愛を込めて料理を作ったら、素敵な社長にプロポーズされました

南咲麒麟

第一章 運命の料理コンテスト (3)

 それをひと煮立ちさせてから火を止め、コンロから外して静かに横に置いた。

(よし、これでオッケー)

 煮物は冷えていくときに味が染み込んでいく。最初にこうしておけば、すべての料理が完成する頃にちょうどいい、温度と味に仕上がってくるはずだった。

 次に取りかかるのは千切りキャベツだ。均一に細く切ることが、食べたときの食感のよさに繫がる。隠し味にキャベツと同じように細く切ったセロリをほんの少し、それからイタリアの野菜、ルッコラも混ぜ込んでおく。これで普通の千切りキャベツよりもグッと存在感が増し、つけ合わせというよりもサラダを一品食べたような気持ちになる。

 残りのキャベツは一口大に手でちぎり、味噌汁用の鍋の中へ入れた。黄金色にうっすら色づいた出汁の中で、キャベツが気持ちよさげに揺れている。

 このあとにワカメ、それから味噌を入れるのだが、そのタイミングはまだ先だった。

「大丈夫。大丈夫。これまではまだ、一度も失敗していないよ」

 人前で調理をするというプレッシャーに負けないよう、小さな声で自分を励ます。

 昨日、祖母と相談して選んだメニューは、食堂で定番の『豚の生姜焼き定食』だった。

 コンテストに出す料理としては地味過ぎないか心配だったが、いつも作っている料理の方が緊張しなくていいから、という祖母のアドバイスを素直に聞くことにした。

 さらに『男の胃袋を摑むには、肉じゃがか豚の生姜焼き』というアドバイスもあったのだが。

(でもその、男の胃袋がどうのこうのっていうのは別に……全然、関係ないし)

 どきどきしながら、ちらりと審査員席の方へ視線を向ける。

 理事長である朝木のおじさん。副理事長であるクリーニング屋のおばさん。それからなぜか、野球のユニフォームを着た小学生が三人、ひとつの席に窮屈そうに身を寄せ合っていた。その隣には、選挙になると商店街でよく演説をしている市議会議員のおじさんが、やけに周囲に愛想を振りまいている。そして──。

「!」

 一番はしに、朝木葉一朗が不機嫌そうに座っていた。

 実際に目にするのは十年振りぐらいだったが、生真面目そうな瞳と端正な顔立ちは、学生の頃から変わっていない。変わったのは逞しく大人びた身体と、百八十センチはあろうかという長身だった。

 彼の座る席の前には、中二の頃からのファンとおぼしき女子や、あきらかにIT社長狙いの女子などで埋め尽くされている。彼女たちを見ながら三葉は「やっぱり今でもモテるんだなあ」と感心してしまった。

(いけない! 今は料理のことだけを考えなくっちゃ)

 自分に言い聞かせて、手元へと意識を集中させる。

 ふたつあるうちのひとつのコンロでは、土鍋で炊いた米がフツフツと気持ちの良い音をさせていた。吹きこぼれのないように微妙に火加減を調節する。

 次に、厚めに切って昨日からタッパーに漬け込んでおいた豚のロース肉を取り出した。

 みりんと醬油、それから生姜の混ざり合ったシンプルな香りが三葉の鼻孔をくすぐる。

 しんなりした肉をまな板の上に置いて、キッチンペーパーで余分なタレを拭き取った。こうしておかないと肉を焼くときに焦げやすくなってしまう。

 フライパンを熱し、少量の油を垂らした。そして片栗粉をわせた肉を軽く叩いてから、丁寧に並べていく。

 最初は粉っぽさが目立つが、やがてフライパンの油と豚肉の内側から染み出る肉汁とがしっくりと馴染んできた。

 火の通りを確認しながら、焼けた箇所からひっくり返していく。

 その間に、味噌汁用に切っておいたワカメを入れた。キャベツと共にお玉でゆっくりとひと混ぜし、おばあちゃん手作りの味噌を入れる。そして火を止めておいた。

(よし、お肉たちもいい頃合いね)

 出来上がりが近づくと、肉の焼ける音が少しだけ変化する。三葉はそれに耳を澄ませ、タッパーに残ったタレを一気に流し込むだけでよかった。

 フライパンからじゅうぅというなんとも美味しそうな音がれ出す。甘辛い醬油と生姜の匂いが湯気と共にふわりと立ち上り、三葉を幸せな気持ちにさせた。

 あとは豚肉に照りが出るまで、ゆっくりと煮立たせれば完成だ。

 その間に三葉は、手早く五人分の皿を出し、炊きたてのご飯と味噌汁をよそった。

 皿の三分の一程度に千切りキャベツを盛り、脇に冷やしておいたトマトとキュウリを並べる。手作りの青じそのドレッシングは上の部分だけにほんの少し。あとは生姜焼きのタレで食べてもらえたら嬉しい。

 それから小鉢には、しっかりと味を含んだ小松菜と油揚げの煮浸しが添えられていた。

 やがてフライパンの中のタレが煮詰まり、生姜焼きに美しい照りが表れる。

「……よし」

 それを確認して、三葉は火を止めた。各皿に出来たての生姜焼きを盛りつけていく。余ったタレも残らずソースとして肉の上にかけた。

 自分でいうのもなんだが、上出来だった。審査員からどういう評価が下るかは分からないが、それでも自分に出来ることはすべてやり尽くしたという満足感がある。

 ほっと一息つくと、三葉はコンテストのルールに則り、手を上げて料理の完成を知らせた。

(さすがに優勝は無理だろうけど。でも、満足のいく料理は作れた気がする……!)

 やがて審査員による試食が始まり、最終の審議が行われた。

 三葉なりに心を込めて作った豚の生姜焼き定食だったが、ライバルたちの料理はけるようなオムライスやカレー粉をベースにした唐揚げ、飾り切りの見事だった創作寿司など、皆派手やかで美味しそうな品ばかりである。

 その中で三葉の料理はあまりにも庶民的で個性に乏しかった。

 審査員は十ある持ち点を気に入った料理に振り分けることが出来るので、それぞれ美味しいと思った料理に数点ずつ入れている。

 理事長は創作寿司に一番多くの点を入れていたし、野球のユニフォームを着た小学生たちには唐揚げが大人気だった。

 三葉の料理にはそれぞれ三点、もしくは四点ばかりが入っていた。けれど。

「優勝は……白瀬三葉さんでーす」

 司会のお姉さんに名を呼ばれるまで、三葉は自分が一番だと思ってもみなかったので驚く。

 顔を上げた先には、満足したように黙ってく葉一朗の姿があった。なんと彼は持ち点の十のすべてを三葉に入れている。

(……なんで?)

 勝利の要因は分からないが、三葉の料理を勝たせてくれたのは明らかに葉一朗である。

 思い起こすと、試食のときからすでに兆候はあった。

 それまで不機嫌で、どことなくヤル気のなかった葉一朗の表情が、三葉の料理を口にしてから一変したのだ。そして生姜焼きはもちろん、ご飯や味噌汁、小鉢やつけ合わせのキャベツに至るまですべてを驚きの速さで完食してしまった。

 コンテストには全部で八人もの参加者がおり、審査員は料理を食べる際、一口ずつ味見をするだけでよかった。葉一朗だって、他の参加者の料理は申し訳程度に箸をつけてあとは残している。それなのに。

(葉一朗さん、豚の生姜焼きが大好物なのかなぁ)

 その食べっぷりがあまりにも凄まじいので、三葉は呆気に取られながら見ていた。

 そして葉一朗はわずかの迷いもなく、持ち点十のすべてを三葉の料理にだけ使い、結果的に三葉の優勝が決まったのだ。

(もしかして、もしかすると)

 昔馴染みのよしみで特別に点を入れてくれたのかもしれない。

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