ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~

井藤きく

第1章 少年と少女は出会う (2)

 最後はいたずらっぽく人差し指を唇に当て、お願い、と大半の男を落とせそうな笑顔を見せる。

 シロノの言うとおり、ソフィアの(ふところ)()(あい)(せつ)()(つま)っていた。まだ出会って2ヶ月だが、シロノのことも心底信頼している。言葉だけではなく、実際(ひい)()にしてくれていることにも(うす)(うす)(かん)づいていた。

 怒られるから(ない)(しよ)で、などとシロノは軽く言ったが、協会職員が特定の狩竜人(かりゆうど)便(べん)()を図ることは重大な規則違反だ。怒られるどころか、(ちよう)(かい)(めん)(しよく)ものだ。

 出会って間もない自分に、なぜそこまで優しくしてくれるのかはわからなかった。しかし、それに応えずに平気でいられる性格ではない。ソフィアは覚悟を決めた。

「エルって言ったわね。私はソフィア。ソフィア・ワイスよ。1回断ろうとしといて悪いんだけど、やっぱり一緒に依頼の受注をお願いできるかしら?」

「えっ、あの……はい。えっと……よ、よろしくお願いします!」

 (あい)(さつ)だけでしどろもどろになるエルを見て、本当に認可を受けた狩竜人(かりゆうど)なのかと心配になる。

 そんなソフィアをよそに、シロノは満足気な表情だった。取りあえずでも2人が組んでくれれば、きっと上手くいく気がする。いろいろな狩竜人(かりゆうど)を見てきたシロノは、そんな予感がしていた。

 

「じゃあ、早速依頼の紹介をするわ。2人に頼みたいのはフェズの村の近くで目撃された、(じや)(りゆう)ネスアルドの狩竜(かりゆう)よ」

「ネスアルドですか!」

 思わぬ竜種の名前に、ソフィアは大声を出す。(じや)(りゆう)ネスアルドは中型に分類される竜種で、通常は低段位の狩竜人(かりゆうど)に回ってくる依頼ではない。

 予想通りの驚いた反応を見せるソフィアに、シロノは(うれ)しくなった。

「ええ、ネスアルドよ。新人さん2人に依頼することはあまりないけど、あなたたちなら問題ないと判断したわ。もしかしてソフィアちゃん、自信なかった? 止めといたほうがいいかしら……」

「自信たっぷりです、大丈夫。まったく問題なしです、(まか)せといてください!」

 依頼を取り下げられてはたまらないと、ソフィアは鼻息荒く、必死に自信満々なことを強調する。ただシロノは、いつも素直で予想通りの反応をするソフィアを見たくて、からかっただけだった。

「2人ともネスアルドの依頼は初めてだから、しっかり聞いておいてね」

 依頼(ほう)(しゆう)狩竜(かりゆう)(のぞ)む際の細々とした注意事項などが、シロノから伝えられる。ここまで存在感なしのエルは、そのあいだもずっと無口なままだった。話はしっかり聞いているようだが、会話をするのはソフィアとシロノの2人だけ。(とき)(おり)、はいと(あい)(づち)を打つか、わかりましたと(りよう)(しよう)の意を示すのみだった。

 今まで何度も依頼のやり取りをしているので、シロノはエルのことを知っている。無口なのもいつもどおりだとしか思わない。しかしソフィアはエルの会話能力の低さに呆れ、不安が(つの)る一方だった。

「説明は以上よ。2人ともフェネラルに来たばかりで、フェズの村と言ってもわからないわよね。依頼表に簡単な地図を描いておくわ。少し遠いけど、大街道沿いを西に行くだけの村だから、迷うような場所じゃないし、大丈夫よ」

 ソフィアは方向感覚に自信がなく、地図を頼りに歩くことが苦手だと自覚している。頼りなさそうなエルには、せめて土地(かん)くらいはあってほしかった、というのが本音だった。ただ1度組むと決めた相手に、文句を言うような性格でもない。

「エルは武器や荷物とか、なにか準備はいる?」

「あっ、だ、大丈夫です」

「よし、ならすぐに出発するわよ。私走るの速いから、しっかりついてきて。じゃあシロノさん、行ってきます!」

「行ってらっしゃい、無事と成功を信じてるわ」

 ソフィアがフェネラルに来てからこなした依頼は、すべて1人で受けられるものばかり。その中にまともな狩竜(かりゆう)依頼はない。街の近辺の竜種が出やすい区域での雑用や、竜がいるかどうかの確認作業ばかりだった。

 久しぶりにきちんとした狩竜(かりゆう)依頼。そのことにソフィアは意気込んでいた。

 勢いよく扉を開け、協会を飛びだす。エルはその後ろを(あわ)てて追いかけた。シロノは依頼窓口に座ったまま、いつもそうするように笑顔で2人を見送る。しかし内心、2人が組んでくれたことを()(おど)りしたいくらい喜んでいた。

 狩竜人(かりゆうど)同士が組むか組まないかは自由であり、緊急時以外では協会側が強制する規則も(けん)(げん)もない。

 ただソフィアとエルに出会って以来、1回でいいから組ませてみたいと思い、ずっと機会をうかがっていたのだ。これを機に期待の2人が良い方向に転がってくれたらと願いつつ、シロノは仕事に戻っていった。

 

 フェネラルの狩竜人(かりゆうど)協会は街の北端にあり、協会を出たらすぐ、北イリシア大陸を東西に横断する『大街道』にぶつかる。

 絶対ではないが、他の道よりは竜種に(おび)える心配が少なく、安全が保証された大街道はイリシアに住む人々にとって、文字通り生命線となっていた。

 協会を出て大街道に突き当たったソフィアは、右に曲がって勢いよく走りはじめた。

「あっ、あのソフィア……さん、あの……ちょっと待って!」

「なに、速すぎる? これでも加減して走ってるんだけど」

「いや、じゃなくて、その……あの」

「なによ、言いたいことがあるならはっきり言ってよね!」

 気の大らかな彼女だが、さすがに何度も口ごもり言葉を探しながら話すエルには、ちょっと(へき)(えき)していた。口調もつい、とげのあるものになってしまう。

 4ヶ月前に、夢も希望もたっぷり抱えて狩竜人(かりゆうど)生活を始動したのに、充実した毎日どころか悪いほう悪いほうへと進む日々。協会の狩竜人(かりゆうど)認可を受けたときには、陽気で前しか向いていなかったソフィア。

 しかし、自分でも気づかないうちに、どこか心が(すさ)んでいた。

「あ、あの……逆です」

「逆って何よ?」

「その……方向が……目的の村は西で、こっちは東の方向でして……」

 その言葉に反応したソフィアは、かなりの速さで走っていたにもかかわらず、恐ろしいまでの急停止と反転をする。

「ちょ、ちょっと! 早く言ってよ! あと……ご、ごめんなさい」

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