押しかけ婚! 俺様で強引な社長サマがウチから出てってくれません!

水島忍

第一章 義兄、突然の『後見人宣言』! (2)

 彼には言わなくても判っているはずだ。母と継父は結婚したが、実父の反対もあって継父と愛梨は養子縁組をしていない。だから、姓も違うし相続権もないのだ。継父は愛梨を可愛がってくれたものの、まさかこんなに早く自分が死ぬとは思っていなかったので、遺言書も書いていなかった。

 かくて、あの家は継父の一人息子である恭介のものとなったのだ。

 元々、血の繫がりのない継父の遺産を自分がもらおうなどとは、まったく思っていなかったが。ともあれ、親しくもない義兄のものとなった家に──しかも豪邸に、一人で住み続けられるほど、愛梨は図々しくもなかった。

 だいたい養子縁組もしていないのだから、親同士が結婚したとはいえ、恭介とは戸籍上、赤の他人なのだ。

「君が言いたいことは判った。だが、君はあそこに住むべきだ。そうすれば、君がいつ火事を起こすか心配せずに済む」

「火事? とんでもない! あのね、わたしはね……」

「ここがゴミ屋敷化するほうがはるかに早いかもしれないが」

 恭介は部屋の中が散らかっていることを指摘した。確かに部屋の隅には段ボール箱が積んであって、きちんと整理されていない上に、いろんな物が食事するテーブルに置きっぱなしになっている。

「これは……引っ越してきたばかりだし、時間がなくてまだ片づけてないだけよ」

「そうかな」

 彼は断りもなく冷蔵庫を開け、目についた豆腐を引っ張り出すと、顔をしかめた。

「賞味期限切れだ。引っ越してたった一週間で食材を賞味期限切れにするなんて、ある意味、すごいな。いや、こんな有様で自炊しようという根性だけは称賛に価するかもしれない」

「……ほっといてよ」

「放っておけないな。君は一応、僕の義妹だ。戸籍上は違っていてもね」

「今まで全然関わってこなかったじゃないの。今更どうして……?」

 彼の厳しい顔つきが、少しだけ和らいだ。

「病院にいたときや……通夜や葬儀のときは?」

 そう言われて、記憶がる。

 母と継父が事故に遭ったという知らせを会社にいる愛梨にくれたのは、恭介だった。しかも、早退して、震えそうになる脚で病院に向かおうとロビーに下りたら、彼が運転手つきの車で迎えにきてくれていた。

 二人は病院に向かう間、何も話さなかった。しかし、愛梨の震える肩を、彼はそっと抱いてくれたのだった。

 母と継父は二人で小旅行に出かけていたのだが、そこでの交通事故だった。継父のちょっとした不注意が原因だったらしい。自損事故で、他に犠牲者がないのは幸いだった。だが、母は病院に運ばれて間もなく死亡。継父は手術をしたが助からなかった。

 愛梨は何も考えられず呆然としていた。二人とも死ぬには若すぎた。愛梨にはなんの心構えもできておらず、悲しみに浸るよりも、心が凍りついたような感じがした。通夜の間も葬儀のときも、そんな具合で、恭介は今までの冷ややかな印象とは違って、とても細かく気遣ってくれたように思う。

 しかし、愛梨にとっては、それは悪夢の中にいるような出来事で、あのときのことは記憶が曖昧だった。ただ人形のように、彼の指示に黙って従っていた記憶が少しあるだけだ。

 葬儀が終わり、家に帰った途端、涙が止まらなくなった。部屋にこもり、しばらく泣き暮らしたくらいだ。

 そして……。

 四十九日が過ぎ、納骨を済ませた後、今更ながら継父の弁護士がやってきて、遺産相続の話をした。遺産は恭介のものになり、家も土地も同じだが、愛梨にはずっと住んでいてもらっても構わないという話だった。家政婦などの給料や他の維持費も恭介が払うから、心配しなくていい、と。

 そのとき、愛梨は自分があの家に住む権利がないことに気づいたのだった。大して親密でもない義兄の情けや施しを受けるのはおかしい、と。

 それからすぐに愛梨は自分で家賃を払えるマンションを見つけて引っ越した。そのことで、継父と母を失った悲しみから脱け出せたのはよかったと思う。そうでなければ、愛梨はまだ鬱々としていたことだろう。

 心残りは母の位牌を置いてきたことだけだが、母は茅野家にお嫁にいったのだ。『望月愛梨』としては、どうしようもなかった。それに、まさか継父と引き離すことなんてできない。後のことは恭介に任せるしかないだろう。

 家を出て一週間経ってから、恭介は愛梨が家を出たことを知ったわけだが、だからといって、こんなふうにわざわざ話をしにくることはなかったのだ。遺産相続の話のときのように、代理人にでも任せればよかったのに。

 あの話を恭介本人から聞いたなら、自分の気持ちは変わっていただろうか。

 いいえ。やっぱり同じことだったわ。彼に世話になるなんておかしいもの。

 それにしても、本当にどうして恭介は連れ戻しにこようなどと考えたのだろう。愛梨が家を出ようが出まいが関係ないと思うのだが。

「通夜や葬儀のときは……わたし、普通じゃなかったから。あんまりよく覚えてないの」

 本当のことを言ったのに、恭介には言い逃れかごまかしにしか聞こえなかったようだ。腕組みをして、愛梨を睨みつけてくる。

「では、教えてやろう。あのときの君はおとなしくて、僕の言うことになんでも従っていた。僕にはこんな可愛い義妹がいたのかと思ったが……どうも違っていたらしいな」

「そうよ。違っていたのよ」

「確かに。可愛い義妹がまさか……こんなにだらしないとは思わなかった」

 彼は部屋の中央へと勝手に入っていき、ベッドの上に取り込んだ洗濯物を置きっぱなしにしているのに気づいた。そして、その中からブラジャーを指に引っかけて取り出す。

「返してよ!」

 愛梨は顔を真っ赤にしてすぐさまそれを取り返した。彼は肩をすくめる。

「下着くらいどこかに仕舞っておくべきだな。いつどんな客が訪問するかも判らないのに」

「どんなお客さんだって、あなたみたいにズカズカ入ってきたりしないわよ」

「僕の住む部屋はいつ誰が来てもいいくらいに片づいている」

 本当だろうか。自信ありげに言われると、なんだか腹が立つ。

「どうせ家政婦がいるんでしょう?」

「一人暮らしなんだ。全部、自分でやっている。大した手間ではないさ。簡単だ」

 ますます悔しくなってきた。完全に馬鹿にされているのが嫌だ。

「じゃあ、さぞかし料理も掃除も完璧にできるんでしょうね?」

「当たり前だ」

「……洗濯も?」

「当たり前だ。僕はなんでもできる。ついでに言うと片づけも得意だ」

 彼はちらりと段ボール箱に目をやる。この自己申告が噓でないなら、彼は家事においても、とても有能だということだろうか。

 いや、噓でなくても、かなりオーバーに言っているだけだ。家事が得意な男性がいるのは知っているが、彼みたいに裕福な人間がわざわざ自分で家事をやっているだろうか。とても信じられない。

「信じられないなら、今やってみせよう」

 恭介はそう言うと、急にスーツの上着を脱ぎだした。

「ちょっと待ってよ!」

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