奥手なエリート御曹司が目覚めたら、溺愛がとまりません!

久保ちはろ

一章 憧れの上司に(ある意味)告白されました。 (1)




一章 憧れの上司に(ある意味)告白されました。




 昔から、男たちに囲まれていた。

 家には兄と弟、学校では同級生ばかりでなく、先輩や先生の注目の的で、短大のサークルやバイトでも男性からの誘いが絶えず、社会に出ても自分を取り巻くそんな環境は変わらなかった。

 そして、ふと気がつけばこうして一人ということも。


 北村希美は光にめくタンブラーのに沿って、指先をゆっくりと滑らせた。

 高級ホテルのバー。先ほどまで港と街の夜景を一望する窓際の席にいたが、男が帰ったあとで、カウンターに移動した。

 目の先には、鏡張りの棚に様々な色と形のボトルが整然と並んでいる。スポットライトを浴びた色彩豊かなそれらは、宝石のように輝いていた。

 さっきまで好きでもない相手と見ていた夜景より、その光景はずっと綺麗だ。

 しかし、ホテルのバーに置き去りにされるのは、今まで誘われた数多のデートでも一度もなかったことだ。そういう意味では彼には「強者」の称号をあげてもいい。

 もう、彼とは二度と会うことはないと思うけど。

 その相手は、従姉の会社の先輩だった。彼女とは、頻繁には会わないものの仲が良く、希美の前の派遣契約が終わったタイミングで、遅い夏休みで一緒にハワイ旅行に行ったのだった。

 その時のスマホの写真をたまたま件の彼が見て、希美にデートを申し込んで来た。

『先輩、家が歯医者でお金あるよ』それが従姉からの紹介メッセージだった。

 デート当日。

 希美はハイブランドのミントグリーンのボックスワンピースに白麻のカーディガンを合わせた。靴は一足五万円はくだらない、イタリア製のフラットシューズ。全て母のお下がりだが、手入れがいいので、立派なビンテージである。自他共に認める派手な面立ちの希美に、そのブランドづくしの装いはぴったりだった。

 待ち合わせは家の最寄り駅で、迎えにきた彼は外車のロードスターで颯爽と駅の車寄せに乗り込んできた。

 長身で、顔は顎がやや張っているがハンサムの部類で、服や時計など、身につけているものもシンプル、シック。

 話してみると、年上らしくうまく会話をリードしてくれ、育ちの良さを感じさせた。しかし、デートが日課のような百戦錬磨の希美が、度肝を抜くには至らない。

 彼はよほど自信があったのだろう。デートは最初から直球だった。

 までドライブし、水族館へ。新鮮な海の幸が自慢のレストランは予約済み。オーシャンビューのテラス席で遅めのランチのあと、鎌倉を散策し、老舗の甘味処で一休み、元町でショッピング。ここでも予約していたビストロで夕食を済ませ、大観覧車や横浜の夜景を一望するホテルのバーで乾杯した。

 イルカショーの話や、食べたあんみつの感想など交わしながら、二杯目もそろそろ飲み終わるという頃。相手はテーブルに部屋のカードキーを置いた。

 今日の、綿密に立てたプランをクリアしていくようなその気合の入った本気デートに、中盤あたりから「まさか」とは思ったが、ここまで予想が的中すると、って清々しい。最初のデートでベッドのお誘い。驚きはなかった。こんな場面は過去に嫌という程経験済みだ。だから、希美もにっこり微笑んで、いつも通りのセリフを口にした。

『結婚前提のお付き合いでしたら、喜んで』

 笑顔のまま頭の中で数を数える。いち、に、さん。それから、軽く首をかしげた。

 すると固まっていた相手は、急にバツの悪そうな顔をして、「あ、電話が……ちょっとごめんね」と上着のポケットを探った。彼が席を立ってから、十五分経過しても希美の元には戻って来なかった。

 簡単にヤれない女とわかったから、早々に引き上げた。

 怒りより、重いもので心が苦しい。すごく濃厚な無力感のようなもの。「ヤリ逃げ」は未然に防いだはずなのに、『結婚前提ほどの価値はない女』という烙印をしっかりと押された侮辱にはどうしても慣れることができない。

 もう、何度も、嫌という程それは押されてきた。「またか」と思うが、そんなことが繰り返されるたび、男を侮蔑する気持ちはますます大きくなり、自己防衛の壁は厚く塗り固められた。

 希美は二十六歳。この歳で決めるのは早いと思うが、結婚願望は強くない。こんな風に男の本音を散々見せられて、どうして結婚に夢が持てるだろう。

 確かに、人より目立つ顔立ちだと自覚している。色素の薄い肌と髪。まつげの長い、くりっとした猫目。高い鼻は微妙に鷲鼻だが、そのため一層ハーフっぽく見られる。ぽってりと厚く、めくれたような唇。

 子供の頃にしっかり歯列矯正したおかげで、顎は黄金のEライン。整形美人と嫌みを言われるのも、すっかり慣れた。

 顔だけじゃない。スタイルも自信がないといえば噓だ。胸のサイズはDカップ、キュッとくびれたウェストにツン、と引き締まったヒップ。

 遊び慣れている女。誘いやすい女。連れて歩くに最高の女。自分を誘う男たちの頭の中身はダダ漏れだ。

 毎回こんな風にめな思いをするなら、誘いなど受けなければいい。自分でもそう思う。でも、「今度こそ。この人は私と真剣に付き合ってくれるはず」という期待に、声をかけられた途端、「断る」という選択肢は瞬殺されてしまう。

 それに、希美だって女だ。異性に「綺麗だ」と褒められ、持てされるのは悪い気分ではない。だから、たとえ彼らが最初から下心を匂わせていても、希美はデートを楽しんだ。

 派遣の仕事を選んだのは、人間関係でトラブルがあっても、どうせ契約期間が満期になれば、辞められるからだ。日々無事平穏に、職場で笑いを振りまいて、楽しく過ごせればいい。変に彼らからの誘いを断って、自ら職場の雰囲気を悪くする必要はない。

 そんな希美の気持ちを知らず、誘いを断らない自分を「すぐにヤれる女」と男たちが誤解するのも無理もなく、デートの終盤に体を求められ、『結婚を前提に……』と切り出す希美の常套句も、半分は冗談だった。

 それは一種の保険のようなもので、それくらいの覚悟がある人となら、全てを、こんな理由から二十六年熟成し続けたプレミアム処女を捧げてもいい。いや、そんな上から目線ではなく、よろしかったらもらってください、是非是非、くらいの気持ちだ。

 結婚を考えるのは、付き合いが始まってからでいい。付き合ってダメなら、仕方がない。だから、希美が理想の男性像に求めるものも高くない。

 ただ、自分を好きになってくれる人。

 自分だけを好きになってくれる人。

 願いはそれだけなのに。


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