

 心中で、ぽつりと(つぶや)いた。

 長い戦争があった。終わらせるために戦ってきた。

 それだけのために生きていた。ただただ、がむしゃらに戦い続けた。

 そして、後一歩のところまで来て、(しゆう)()()を打つ、最後の一撃を放って――。

 今は、何もかもなくなった。

(まあ……、結局はのうのうと生きて、いつかどこかで死ぬだけか)

 国はエトランジェを失いたくない。

 それゆえ、コテツが戦場に出られるレベルになるまで、戦闘に出そうとはしないだろう。

 しかし、コテツはこれ以上に操縦が上達する気がしない。

 きっと、いい加減に痺れを切らした上が彼を不要と判断するそのときまで、コテツは生きていられる。

(しばらくは……、ぼうっと過ごしてみるか)

 死ぬそのときまで、ぼんやりと物事を考えながら過ごすのもいい。

 と、コテツは考えていたが。

 しかし――、そうはならなかった。

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