押しかけ婚! 俺様で強引な社長サマがウチから出てってくれません!

水島忍

第一章 義兄、突然の『後見人宣言』! (3)

「いや、君は今、疑いの目つきで僕を見た。僕は噓をついていないことを証明する義務がある」

「もう判ったから! 信じるわ。あなたはなんでもできるのね!」

 愛梨はそう言っておけば、面倒なことは起きないと思っていた。けれども、恭介は高価そうな腕時計を外し、シャツの腕をまくり上げて、やる気を見せている。

 彼は突然、愛梨の正面に立つと、身体に手を回してきた。

「ちょ……ちょっと!」

 ほんの一瞬だけ抱き締められたと勘違いしてしまったが、彼はただ愛梨のエプロンの紐を解いていただけだった。

「何するのよ……」

「エプロンが必要だからだ。とりあえずあり合わせの材料で夕食を作ってやる。君はそこの下着でも片づけておくんだな。それからテーブルの上も」

 恭介は奪ったエプロンを早速つけている。可愛いデザインのエプロンなのだが、彼は気にしないようだ。

 そして、キッチンスペースに行くと、まずフライパンの中を改めて見る。容赦なく中身を捨てるとフライパンを洗い始めた。

 ああ、もしかしたら食べられたかもしれなかったハンバーグよ、さようなら。

 愛梨は仕方なく洗濯物を畳み始めた。恭介は冷蔵庫の中にあった食材を出して、早くも調理を始めていた。大した食材も入っていなかったのに、何を作るつもりだろう。

 それにしても、包丁さばきがわたしより上手い……。

 愛梨も六年前まではちゃんと料理をしていたのだ。何しろ母がシングルマザーだったからだ。

 母方の祖父母は遠くで伯父と同居していて、たまにしか会わないから、本当に母は一人きりで育ててくれた。父方の祖父母とは疎遠になっていたし、愛梨も家事くらいは引き受けて母をなんとか助けたかった。しかし、その頃の愛梨よりも、恭介のほうが料理の手際がいい。

 どういうことなのっ?

 家政婦を顎で使って、ソファでふんぞり返って新聞を読んでいるほうがずっとイメージに合うのに。

 いや、それは恭介に対する愛梨の勝手なイメージなのだが。実際の恭介は家の中でも働き者のようだった。

 やっぱり悔しい!

 彼は社会的地位があって、裕福で、男前で格好よくて、その上、家事まで完璧にできるなんて……。

 そんなことは許されないと思うのだ。第一、不公平だ。そのひとつでさえクリアできない人間がどれほど世の中に溢れていることか。

 愛梨もそうだ。ただのOLで、しかも新人の頃はドジっ子認定されていた。お金はあまりないし、容姿もそれなりだ。すごく悪くはないが、大してよくもない。たまに可愛いと言われて、お世辞と知りつつ喜んでしまう。そして、何より家事は雑だ。慣れないことにはすぐ問題を起こす不器用な人間でもある。

 洗濯物を仕舞うと、今度はテーブルの上の物を片づける。なんだか彼の言いなりになっているようで、これも悔しい。ちらりとキッチンスペースの恭介を見ると、彼はとても手際よく調理している。

 ああもう、悔しい!

 テーブルの周りにも何やら物があるので、また嫌みを言われる前にそれも片づけた。が、ただ部屋の隅に置き直しただけで、根本的な解決にはなっていない気がする。この部屋は古いタイプの間取りで、クローゼットや物入れがついていない。収納する家具が欲しいのだが、まだ手に入れていなかった。電化製品や日用品、炊事道具のほうを優先したからだ。

 ふと、継父の家にあった自分の部屋のことを思い出す。洋服はウォークイン・クローゼットに仕舞っていたが、本棚やテーブル、キャビネットは白いヨーロッパ調のものでコーディネートされていて、ふかふかのソファにクッション、そして大きなベッドには白いレースのついたベッドカバーがかけてあった。

 今の部屋とは大違いだ。あの家から持ち出したものは必要最小限のものだけで、家具までは持ってこなかった。そもそも家具は継父が揃えてくれたものだ。それに、この部屋には入りそうにもなかった。

 改めてこの部屋の惨状を客観的に見てみる。

 やっぱりひどいわよね……。

 やはり収納家具は必要だ。いちいち物を段ボール箱から出したり入れたりするのは面倒くさいし、何より気分が乗らない。だから、ついつい散らかしっぱなしにしてしまうに違いない。

 そうだ。収納家具のせいだ。貯金のことは気になるが、今度の休みに買いに行こう。

 愛梨はテーブルの上を拭くために、台拭き用の布巾を取りにいこうとした。ところが、落ちていた何かを踏んだ拍子に滑ってしまい、身体のバランスを崩す。

 家の中なのに転んでしまうと思ったとき、さっと恭介が支えてくれた。

 思いがけなく彼に抱き留められて、ドキッとする。愛梨はこの年齢まで男性とに付き合ったことがなく、こんなふうに接触した経験もない。動揺するのも当たり前だった。

 たとえ相手が義兄でも。

 そうよ。でも、なんだか彼の身体にすっぽり包まれたような気がして、不思議と安らぎを覚えた。

 背の高い男性は苦手だったのに……。

「大丈夫か?」

 愛梨が顔を上げると、目が合う。

 恭介は心配そうにこちらを見ていたが、さっと視線を逸らし、愛梨の身体を押し戻した。

「よくこんな何もないところで転びそうになるな」

「何か踏んで、滑っちゃっただけよ」

 足元を見ると、スーパーのポイントカードだった。

「どうしてこんなところに……」

 ポイントカードは大事だ。慌てて拾い上げて、バッグの中の財布に仕舞っておく。恭介に軽蔑したような目つきで見られていたが、知ったことではない。だいたい可愛いエプロンをつけているくせに、腕組みをして睨んでも迫力なんか感じられなかった。

「メシができたぞ」

「えっ、もうできたの?」

 愛梨がキッチンスペースを覗くと、そこに野菜炒めとサラダと味噌汁ができていた。確かにあり合わせの材料でできるものだが、ずいぶん庶民的な料理だ。

「味噌汁に豆腐が入ってる! 賞味期限が切れてるって責めたくせに」

「賞味期限と消費期限は違うんだ。一日くらい過ぎたって死にはしない」

 それくらい知っている。けれども、責められたほうとしてはなんとなく納得できない。

「だったら、文句を言わなくてもよかったと思うけど……」

 ぶつぶつ言っている愛梨を無視して、恭介はテーブルを拭き、小さな食器棚から食器を二人分取り出した。

「……まさかここで食べていく気なの?」

「自分で作った料理を食べて何が悪い?」

 そう言われると、反論できない。しかし、友人が来てくれたときのために買っておいた予備の食器を初めて使うのが恭介だなんて、なんだか嫌だ。

 愛梨は料理を運ぼうとしているとき、恭介がじっと炊飯器を睨んでいるのに気がついた。

「どうかした?」

「いや……米が炊いてあるようには見えないが?」

「あ……スイッチ入れるのを忘れてたみたい」

 米をといだのも炊飯器の中にセットしたのも確かだから、愛梨はすぐにスイッチを入れた。

 恭介は腰に両手を当てて、盛大な溜息をつく。

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