突然ですが、御曹司の妻になりました。

立花実咲

◆1 いきなりプロポーズ (3)

 三十歳を過ぎても未婚のまま働く女性は年々増えているようで、いざ結婚したら高齢出産の時期が迫っているといった状況が待ち受けている。もしも不妊症の疑いがあった場合、そこから治療を始めるのは心身の負担が大きいとの問題点も挙げられるようになってきている。

 三十代で子どもが欲しい人ならなおさら悠長に恋愛をしてから結婚というふうに段階を踏んでいる暇はなく、まずは結婚を前提にしてお付き合いをするという真逆の考え方がこれから増えていくことになるのかもしれない。

「ちっとも景気はよくならないし、最初から子どもは作らないって決めてる人もいるし、欲しくてもできない人もいるし、こればっかりは授かった運命次第になるんだろうけどね」

 咲良の話は、奈緒にとっても興味深い内容だった。

 数年前は「婚活」とか「お見合いパーティー」という言葉が世間に広まり、まずは結婚相手を探そうという風潮があった一方、子どもを授かったから結婚するという順序を無視した結婚について、世間はあまり好意的ではなかった。

 ところが深刻な少子化問題がニュースで流れるようになると、社会に出ている共働きの女性の「妊活」という言葉が浸透しはじめ、独身の女性に至っても、妊娠してから結婚するということに対して、数年前に比べると、世間は冷たい目で見なくなったし、そればかりか、女性の社会進出によって、夫がいなくても子どもだけは欲しいという女性も増えつつあるのだという。

 この間、実家に顔を出したとき、たまたま見たニュースで、外国では代理出産が盛んだとか、卵子および精子バンクを利用して、シングルマザーとして働く女性がクローズアップされ、母が『時代は変わるものね』としきりに驚いていた。

 奈緒も女性として生を受けた以上、結婚したら子どもを産みたいと思う。でも、子どものために結婚するという考えには至らない。

 データを照合するような形で誰かとむりやりに結婚するのではなく、やはり好きな人と自然に恋に落ちたいし、相思相愛になったら結婚したいと思う。そういう考えは、今の時代からすると古いのだろうか。そして甘いだろうか。

「立派な式を挙げたいだとか、ハネムーンはヨーロッパ一周したいとか南の島に滞在したいとか贅沢は言わないから、せめて結婚したいし、子どもも欲しい。でも、私の場合は……それ以前の問題が山積みなんだよね」

 言葉では否定しているくせに、つい頭の中で贅沢な妄想を繰り広げてしまい、そんな自分に呆れて乾いた笑みがこぼれる。

「なんで、もったいないことするかねー男どもは。見た目と中身のギャップっていったら、女からしたら最高に萌える案件なんだけど。男はから理想の塊ばっかり押し付けるんだから、ほんと自分勝手よね。好きな人の趣味が理解できないから別れるとか、そういう考え方の方が理解できないけどなぁ。受け入れて、歩みよるってことも大事じゃないの」

 咲良は奈緒のために怒ってくれる。それだけが奈緒にとって救いだった。

 朝礼という声が聞こえてきて、二人は振り返った。部長がフロアに入ってきたところだ。

「なんだか熱くなりすぎたわ。むきになってまじめに語りすぎよね」

 咲良は我に返ったらしく、ほんのり照れた表情を見せる。

「ううん。ちょっと気が楽になったよ。ありがとう」

「まあ、あんたの話にはまたゆっくり付き合うよ」

「私のことよりも、咲良の彼氏の話も聞かせてよ」

「別に、こっちは面白いネタなんて何もないわよ」

 咲良はそっけなく言うけれど、彼女は案外恋人にはやさしく尽くすタイプであることを、奈緒は知っている。文句を言っていることもあるが、なんだかんだ安定しているのだろう。

「いいのいいの。ほのぼのとした日常の話題を聞きたいよ。私は、殺伐としたくないから、過去の話はもうしないよ。それ以外の話題ならいくらでもする。新作アプリゲームのおすすめとか感想とか?」

「それはそれで聞きたいけどさ」

 と、咲良は笑った。

 過ぎ去ってしまったことをいくら悔いても、元には戻れない。友人に愚痴を聞いてもらうことですっきりすることはあるかもしれないけれど、これ以上自ら沈んでしまうようなことは避けたかった。

 さて、仕事がはじまったら、目の前のことに集中しなくてはと、予定表を確認しながら、奈緒はモチベーションアップを図る。

 何もかもうまくいかないのではやりきれない。プライベートでも仕事でもいいから、せめて、自分自身に誇れるものを一つでも持っておきたい。

 ブライダル事業部内の企画部に在籍している奈緒の担当業務は、主に系列ホテルの挙式プランの構成を考えることだ。

 自社の式場のほか連携している式場のブライダルアテンダントに企画を持ち込んだり、広報部と協力して企画イベントを立ち上げたり依頼したりする。また、直接現地の会場に足を運んで、結婚式場の様子を視察したり、演出のサポートをしたりする役割なども果たしている。

 現在、来年および再来年に向けた新プランのプロジェクトが始まっており、奈緒はチームの重要なポジションを任されている。成功すれば、さらに大きな仕事を任せてもらえるかもしれない。そんなふうに上司には言われている。

 奈緒は別に大きな仕事が欲しいから頑張っているわけではない。期待には応えたいと思うが、何より自分が好きではじめた仕事をやれていること自体に生き甲斐を感じているのだ。

 奈緒がこの仕事を選んだきっかけは約十五年前の中学生の頃に見た、両親の結婚式だ。

 奈緒の両親はお腹に奈緒がいたことがわかってから入籍だけを済ませ、結婚式を挙げるタイミングを逃してしまったらしく、結婚記念日を迎える日に、父が母にあらためて挙式をしようと提案したのだ。

 今さら結婚式なんてと、親族に笑われてしまっても、母のために式を挙げたいという父の気持ちは変わらなかったし、母は喜んでウェディングドレスに袖を通した。

『若い身体じゃないから、恥ずかしいわ』と母は言っていたけれど、そのとき奈緒は、母のウェディングドレス姿がとても綺麗だと思った。

 その日、照れたように笑顔を咲かせる二人の姿が、奈緒の記憶にはしっかりと焼き付いている。

 当時、両親の挙式プロデュースを担当してくれたブライダルプランナーの女性がとても親身になってくれる人で、せっかくだから一生の思い出に残るようにと色々演出に力を入れてくれた。

 両親の幸せそうな姿を見た奈緒は嬉しかったし、その幸せを生み出してくれた女性に対し、なんて素敵な仕事をしているのだろうといたく感銘を受け、尊敬した。

 奈緒にとってプランナーの女性は初めて『同性への憧れ』という感情を与えてくれた人だった。憧れはいつしか奈緒の志に変わってゆき、今の職業に繫がっている。

 自分がプランニングしたり構成を考えたりと関わる仕事によって、たくさんの新郎新婦の笑顔を生み出せたら嬉しいと思うし、より多くの人と幸せを共有していきたい。その想いが、奈緒にとっての原動力となっている。

 入社して七年。数え切れないほどの結婚式を見てきた。そのどれもが素晴らしかったと思う。けれど、自分のことに関してはからっきしだめだった。

 結婚に憧れている自分が、三十目前まで誰とも結婚しない未来を迎えているだろうとは、あの頃の自分は思ってもみなかった。

 二十五歳くらいにはとっくに結婚し、翌年には子どもができて、幼稚園児になった子どもの送り迎えをしているだろうと想像していた未来と同じ年齢になってしまっているが、まったくそれらの予定はない。

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