学園の黒王子にカノジョ指名されました!!

立花実咲

◆第一話 春の嵐 (2)

「ああ、おまえには、そのうち暇があったら自己紹介してやるよ」

「そのうちって……おいっ!」

 男は河島の声を振り切るようにを返し、沙良の手を引っ張って駆けだした。

「ちょっ……!」

「いいから走れ」

「は、走れって!?

(突然やってきて、なんなの──っ!?

 愉快そうに口端をあげた横顔がちらちらと見える。キューティクルつやつやな黒髪が風にさらりと吹かれ、精悍な顔立ちがキラリと午後の陽に輝いて見える。

 ワンショルダーのボディバッグを斜め掛けにした男の広い背中を眺めながら、沙良はなぜだかデジャブを感じた。

 たとえるのなら、中学時代に参加した借り物競走のときのような……。

 ふたりは河島の怒声から逃れ、全速力で駆けていく。

 だが、男のストライドには敵わないし、脚がうまく回転しない。

「待って、そんなに速く走れないっ」

 足がもつれそうになりながら、沙良は息を弾ませて男に抗議した。

「おまえ、本当に運動部のマネージャーか」

 男がもどかしげに舌打ちをする。彼の偉そうな態度に沙良はムッとした。

「そんなこと……言ったって! あなた誰なんです? 意味わかりません! どうして河島センパイから逃げなくちゃならないんですか……!」

「何言ってんだよ。おまえ、あいつにむりやり迫られて困ってたんだろ?」

「はっ? もしかして勘違いしてます!? あの人は、そんなことしませんよ! だから、放してくださいっ」

「そんなのわかんねぇだろ。男なんてみんなケダモノだ。その気がないんなら、きっぱりと振らないと面倒なことになるぞ」

「……っ面倒なことにしてるの、あなたですっ!」

 一体いつまで走ればいいのか、息が切れて苦しい。

「もうだめ、これ以上走れない!」

 沙良が男の手をぐいっと引っ張り返したところで、ようやく彼は立ち止まった。

 桜並木がある校庭のあたりまで走ったらしい。河島といたところからはもうだいぶ離れている。中途半端な状態で悪いことをしたと思う。明日会ったら謝らないと……と、そこまで考えて、だんだん腹が立ってきた。

「あのっ……もういいですからっ! あなたはうちの学園の人じゃないですよね? ヒーロー気取るなら、名前ぐらい教えてください」

 息が切れるし、胸が苦しい。桜の木によろよろとしがみつきながら尋ねると、途端に彼は不機嫌そうに口を曲げ、沙良の目の前に立った。

「他の男にうつつ抜かしてないで、そろそろ俺に気付いてもいいんじゃねーの? 沙良」

 男の低い声が、鼓膜に甘い余韻を響かせる。

 沙良……と名前を呼んだ彼を、信じがたい想いで、見上げた。

「……え?」

 桜の木を背にした沙良は、逆光で影になった彼の輪郭を視線でなぞる。

 早咲きの桜の花びらが一枚ひらり、と舞い降りる中、彼のシルエットがようやくはっきりと浮かび上がってきた。

 沙良は彼の正体を知った途端、思わず息を呑んだ。

「まさか」

 さらさらと流れていくサイドの髪からみえる、銀色のフープピアスに、再びデジャブを抱く。左右対称の綺麗な造作をした細面の顔。一見優男に見えるが、凛々しい眉と涼しげな二重の双眸には勝ち気な彼の性格がよくみでていて、口角のあがった形のよい唇には、やんちゃそうな雰囲気が漂っている。

 いやみなほど整ったこのイケメン顔を、見覚えがないわけがない。

 でも、頭の中が混乱してうまく解答を導きだせなかった。

 だって、まさか、そんなはずがないよ。二年もの間、ずっと夢を見ていたのに叶わなかったんだから。そうだよ、そんなわけがない、と沙良は言い聞かせる。

 けれど、彼以外には思い当たらない。

 もしかして……もしかして……期待で胸が高鳴っていく。

 彼の名が、ぐるぐると頭の中を駆けめぐっていく。

「センパイと言ったら? あいつよりも俺を思い出せよ」

 センパイ。

 モチヅキ……センパイ。

 モチヅキ、ミナト……。

 ずっと封印していた名前が、ついに解放された。

「ええっ! み、……みなと……!?

「ガッコの中では、望月センパイ、だろ? 気付くのおせーよ、バカ」

 目の前の男はそう言い、満足そうに顔をくしゃりとして笑った。

「うそ、だって、そんな……ほ、ほんもの?」

 沙良は大きめのネコ目をさらにぱちくりとさせて、彼の頭のてっぺんから足元までを眺めた。そんな沙良の様子に苦笑して、湊斗は肩を竦める。

「……幽霊でも見たって顔すんな。正真正銘、本物だよ。つーか、仮にも幼なじみなら、俺を他の男なんかと間違えるな」

 コツンと小突かれて頭を押さえる。

 時間を巻き戻せたらいいと願いつづけた日々──。

 ずっと会えなくて、もう一生会えないんじゃないかと思っていた。なのに……。

「だって、信じられなくて……いつ、こっちに帰ってきたの?」

「今日、帰ってきたばっかりだ」

「えっ……きょ、今日!?

「そ、時差ボケでだるいのなんの……。そんな中、おまえに一番に会いに来たんだから、もうちょっと喜べよな」

 湊斗は偉そうに言いながらも半分ねたような顔で、沙良の頰をぷにっと摘まんだ。

「いひゃい」

 でも、おかげで夢じゃないってわかった。

「へんな顔」

 湊斗は屈託なく笑った。

「み、みなとが、そういうことするからでしょ?」

「相変わらず、おまえのほっぺた柔らかくて、摘まみごこちがいいから」

「もう、そっちこそ帰ってきてそうそう遊ばないで!」

 沙良は改めて、彼の顔を見つめた。

 勝ち気な目元、やんちゃな仕草……それらには、間違いなく面影がある。

 けれど、二年前と比べ、だいぶ大人っぽくなった。中学三年から高校三年という時期は、男の子の成長が著しい時期なのだから、沙良が気付けなくても無理はないだろう。

 あの頃よりもグンと背が伸びて、顔の輪郭がシャープになった。よりいっそう男らしくなった彼が眩しすぎて、沙良はただただ戸惑うばかり。

 彼、望月湊斗は、沙良の隣の家に住んでいた幼なじみで、学年は一つ上。中学のときは、バスケ部員とマネージャーの関係だった。

 学校では先輩後輩の仲でもあるため「望月センパイ」と呼び、二人のときは「湊斗」と呼ぶようにしていた。

 いつからか意識するようになって、いつの間にか幼なじみが恋の対象に変わった。沙良にとって初めての恋だった。

 けれど、一度も告白することもないまま、湊斗が中学三年の卒業式前に親の転勤でロサンゼルスに発ってしまい、それ以来、接点がなくなってしまっていた……なのに。

(ずっとずっと会いたかった湊斗がここにいる……)

 胸の奥を抉るような痛みが、懐かしさを伴った淡いときめきに変わっていく。沙良は目頭が熱くなるのを感じながら、高校生になった湊斗を見つめつづけた。

「……で、久しぶりの再会を果たす前に、おまえが男から告白されてる場面に遭遇するとか、なんの冗談なんだと思ったわ。マジありえねー」

 いじわるっぽく言う湊斗の声に、沙良は我に返った。

「誰かさんにすっかり勘違いされて、邪魔されましたけど?」

「ふうん。俺がいなきゃ、OKしたのか?」

 ちくちくした視線が痛い。

「そうじゃないよ。断るときだって、礼儀っていうものがあるでしょ? 相手は部活のセンパイなんだし……」

 沙良が口ごもると、湊斗が不機嫌そうに口を曲げて言った。

「今までもそういうことあったのかよ」

「ないよ」

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