学園の黒王子にカノジョ指名されました!!

立花実咲

◆第一話 春の嵐 (3)

 沙良はきっぱりと否定した。ない。あるわけがない。だって私の好きな人は……。

「じゃあ、誰かと付き合ったことはあるのか?」

 まっすぐな目に捉えられ、沙良はドキッとする。

 誰かと付き合えるはずなんてない。好きな人は今も昔もたった一人。目の前にいる人だけなんだから。

 心の中を見透かされてしまいそうで、澄んだ瞳に見つめられているのが耐えられなくなって、静かに首を横に振った。

 すると、湊斗はようやく表情を緩め、沙良に近づいてきた。

 ふわり、と鼻腔をかすめたのは、桜の匂いか、それとも……彼のつけている香水か。それを感じたとき、トクンと小さく鼓動が跳ねた。胸の中がさっきから風に吹かれた葉のようにざわめいている。

 彼の手が伸びてきて、沙良は目をめた。

「な、なに?」

「髪に、花びらついてる。絡まってとれなくなりそうだから」

 湊斗の男らしい節くれだった手が、沙良の前髪にさらりと触れた。

 沙良は彼を見上げたまま、動けなくなった。

(こんなに背が高かったっけ? 肩幅もすごく広くなってる気がする……)

 喉仏もしっかりしたし、声も落ち着いた低い声になった。

 あの頃より十センチ以上は伸びているだろう。目線がだいぶ変わったし、見上げていると顎の下がちょっと痺れるぐらいだ。

 サラサラの前髪からのぞいた凛とした二重の双眸は変わりないが、全体的に輪郭がシャープになって骨っぽくなったというか引き締まったというか、精悍さが増した。意識したら急に心臓の音がドキドキと速くなってきた。

(男の子って、やっぱり、すごく頼もしい生き物なんだ……)

 この感覚、中学に入ったときにも、感じたことがある。

 小学生の頃までは沙良の方が大きかったのに、中学生になってからあっという間に追い抜かされた。沙良が先に習った稽古ごとやスポーツは、いつの間にか湊斗の方がずっと巧くなっていて、湊斗が成長するたびにおいていかれるような気がして、悔しかった。

 バスケ部のエースとして活躍していた彼には、数えきれないほどのファンがいて、一日に一回は女の子が告白していたと思う。毎年文化祭で行われるミス&ミスターコンテストは三年連続ナンバーワンに君臨し、「学園の王子様」と呼ばれていた。

 きっと、家が隣同士で幼なじみという奇跡的なポジションがなければ、女子力平均点以下の沙良が彼と一緒にいられることはなかっただろう。

 高校生、大学生、社会人……と世界が広がれば、幼なじみの枠のままではいられなくなるだろうと思うと、寂しくて。誰より近くにいたのに、誰より遠く感じることが多くあった過去の日々。

 二年前に接点がなくなって縁が途切れたと思っていたから、もう一度、彼とこうして会えたことが、何よりもうれしくて、目頭がじんと熱くなり、泣きたくなってくる。

「もう一生会えないんじゃないかって思ってた。まさかここで湊斗に会えるなんて……びっくり……夢の中にいるみたい」

 会えてうれしいのに、胸が苦しくて言葉にならない。

 湊斗の見つめる瞳もどこか熱っぽく、沙良の様子をっている。

 沙良はハッとしてなにか言わなきゃ、と会話を探したのだが、

「バカ、沙良」

 と唐突に言われ、思わずむっとした。

 けれど、湊斗が切なそうな顔をしていたから、からかうための言葉じゃなかったのだと察して、息を呑んだ。

 湊斗がじっと見つめてくる。まるで愛おしい生き物を見るかのように。

(なんで、そんな顔するの……? どうしていいかわからない)

 心臓の音がどんどん速くなってきて、首筋のあたりまで激しく脈を打っている。

 黙ったまま見つめていたら、湊斗の手が伸びてきて、彼の長い指先が沙良の頰につっと触れる。びくりと反応した時には、目の前に彼の唇が迫っていて、沙良の思考は一時ストップした。

(……え?)

 あたたかくて、やわらかい……唇の感触がする。

 湊斗の顔がすぐ傍にあり、前髪同士がさらりと触れ合っている。彼の長い睫毛は伏せられたまま、その下から覗かせている澄んだ瞳が甘い視線を注いでいた。

 沙良は声すらも出すことができないまま、湊斗を見つめ返した。

(今、何が起きたの……?)

 唇はすぐに離れていったけれど、彼は至近距離のまま動かない。彼の熱っぽい視線は、まるで獣みたいだ、と思った。

「……っ!」

 沙良はとっさに自分の唇に手をあてがう。泣きそうになっていた涙が一瞬にして引っ込んでしまった。

「ど、どうして……き、キス……なんか……」

 パニックになる沙良を尻目に、湊斗は姿勢を正し、さらっと言い返した。

「おまえが、泣きそうな目でじっと物欲しげに見てくるからだ」

「は、はあっ!? 物欲しげになんか……み、見てないっ……何言ってるの? し、してほしいなんて思ってないし!」

 かぁぁっと火を噴く勢いで赤くなる沙良を見て、湊斗はいたずらっこのような顔をする。

「バカ沙良。今のは、ちょっとした挨拶のキスだ。このぐらいで動揺するなよ」

 ……挨拶のキスと聞いて、沙良は拍子抜けするのと同時に猛烈に恥ずかしくなった。バカばっかり言われるのは心外だけど、今のはほんとにバカだった。

「なっ……帰国子女のあなたに言っときますけど、ここは日本です! 勝手に……されたら、誰だってびっくりしますし、赤くなります! 以降、気をつけてください」

 必死に抗議する沙良の唇に、湊斗の人差し指がちょんと乗っかり、うるさいおしゃべりを止めさせた。

「べつに、そこまで全力で否定しなくても。それに、初めてじゃねぇだろ。俺たち、キスぐらいしたことあったろ」

 もどかしげに言う湊斗の寂しげな表情を見て、沙良は言葉を失くす。

 それを言われると辛い。

 たちまち気まずくなり、一気にシンとしてしまった。

 湊斗はハッと我に返り、沙良の頭をぐりぐりと撫でた。

「とにかく、新学期から俺はここに通うことになった。それから、おまえをあいつのものにさせる気はない。以上」

「どうして、そんなこと言うの?」

「そんなの当たり前だろ。おまえは、俺のだからに決まってんじゃん」

「なっ」

 反論を受け付けまいと、湊斗はくるりと背中を見せてしまう。そのまま校門の方に歩いていこうとするので、沙良はてて彼についていった。

「あ、待って!」

 新学期から一緒にここに通える? 本当に?

 沙良の頰にぱあっと色味がさしこむ。飛び上がるほど嬉しい気持ちとはうらはらに、否、嬉しすぎるからこそ、素直じゃない言葉がこぼれだす。

「さっきの。私をものみたいに言わないでよね、バカ」

「はいはい。センパイの俺にバカって言えるのはおまえぐらいだったな」

「自分だって言うじゃん」

「俺はいーの。まあ、とりあえず、部活終わったんだろ? このまま帰ろうぜ」

 そう言い、湊斗が手を伸ばしてくる。そのまま強引に手を繋がれてしまった。

(なんで手を繋ぐの。これじゃあ、カップルみたい……)

 反論したかったはずなのに、大きな手にすっぽりと包まれてしまったら、言う気が失せてしまった。

 さっきの勢いはどこへいったのか、ゆったりと歩きはじめる彼に気が抜けてしまう。

 節くれだった指先が触れるたび、ドキドキする。こんなに熱い体温だったっけ? あの頃と違うところを見つけるたびに寂しくなる一方で、離れていた時間を早く埋めてしまいたい衝動に駆られた。

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