レベル99冒険者によるはじめての領地経営

藤崎

1・英雄譚の終わり

第一章

 

 太陽は中天にありながらも、世界は(やみ)に閉ざされ陽光は地上に届かない。

 ロートシルト王国の王都セジュール。世界をそこだけと規定するならば、それは()()でも()(ちよう)でもない、ただの事実だった。

 南方数百キロメートルの彼方から訪れた、空からの侵略者。誰が想像するだろう、(じよう)(かく)が空を移動し、王都の上空に居座るなどと。

 (こく)(よう)(せき)で構成された(しつ)(こく)の城――(こく)(よう)(じよう)(かく)

 下半分は半球状になっており、引き千切りでもしたのか、巨大な樹木の根が(ざん)(がい)となって張り付いている。不思議なことに、(じよう)(かく)からではなく、そちらへ向けて根は生えていたが。

 地上部分の外周には(せん)(とう)がいくつも建ち並び、そこから放たれた雷光により王都は(じゆう)(りん)され、一〇万にも及ぶ住人が逃げ惑っていた。

 この(こく)(よう)(じよう)(かく)は〝虚無の帳(ケイオス・エヴイル)〟と称する絶望の螺旋(レリウーリア)を奉じる集団の本拠地にして、邪悪な企みが行われようとしている儀式場。

 絶望の螺旋(レリウーリア)

 世界そのものを虚無へと還元する(ふる)く偉大なるもの。

 この世界とは別の次元から突如として現れた(せん)(めつ)(しや)

 かつて、善と悪の神々が(きよう)(とう)しても消滅させられず、(ろう)(ごく)へと繋いだ邪悪なるもの。

 機は熟したというのか。〝虚無の帳(ケイオス・エヴイル)〟は明確な意志――絶望の螺旋(レリウーリア)の復活――をもって、行動を開始した。

 もはや、人々に(あらが)う術はないかに思えた。

 だが、不意に雷光の雨がやむ。

 王都セジュールの人々――性別も年齢も身分も関係なく、すべての人々が空を見上げた。

 誰かが自らが信じる神に祈るためその場で(ひざまず)き、頭を垂れる。

 その動きは波紋のように広がり、王都セジュールを(おお)っていく。

 人は後に知る。世界の行く末を決める戦いが、今まさに終わりを告げようとしていたことを。

 

「後は任せたぞ、ヴァル子。ちょっと世界を救ってこいよ」

「ああ、見ていてくれ」

 ヴァルトルーデはユウトのほうを振り返らず、聖剣を振るった。

(せい)(げき)(れん)()――陸式」

 聖堂騎士(パラデイン)ヴァルトルーデが神から(たまわ)った討魔神剣(デイヴアイン・サブジユゲイター)の連撃が、無数の(せん)(こう)となって(じや)(えん)を撃ち払う。残像を発するほどの速度で放たれた、六連の(けん)(せん)

 彼女自身の筆舌しがたい美しさと相まって幻想的としか表現できない光景を、ユウトは(かた)()を呑んで見守る。

 善や(ちつ)(じよ)の神が、自らの聖堂騎士(パラデイン)へと授ける《()(じや)(げき)(めつ)》という特殊な力がある。

 神聖なる霊気を武器にまとわせ、悪を討つ加護。ヴァルトルーデが用いれば、二〇センチ以上もある鉄の壁を砕くことすら可能だ。

 そのすべてに《()(じや)(げき)(めつ)》をまとわせた全力攻撃。瞬間的にこれだけの《()(じや)(げき)(めつ)》を繰り出す聖堂騎士(パラデイン)は他にいまい。

 邪悪なる炎の(せい)(れい)()()イル・カンジュアル。その(ごう)(えん)の肉体を、斬り刻み、砕ききり、討ち滅ぼす。(ざん)(げき)という線の攻撃でありながら、巨体を打ち砕く連撃。

 儀式によりその身を破壊し、絶望の螺旋(レリウーリア)を神々の(ばく)()から解き放つはずであった超越者。

 それが、まるで人間のように()(もん)の声を上げた。

「グッッオオオオオオッッッ」

 絶叫。

 沈黙。

 静寂。

 そして、消滅。

 あとには、イル・カンジュアルの(じや)(えん)に包まれた肉体も、それだけで人間の身長はあった二本の角も、一トン近くあっただろう全身(よろい)も。

 完全に吹き飛び、何も残っていなかった。

 邪悪なる炎の(せい)(れい)()()イル・カンジュアル。

虚無の帳(ケイオス・エヴイル)〟の首領選ばれし一者エレクティオが、命を()して呼びだした神々や妖魔諸侯(デーモンロード)にも匹敵するもの。

 世界を原初の(こん)(とん)に戻さんとする存在。地・水・火・風・光・(やみ)の六大源素。その影存在であり、(こん)(とん)の領域の支配者である七柱の皇子がひとつ。

 それは、完全に滅び去ったのだ。

 美しい金髪をなびかせてヴァルトルーデがゆっくりと振り向いた。

 そして、討魔神剣(デイヴアイン・サブジユゲイター)を掲げて勝利の声を上げる。

 伝説の一シーンを切り取った、(めい)(しよう)の手による絵画のようだった。

「終わったか……」

 だが、ユウトにはそれに(つい)(ずい)する気力は残っていなかった。盛大なため息をつくと、制服のズボンが汚れるのも構わず、その場に座り込んでしまう。

 準備した呪文(スペル)は、ほとんど使い切ってしまった。大魔術師(アーク・メイジ)と呼ばれている彼も、激戦をくぐり抜けた後だから仕方がないと、誰にともなく言い訳をする。

「ユウト、やったぞ」

「ああ。相変わらず格好良かったぜ、ヴァル子」

 二人の視線が交差する。

 仲間たちは無事だろうか。ふと、そんな心配がよぎるが、あいつらがどうにかなるわけないかと、思い直した。

「格好良いなどと。うむ、いや、そうか……」

 言葉は()(めい)(りよう)だったが、どう思っているかは表情を見れば分かる。

 いつまでもへたり込んじゃいられないと、ユウトが呪文(スペル)書を片手に立ち上がった。善の魔術師である証の白いローブは汚れていて、ヴァルトルーデとの(かがや)きの違いに頭が痛くなるものの、今はどうしようもない。

「ヴァル子は世界を救った英雄だけど、俺にとってもヒーローだよ」

 自分でもなにを言っているのか分からないが、心は伝わったようだ。(うれ)しそうに微笑(ほほえ)むヴァルトルーデの()(れい)で長い金髪に手を置いて、くしゃっと()でてやる。

 気持ちよさそうに眼を細め、ぶるっと震えた。

 ユウトは、なんとなく地球にいた頃に飼っていた愛犬を連想する。

「う、うむ。これで、この長い戦いも終わりだな」

「そうだな……。ほんと、いろいろあったぜ」

 ブルーワーズ――青き盟約の世界。

 ここは、ユウトにとって異世界。

 日本で生まれ育った彼は、なんの(いん)()かこの異世界で冒険者をやる羽目となり。

 そして、今、英雄の(かい)(ぞえ)(にん)の一人となったのだ。

 そんな冒険の日々も、今日で終わり。

 地球に帰る手段はすでに見つけてあった。あとは、その準備をするだけだ。

「とりあえず、アルシア姐さんたちを回収して帰ろうぜ。あっちも大変だっただろうし」

「ああ。私たちをイル・カンジュアルの下へ送り届けるため、敵を足止めしてくれたのだ。ある意味、こちらよりも苦労が多かったかも知れん

 主を失った(こく)(よう)(じよう)(かく)は、このまま天へ還ることだろう。なにもする必要はない。

「戻る時は《瞬間移動(テレポート)》で、すぐだ」

 魔術師が学び操る、理術呪文(スペル)

 神官が祈り唱える、神術呪文(スペル)

 どちらも、個々の呪文(スペル)は威力や習得難度に応じ、第一から第九までの(かい)(てい)に分類されている。

 さらに、第一から第三(かい)(てい)の理術呪文(スペル)の使い手を魔術師、第四から第六(かい)(てい)魔導師(ウオーロツク)、第七(かい)(てい)以上の理術呪文(スペル)の術者は大魔術師(アーク・メイジ)と呼ばれている。

 同様に、神術呪文(スペル)の使い手は、司祭(プリースト)司教(ビシヨツプ)大司教(パトリアーチ)と称される。

瞬間移動(テレポート)》は、第七(かい)(てい)に分類される、理術呪文(スペル)

 ほとんど使える者が存在しない《瞬間移動(テレポート)》を馬車よりも簡単な交通手段のように表現するユウトの言葉を聞けば、驚き卒倒することだろう。

 けれど、そんな今さらな指摘などヴァルトルーデもしない。

「良かった。無事だったようですね」

「ああ、アルシア。ついさっき、片付いたところだ」

 階段を上り、(こく)(よう)(じよう)(かく)の最上階へとやってきた仲間たち。

 一人は、ヴァルトルーデの幼なじみで、魔術と死を(つかさど)るトラス=シンクの大司教(パトリアーチ)アルシア。

 夜空のような黒髪が特徴的で、ヴァルトルーデには劣るものの整った顔立ち。物腰は柔らかだが、同時に()(ぜん)とした意志も感じられる。

「アルシア姐さん、そっちも無事で良かった」

「まあ、()(ぞう)()(ぞう)というところね」

虚無の帳(ケイオス・エヴイル)〟が最後に温存していたモンスターや司教(ビシヨツプ)クラスの幹部を()()呼ばわりしたアルシアは、仲間たちだけが分かる()(しよう)を浮かべた。

 ユウトたちだけが理解できるその理由は、顔の半ばを(おお)う真紅の眼帯にある。

 (もう)(もく)の彼女の視力を補う魔道具(マジツクアイテム)だが、両目を完全に(おお)ったそれのせいで、アルシアの表情はようとして知れない。あらゆる印象を吹き飛ばしてしまう異相だった。

「ちゃんと生きてた」

 もうひとつ、階段から飛び出た小さくて白い影。

 それは(しつ)(こく)の空間を駆け抜け、ユウトへ猛然と体当たりした。

「うおっと」

 受け止めきれず、数歩たたらを踏む大魔術師(アーク・メイジ)

「ユウト、かっこわるい」

 そんな彼を、白髪赤目――アルビノの少女が上から目線で非難した。

 アルシアの眼帯以上に目立つ、雪よりも白い髪と肌。それに、(こう)(ぎよく)のように深く赤い(ひとみ)。人の精神を源とする、超能力(サイオニツクパワー)を自在に操る人工生命。それがこのヨナという少女だった。

「ヨナは採点辛すぎだろ。少しは大目に見てくれよ。俺はただの高校生なんだぜ?」

「コーコーセー? 相変わらず、ユウトの発言は意味不明」

 彼女は〝虚無の帳(ケイオス・エヴイル)〟の人造勇者計画――勇者といっても、絶望の螺旋(レリウーリア)にとってのだが――で生み出されたため、正確な年齢は分からない。

 日本だったら、小学校の高学年か新中学生といったところだな、とユウトは当たりを付けていた。

 触れたら折れてしまいそうなほど(きや)(しや)な肉体で、女性らしさもまだない。ぼさっとしたショートカットのため、エグザイルなど最初は男の子だと勘違いしていたぐらいだ。

「んで、エグザイルのおっさんとラーシアは?」

 乱雑にヨナの髪を()でながら、残る仲間の動向を尋ねる。死んだとか、怪我をしたとか。そんな心配はまったくしていない。

「戦利品を(あさ)っています」

「ごめん、アルシア姐さん。聞くまでもなかった」

 一時間ほど後、仲間たちと合流したユウトたちは事件の(てん)(まつ)を報告するため、足下の王都セジュールへ飛んだ。

 その後、どんな大騒動になるか正確に理解せぬまま。

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