宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する

すずの木くろ

第1章 村にて (1)

 

「すごいなあ。どういう()()けになってるんだろ」

 畳部屋と石畳の通路の境目に顔を半分ずつ出したまま、(かず)()はつぶやいた。

 ちなみに、通路との境目になっている畳部屋のスペースには、(くつ)で歩いてもいいようにブルーシートが()いてある。

 現在一良の視界は、左目に石畳の通路、右目に元いた畳部屋が映っているという何とも奇妙な状況だ。

 しばらくそうして新感覚を楽しんでいたが、脳みそが混乱したのか吐き気がしてきたので、石畳の通路へ移動した。

「奥はどうなってるんだろ。何か明るいけども」

 通路の奥を見てみると、30メートルほど先に曲がり角があり、外から光が入っているのか、明るく見える。

 通路自体も、ヒカリゴケのようなものが明るく照らしている。

 ――ヒカリゴケって確か天然記念物だけど、役所に連絡したほうがいいのかな。

 そんなことを考えながら奥の光を目指し通路を進んで行くと、曲がり角の隅に何やら妙な物体を見つけた。

「ん? 何だこれ……げっ!」

 それは、風化してボロボロになった和服をまとった人骨らしきものだった。

「マジかよ……、誰の死体だよ。てか、白骨化して服がボロボロって、どんだけ長い間放置されてたんだよ」

 一良は人骨から数歩後ずさり、「やっと静かな場所にこれたと思ったら、いきなり警察のお世話になるのか」とぼやきながら、警察に通報するべく携帯電話を取り出した。

「……あれ?」

 ()(しき)に着いた時にはしっかり3本立っていた電波表示が、ここではなぜか圏外表示になっていた。

 この通路の中にいるからかと、外に出るべく曲がり角を曲がってみると、曲がり角の先は直接外の雑木林に繋がっており、外に出ることができた。

 そこでもう一度携帯電話を確認してみるが、電波は相変わらず圏外のままだ。

「おかしいな……何で圏外なんだろう」

 一良は首を(かし)げながらも、電波の繋がる場所へ移動しようと、自分の車を探して周囲を見渡した。

「……車どこだよ。むしろ()(しき)はどこだよ。それに、今気づいたけど()(しき)の周りって雑木林じゃなくて竹林だっただろ」

 携帯片手に周囲を見回す一良の視界には、先ほど通ってきた通路の入口と雑木林しか入ってこない。

 ()(しき)の奥の部屋からここまで、(かず)()の移動した距離はせいぜい50メートル。

 普通に考えて、たかだかそれだけの移動距離でこの周囲の環境の変わりようはありえない。

「……これはもしや」

 一良は真剣な表情でつぶやくと、元来た石畳の通路を走って戻った。

 途中で白骨死体に「ちょっと通らせてもらいますよ」と声をかける。

「……やはりそうか」

 畳の部屋に戻って再度携帯電話を確認すると、電波はしっかりと3本立っていた。

「この(しき)()の先は、きっとどこか遠くの別の場所に繋がってるのか。どうりで鍵が()けられて封印されていたわけだ」

 ひとしきり納得すると、「これはすごい(ちよう)(じよう)現象だ!」と興奮を覚えながら、()(しき)の入口に置いておいたボストンバッグを回収し、再び(しき)()(また)いで雑木林に向かった。

 白骨死体の通報はとりあえず置いておき、自らの冒険心を満たすことにする。

「世界の怪奇事件とかだと、アメリカの端から端に一瞬で移動したとかいう話もあるからな。日本以外の国に移動してる可能性もあるぞ」

 道に迷わないようにと、通った場所の木に石で印をつけながら5分ほど歩くと、雑木林が終わり目の前に畑が現れた。

 畑の先には、木でできたシンプルというか簡素な家がポツポツと見られ、どうやら村のようであり、畑仕事をしている数名の住民の姿があった。

「おお、第一村人発見。……髪がブロンドってことは、ここはヨーロッパかアメリカあたりだろうか」

 一良の頭に一瞬「不法入国」の文字が浮かんだが、観光客のフリをしていればバレることもないだろうと楽観することにした。

 そして、せっかくだからと持っていたデジカメで写真を撮っていると、村人も一良に気づいたのか、付近の村人とこちらを見ながら何やら話している。

 一良は、不審者と思われたら面倒なことになると思い、通報される前にこちらから話しかけることにした。

 ボストンバッグを持っていれば、観光客にも見えるだろう。

「はろー! あいむツーリスト。あいむジャパニーズ!」

 ニコニコと(ほほ)()み大きく手を振りながら彼らに向かう一良に、周囲と何やら話していた金髪ショートカットの妙に()せた男は、

「え? 何ですって!?

 と(かん)(ぺき)な日本語で返事をしてくれた。

 一良は振っていた手をしおれるように下ろし、「ちくしょう……」とつぶやいた。

「海外かと思ったら、長崎のオランダ村とか青森のアメリカ村みたいなノリの所かよ……まあ、まったく言葉の通じない海外よりはマシか……」

 何となくやるせない気持ちになりながらも、とりあえずは日本でよかったと気を取り直した。

 言葉が通じるのならば、この場所が日本のどの辺りなのかということもすぐに分かるだろう。

「観光でこの辺に来てるんですけど、一番近い駅ってどこにありますかね?」

 てくてくと歩いて村人まで近づき、現在地を確認しようと話しかけると、先ほど返事をした男は困ったような顔をして他の村人に目を向けるが、どの村人も困惑した表情をしている。

「あの、何のことか私には分からないのですが……ナルソン様の使いの方ですよね?」

「は?」

 男の言葉に、今度は一良が困惑した。

 駅を(たず)ねる人間に、「何のことか分からない」という返答こそ意味が分からない。

 それに、ナルソン様とはいったい誰のことだろうか。

「あーっと、トレインにライドしたくてステーションを探しているんですけど……」

「……申し訳ありません。貴方(あなた)様が何を言っているのか私には分からないのですが」

 どことなく緊張している様子の男の言葉に、一良は(うで)を組んでうつむき、「ううむ」と(うな)った。

 駅という単語が分からないのかと思い、とっさに少ない知識を総動員してルー語のような文章を紡いだのだが、まるで伝わらないようだ。

 むしろ、ここまで(りゆう)(ちよう)な日本語を話しているのに、駅という単語が分からないはずがない。

 ――まるで、駅という単語そのものを初めて聞いたような反応だな……。

 そう考えた瞬間、一良はハッとして顔を上げ、改めて周囲を見渡した。

 目に付く建物は簡素な木造平屋の家ばかりで、お世辞にも立派とは言えない。

 目の前にいる村人たちの服装も、何の素材でできているのかは分からないが、()い目は粗く、無地である。

 畑に目を向けてみると、置いてある(くわ)は持ち手も刃の部分も木製で、使いやすそうにはとても見えない。

 それに、一良と話している村人たちはずいぶんと()せ細っていて、明らかに(えい)(よう)(しつ)調(ちよう)気味だ。

 ――ここは本当に日本なのか? 全然違う世界なんじゃないか?