宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する

すずの木くろ

第1章 村にて (2)

 目の前で消滅する(なん)(きん)(じよう)や、(また)いだだけで空間が切り替わる(しき)()があるのだ。

 この場所が異世界ということもありえる気がしてくる。

 一良は、もし彼らが何かのイベントで古代人のような演技をしていたとしても笑われるだけだと考え、「彼らが演技をしていない素の対応をしている」として行動することにした。

「ああ、すみません。つい方言が出てしまって。旅の商人をしております、カズラと申します。今晩どこか泊まれる場所を探しているのですが」

 一良は組んでいた(うで)を解き、営業スマイルでさらりと嘘をついた。

 思うに、この世界……もしかしたらこの付近だけかもしれないが、文化レベルはかなり低い。

 右手にぶら下げているボストンバッグの中身だけでも、十分商人としてこの状況をやり()ごすことができるはずだ。

「商人の方なのですか? 今までこの村に商人がやってきたことなんて一度もないのですが……」

「おや、そうなのですか。道に迷って偶然この村に着いたのですが、私がこの村に訪れた商人第1号となるわけですね。偶然とはいえ、名誉なことです」

 人の良さそうな笑みを浮かべる一良に、男も他の村人たちも緊張が解けたようだ。

 彼らは恐らく、一良のことをナルソンというこの付近の有力者の家来か何かと勘違いしていたのであろう。

「お近づきの印と言っては何ですが、私の扱っている商品の一部を村にお贈り(いた)しましょう。塩、それに痛みを止める薬などはいかがでしょうか?」

「えっ、塩? ……塩ですって!? それに薬!?

 (きよう)(がく)する男に、一良は内心ほくそ笑んだ。

「ええ、塩と薬です。友好の印に、少しですがお(ゆず)りします」

 一良の記憶が正しければ、大昔の時代で塩や薬といったら、その価値はかなりのものだったはずである。

 目の前にいるような平民には、塩はともかく、薬などは絶対に手の出せるようなものではない。

「ちょ、ちょっと村長を呼んで……いや、村長のお()(しき)に案内しますから、ついてきてください」

 (あわ)てた様子で促す男に、一良は「分かりました」と笑顔で返しながら、心の中で「よし」とつぶやく。

 これで、村長という立場の者に好印象を与えることができれば、しばらくこの村を拠点に、異世界(たん)(さく)ができるかもしれない。

 

 男に連れられて村の中を歩くこと10分。

 村の家々に比べれば、それなりに大きくしっかりした1軒の()(しき)にたどり着いた。

 男は一良に「ちょっと待っていてください」と言うと、()(しき)の引き戸を強くノックする。

「バレッタさん、ロズルーです! 旅の商人さんをお連れしました! 塩と薬を譲ってくださるそうですよ!」

 一良を()(しき)まで連れてきた男が戸を叩いてから、待つこと10秒ほど。

 戸が開き、これまた()せ細った10代半ばほどに見える少女が顔を出した。

「あ、ロズルーさん……薬って聞こえましたが……」

 少女の目の下には濃い(くま)ができており、手足は細くて棒のよう。

 どこに出しても恥ずかしくない、(かん)(ぺき)(えい)(よう)(しつ)調(ちよう)と過労の()(しん)である。

 身長が170センチちょっとである一良よりも頭1つ分ほど小柄な体格も相まって、なおのこと(はかな)げな印象を受ける。

 少女は肩ほどまで伸ばした金髪を首の後ろで1つに結んでいるのだが、(えい)(よう)(しつ)調(ちよう)のためか髪にも(うるお)いがなくパサついて見えた。

 ――しっかり休んで栄養さえとれれば、(けつ)(こう)可愛くなりそうだなあ。

 ガリガリな今ですら、一良の見立てでは顔立ちはかなり可愛い部類に入る。

 少女を見てそんな感想を抱いている一良をよそに、ロズルーは興奮した様子で話し始めた。

「ええ! この旅の商人をしているカズラさんが、手持ちの薬を譲ってくださるそうなんです! 薬さえあれば、村長の病も治るかもしれません!」

「えっ、本当ですか! 父の命は助かるんですか!? ありがとうございます!」

 薬と聞いた少女――バレッタ――は、疲労に染まった顔をパッと輝かせ、涙を(にじ)ませながら頭を下げた。

「え? ちょ、ちょっと待ってください。あなたのお父様はご病気なのですか?」

 何やら話が、一良が目の前の少女の父親を救う救世主のような方向になってきている。

 ()()や腹痛(てい)()に使う薬ならば持っているが、万が一(けつ)(かく)とか(がん)などだった場合はどうしようもない。

「はい、5日ほど前から寝込んでしまって、ずっと熱は出ているし、栄養をつけさせようにも食べ物はろくな物がなくて……。お金さえあればお医者様を呼ぶことができるのですが、私たちのような者にはそんな大金は……。もう、半分(あきら)めかけていたんです」

 どうやら、彼女の父親はかなりの重病らしい。

 そして、なぜか彼女たちは一良が譲ると言っている薬を使えば、重病人である村長は治ると考えているようだ。

 まだ何の薬かすらも言っていないというのに。

 ――薬といっても、胃薬と少し前に医者で処方してもらった痛み止めくらいしか持ってないぞ。あとリポDか。

 バッグに入っている薬を思い起こしながら、一良は(いん)(うつ)な気持ちになった。

 村長の病気が難病だった場合、()(りよう)従事者でもない一良に正しい診断が下せるとは思えない。

 (けつ)(こう)強めの痛み止めを持っていたので、農作業のやりすぎで足(こし)を痛めた村人のために薬を譲るなどと言ったのだが、考えが甘かった。

「私の持っている薬が効くかどうかは分かりませんが、とりあえず村長さんの具合を見せていただけますか?」

「はい、よろしくお願いします!」

 勢いよく頭を下げるバレッタに、一良は「どうか(よう)(つう)とか(えい)(よう)(しつ)調(ちよう)でありますように」と祈りながら、バレッタに導かれて()(しき)に入るのだった。

 

「お父さん、この方が薬を持ってきてくれたよ! もう大丈夫だから!」

「村長! もう大丈夫ですよ!!

「う……、くす……り……?」

 ――……ええ……。

 通された一室で寝込んでいるバレッタの父親を見た瞬間、(かず)()は思った。

 これは明日にも(こう)(でん)を持ってくる羽目になりそうだなと。

「どうですか、カズラさん。父は治りそうですか?」

 バレッタは父親の手を握り、棒立ちになっている一良を泣きそうな表情で見上げる。

「これはもう薬でどうこうってレベルじゃないように見えるんですけど」

 などとはとても言えない空気を感じ取った一良は、ひとまずバレッタの父親の(そば)に座り具合を見ることにした。

「うわ、すごい熱だな。目も(くぼ)んで焦点が合ってないし、全身に震えが起こっててこれはもう……大丈夫です! 治ります!!

 素人目に見てもあまりに(ひど)い病状に、思わず素直な感想を口走った一良であったが、涙をこぼし始めたバレッタを見た瞬間に発言を切り替えた。

 言った直後に「やっちまった!」と後悔する。

「本当ですか!? ……よかった」

「あ、いや、治るっていうか、もうすぐ苦しみから解放されるというか……」