レベル99冒険者によるはじめての領地経営

藤崎

2・シルヴァーマーチ地方イスタス伯爵領 (1)

 

 ヴァルトルーデから領地経営の手助けを頼まれたユウトだったが、突発的に偶然異世界へ飛ばされ呪文(スペル)を学んだだけの彼に、そんな経験はまったくない。

 地球にいた頃は、中学まではサッカー部。高校に入ってからは帰宅部で、文系に関してはそこそこの成績だったが、それだけ。

 ただし、地球の、それも現代日本の教育水準はかなり高く、それに助けられた面もあった。

 ブルーワーズにおける魔術――魔術師が操る理術呪文(スペル)は、本人の魔力などという怪しげな要素には左右されない。

 ただ魔術の学習と実践によってのみ、成長する。

 そういう意味では、素質はあったのだろう。ヴァルトルーデたちに拾われた後、ユウトはエルフの魔導師(ウオーロツク)テルティオーネに理術呪文(スペル)を学び、あっという間に基礎を習得した。

 まあ、その後は(あね)()()と危険な動物やモンスターが住む森に放り出され、サバイバル生活を一ヶ月ほど強いられたのだが……。

 とりあえず、ただの一般人よりはましだろう。

 そう考えて、ヴァルトルーデからオファーを受けてからの二週間。

 ユウトは、かつてテルティオーネの伝手で紹介してもらった大賢者ヴァイナマリネンと都市計画を練ったり、アルシアに協力してもらって現地の情報収集をしたり、人材の募集をしたりと、必死に準備を進めていた。

「その結果をこれから発表するから、ヴァル子はちゃんと聞いておくように」

「う、うむ」

 後にロートシルト王国の(はん)(ぺい)と呼ばれるイスタス伯爵家は、こんなふうにして始まった。

 王都セジュールに拠点として購入していた彼らの家。(こく)(よう)(じよう)(かく)による攻撃にもびくともしなかったその家のリビングで、ユウトはヴァルトルーデに対する講義を始める。

 方形をした平屋の邸宅で、円形のリビングを中心に、個室がいくつかその円周上に並んでいた。冒険者が共同生活をするには、なかなか都合の良い間取り。

 食事などはこのリビングで()るのが習慣で、壁にはタペストリが飾られ、庶民には一生手が出ないような(じゆう)(たん)も敷かれている。

 こだわりがあるというよりは店で適当に選んだ結果なのだが、彼らの感覚では端金だ。テーブルも(こく)(たん)の最高級品ではあるものの、値段は関係なく、ちょうど良いものを選んだら高かったというだけのことだった。

 今も、ヴァルトルーデに講義をしているが、二人きりではない。ともに戦った仲間たちが全員揃っていた。

「ユウトくん、ありがとう。大変だったでしょう? ヨナも、ちゃんと聞くのですよ?」

 ユウトがパーティの(さん)(ぼう)や軍師のポジションであれば、アルシアは裏のまとめ役。申し訳なさそうに、彼の苦労を(ねぎら)った。

「もちろん」

 もう一人、ユウトらとともに領地へ向かう予定なのがヨナ。

「ヴァルには任せられない」

 声は平坦で無表情。けれど、言葉にはやる気が感じられる。どちらかというと、お使いを任せられた意気込みに近いが。

「むしろ、アルシア姐さんとヨナに説明をしたほうが良いような気がしてきたな。気のせいか?」

「確実に、気のせいじゃないよ、それは」

「だよなー」

 ユウトの心配を、草原の種族(マグナー)のラーシアが満面の笑みで肯定する。自分の不幸も他人の困難も笑い飛ばすのが、彼らの流儀だ。

 ラーシアは、ヨナよりも少し大きい程度で、やはり子供にしか見えないが、きちんと成人している。

 その(せつ)(こう)役としての(おん)(みつ)能力と、確実に急所を穿(うが)つ弓の技は()(けん)する者はない。さらに、理術呪文(スペル)まで使用するマルチプレイヤーだ。

 今は、全員でアルシアの手による朝食――といっても、呪文(スペル)で作り出したもの――を()った後だったため、その流れで数日後には旅立つ予定の彼とエグザイルも一緒だった。

「ラーシア、私も一生懸命頑張るのだからな」

「うん……。そだね」

「やめろよ、ラーシア。その(いつく)しみに満ちた目を俺に向けるんじゃあない」

「しかし、俺たちが抜けるから男はユウトだけになるんだな。すまん」

 岩巨人(ジヤールート)のエグザイルが、ふとそんな感想を漏らす。

 ゆうに二メートルを超える巨体。腕は丸太のように太く。いや、腕だけではない。足も首も同じだ。筋肉の(よろい)をまとっているかのような圧迫感。

 それに、岩巨人(ジヤールート)種族(マグナー)名通り、ごつごつとした岩石のような肌。

 戦闘となれば、スパイク・フレイル――長い(くさり)の先にスパイクがいくつも生えた(こん)(ぼう)――を振るい、すべてを粉砕してきた。

「確かに。今気づいたけど男女比がおかしいな。今までは、男女比が一対一だったはずなのに」

「それでハーレムが築けるような()()(しよう)があれば良いのですけど」

「あー。はいはい、この話はここまで。ここで終わり!」

 アルシアから傷を(えぐ)られる前に、一冊の本を広げる。

 冒険の途中で偶然手に入れた多元大全。所有者が知る可能性のあった知識を表示させられるという貴重な魔道具(マジツクアイテム)だ。

 それに加えてテーブルの真ん中に地図を用意しながら、本格的に説明を始める。

「ここが、俺たちのいる王都セジュール。んで、ここから南のこの一帯がシルヴァーマーチ。ロートシルト王家の(ちよつ)(かつ)()ではあったけど、ほとんど開発は進んでいない。(ちよう)(ぜい)(かん)ぐらいは()(けん)されてたみたいだけど、王国の影響力は薄いな」

 普段着にしている制服のポケットからサインペンを取り出し、地図の下のほうを四角で囲む。

「そのさらに南、(こく)(よう)(じよう)(かく)があった周辺の地域がヴァル子の領地――イスタス伯爵領だ」

 続けて、地図の端――西と南に山。東側は海に面した一帯――に、大きめの円を描いた。

「そういや、(こく)(よう)(じよう)(かく)跡地ってどうなったわけ?」

 ラーシアが何気なく聞く。

「ん~。まず、城が空を飛んだ余波で、陸路はダメだな。近づけない」

「別に、近づく用事もないがな。じゃあ、そのままか?」

 エグザイルの疑問を、ユウトは肯定した。

「ああ。それから《念視(リモート・サイト)》とかアルシア姐さんの(しん)(たく)で確認したけど、変なのは残っていない……と思う」

 ただし、これはユウトが言葉を(にご)している通り確実ではない。

念視(リモート・サイト)》や(しん)(たく)も人の身である以上万能ではなく、また、それを()(がい)するような力ある高位存在には通用しない。

「なので、跡地に向けて《奔流(タイダル・ボア)》を何回か撃っといた」

「ユウト、それは私も初耳だぞ!?

 ヴァルトルーデの抗議の声を、ユウトは笑顔でかわした。

 この第九(かい)(てい)の理術呪文(スペル)は水の源素界から大量の水を(しよう)(かん)し、すべてを押し流す。

 それを、(くぼ)()となったそこに使ったということは、間違いなく湖ができあがっていることだろう。生き残りがいたとしても、ただでは済まない。

「まあ、アフターサービスだな。もちろん、王国側の了解は取ったぞ」

「その提案、誰が止められるというのでしょうね」

 アルシアのその言葉がすべてだった。

「どうせなら、一緒にやりたかった……」

 より過激なヨナの発言で、それ以上追及しようという空気が失せる。

「別にいっか。ボクらも安心して旅立てるし……って、このヴァルの領地って、ファルヴの廃神殿があった辺りじゃない?」

「おお。ユウトと初めて会った場所だな」

 気を取り直して地図をのぞき込んだラーシアの指摘に、エグザイルが懐かしそうに言う。

「ああ。偶然だろうけど、ありがたいな」

 ユウトは仲間とは違う種類の()(しよう)を浮かべた。

「この辺の人口は約五〇〇〇。大した規模じゃないんだが、見ての通り人口に比べて領地が広い」

 人口が数百人規模の村が七つ、それにドワーフが主な住人を占める鉱山街メインツに、海に面した商業と海運の街ハーデントゥルム。後はいくつかの集落が人間の領域だ。

 また、ロートシルト王国の領土としては最南端であり、南から西に走る山脈で隣国のクロニカ神王国と接していた。

 実際に測量したわけではないが、地球の単位で約五〇〇平方キロメートル。具体的にどの程度なのかユウトも多元大全で調べてみたが、()()(しま)(あわ)()(しま)の中間ぐらいの広さらしい。

 逆に、分からなくなった。

「あまり豊かな土地ではないということかしら?」

 アルシアが、可愛(かわい)らしく小首を傾げながら聞いてくる。その長い黒髪が揺れると同時に、向かいに座っていたヴァルトルーデもうなずく。

 平服姿だったが、その美しさはいささかも減じていない。

「〝虚無の帳(ケイオス・エヴイル)〟と戦っている間、いくつかの村に立ち寄ったことがあったはずだな。確かに、豊かな雰囲気ではなかったように思える」

「あんな危ない連中が近くにいる上、ゴブリンなんかもうろちょろしてるんだから、そりゃ豊かじゃないっしょ」

 ヴァルトルーデの指摘をラーシアが補足するが、実のところそれが正解だった。

「アルシア姐さんとラーシアの答えを足したら一〇〇点だ」

「むう。私は、どうなんだ?」

「感想しか言ってないだろう」

「わっはっは。相変わらず、ユウトとヴァルは(なか)(むつま)じいことだな」

「エグザイル、その心は?」

「いたいけな少年をからかうのはいけないことだと思います。ヨナの教育にも悪いだろ」

 最年少の少女を引き合いに出して場を収め、ユウトはさらに説明を続けた。

「アルシア姐さんが言う通り土地が豊かじゃない――生産性が低くて人口が増えないってのもあるんだけど、人が住むには危険な地域が多いんだ。だから、領地の広さに比べて人口が少ない」

 具体的には、人口密度が他の地域の半分以下だった。

「前は実際にこの辺を歩き回ってたから分かると思うけど、街道もあんまり整備されてないし、ゴブリンやらモンスターも多い」

「ユウト、危険なクリーチャーどもは、〝虚無の帳(ケイオス・エヴイル)〟が滅びたことで散り散りになったのではないか?」

「その可能性もあるけどな、油断はできないだろ」

「ていうか、最近は《瞬間移動(テレポート)》で家から(じよう)(かく)まで飛んでは、りゃくだ……戦闘を繰り返してたから、この辺の地域が実際にどうなってるかよく分かんないよね」

 ラーシアの言葉に、ユウトがうなずく。

「アルシア姐さんに村を回って調べてもらっているけど、まあ、あんまり(かんば)しくはないな。でも、対応はできると思う」

「さすがユウトだな」

 ヴァルトルーデに()められ、ユウトは思わず(うれ)しそうに表情を緩めた。

 しかし、それも一瞬。すぐに引き締める。こんなところをラーシアたちに見られたら、なにを言われるか分からないからだ。

 もっとも、アルシアからは、すべて分かっていますよ、と言いたげな視線を向けられているので、効果のほどは疑問だが。

「それから、メインツとハーデントゥルム。こっちは治安上の問題はあんまりないんだけど、実はロートシルト王国に税金を払っていない」

「人間の言うところの、脱税というヤツか?」

 深いバリトンでエグザイルが聞いてくる。岩巨人(ジヤールート)だけに、あまり人間の制度には精通していないというエクスキューズも込みで。

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