ロイヤル婚! モブ女子ですが異国の王子に甘く愛されています

希彗まゆ

第一章 わたしたち、婚約しました (2)

 今日子さんは、わたしが今回インフルエンザにかかってから働き始めた。

 店長のお友だちの元カノで、短期のバイトを探している大学生だったらしい。

 二十一歳、と言っていたか。

 わたしより五歳も年下だ。

 だからってこの年代でたった五歳差で、「若いから」を理由に仕事ののみこみ具合を決められてたまるか。

 単純に、覚えの早さの違いだ。

 それをあの店長は……!

 しかもあの店長、バイトをすることになったのを機に、今日子さんに手を出したんだ。

 わたしも就職したてのころ、何度も口説かれていた。

 店長にとっては、それは挨拶がわりなのだと思っていた。本人もそう言っていたけれど、半分は本気でナンパしているんだ、と確信したのは、同期で就職した女の子がやめたからだ。

原口店長に、セクハラされたんだよね」

 飲みながら、そう愚痴を聞かされてわかったことだった。

 もとから女癖の悪い人だとはわかっていたけれど、まさか、セクハラまでする人だとは……!

 店長には確かに、アロマの発注のかけかたや仕事のセンスなんかはある。

 だから、いままで女癖の悪さにも目をつぶってきたのだ。

 最低限、お客さんには軽口をたたくくらいで手を出してはいなかったから。

 わたし自身にも、実害というほどの害はなかったから。

 わたしと店長のふたりだけで、それなりの信頼を置いてタッグを組んでやってきた、つもりだった。

 でも、……店長はたった一週間働いてもらっただけの今日子さんのほうが、信頼できると判断したんだ。

 たまたま今日子さんが交際をOKしたから、かもしれないけれど。

 なんだったんだろう、この四年間は。

 積み上げてきたものは。

 それともそんなもの、なかったんだろうか。

 わたしはなんだったんだろう。

 店長の口説きにこたえていればよかったのだろうか、今日子さんみたいに。

 女を使ってでも、仕事をすればよかったのだろうか。

「そんなの、できないよ……!」

 世間一般では、そんなのみんな当たり前にしていることかもしれない。

 だけど、少なくともわたしにはむりだ……!

 好きな仕事だったのに。

 常連の皆さんとも仲良くなっていたのに。

 あのお店の内装だって、わたしが考えて資材を発注して、出費を最低限におさえるようにして──季節ごとに変えるように努力もしていた。

 もちろん、アロマの販売にも力を入れていた。

 アロマセットだってたくさんの組み合わせを考えて、そのつど新商品として売り出してきたし、そのおかげで客足も売り上げものびたと店長だって言っていた。

 なのに。

 全部おしまいだ。

 わたしは、ゼロになったんだ。

 そして、気づいたらベッドに横になっていて、アラームで目が覚めて……。

 最悪な事態をすっかり思い出して、絶望的な気分になる。

「頭……痛すぎ……」

 そういえば、とわたしはそこで初めて気がついた。

 この部屋……わたしの部屋じゃない。

 ベッドだって違う。

 家具のなにもかもが違う。

 わたしの部屋と違い、この部屋はとても広い。寝室として使われているのだろうけれど、十畳以上は確実にある。

 ベッドとチェストは黒で統一されていて、ベッドはおとなふたりが寝転んでもじゅうぶんなほどのスペースがある。

 観葉植物が置いてあり、手入れも行き届いていて、葉っぱも生き生きとしていた。

 クローゼットも扉が大きいし、収納スペースもかなりありそうだ。

「ここ……誰の部屋……?」

 ぽそりと独り言を言ったつもりが、部屋の入り口のほうから声がした。

「おはようございます。やっぱり頭痛、まだひどいですか?」

 誰!?

 驚いて顔を上げると、輝くばかりに美しい容姿の男性がにこにこ笑顔で立っていた。

 その人は、日本人と思えないほど色白で、顔が小さく、それぞれのパーツが整っていて、本当に美形だった。涼やかな目元に、くりくりしたイタズラっ子のような薄茶色の瞳が、まるで外国のお人形さんのよう。髪の色も金色に見えるほどの薄茶色で、とてもきれい。たぶん純粋な日本人ではないのではないかな? ハーフかも? なんて思ってしまう。

 夢で見たばかりの、あのイケメン男子だ!

 夢の中の王子さまが、どうして現実に!?

 それともわたし、まだ夢を見ているの!?

「えーと……すみません、これは夢ですか?」

「安心してください、現実です」

 イケメン男子はきっぱりと言う。

「昨晩のことは覚えていらっしゃらないようですね」

 わたし……なにかしてしまった!?

 そう不安に駆られていると彼はキッチンのほうに行って、いい香りのする小鍋を載せた、トレイを持ってきた。

「もし食べられるようでしたら、こちらをお召し上がりください。二日酔いが治まったら、新しくちゃんとしたごはんをすぐに用意しますので」

 そう言って彼が小鍋の蓋を取ると、ふわっとおいしそうな香りに包まれた。

 これは……

「オニオンスープ……」

 するとあろうことかわたしのお腹がぐうっと鳴ってしまった。

 恥ずかしくて顔を赤らめていると、彼は優しく微笑んで言った。

「はい。あなたは二日酔いのときでもオニオンスープでしたら食べられる、とぼくに教えてくださいましたので。自己流ですが、つくってみました」

「す……すみません……いただきます……」

「はい、ぜひ召し上がってください」

 わたしはそろそろと、トレイごと受け取ってオニオンスープをスプーンですくった。

 ふわふわと湯気の立つオニオンスープは、ひと口、口に入れると、じんわり心にしみわたるおいしさだった。

「おいしい……」

 これにごはんを入れたら最高においしいだろう。

 そんなお行儀の悪いことをしてはいけないのだろうけれど、そう思ってしまうほどだしが効いていて味もしみている。

 うどんを入れてもおいしいかもしれない。

 そう妄想して夢中で食べながらもわたしは、先ほど言われたことが引っかかっていた。

「あの……わたし、酔ったところをあなたに介抱していただいたのでしょうか」

 恐る恐る尋ねると、イケメンさんはにこやかに答えた。

「ざっくり言うと、そんな感じです」

 ざっくりじゃなくて具体的に知りたい!

 そんな思いが表情に出ていたのだろうか。

 イケメンさんは、ベッドの端に腰を下ろした。

「ゆうべ、ぼくは青空公園で露店を開いていました。そこにあなたが来たんです」

「青空公園で露店……?」

 ショップ「ミューズ」は最寄りの駅から少し離れたところにある。わたしは店を出たあとで駅に向かい、駅付近の居酒屋に入ったはずだ。

「青空公園」とは、店と駅のちょうど真ん中にある大きな公園だ。

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