学園の黒王子にカノジョ指名されました!!

立花実咲

◆プロローグ / ◆第一話 春の嵐 (1)




◆プロローグ




『おまえに大事な話があるんだ』

 あのときに渡された手紙は、読もうとする前に奪われて、花吹雪のように空に舞い、指先からすり抜けていった。

 散り散りになった紙片を必死にかき集め、パズルのように幾つもぎ合わせたけれど、見つけられたのは一欠片だけ。

『俺が卒業しても、寂しがらないで元気でいてほしい。それから、俺はおまえのことが──』

 その先がどうしても読めなかった。手紙は、引き出しの奥に大切に仕舞ってある。

 あのとき、本当はなんて言おうとしたの? 手紙にはなんて書いてあったの?

 伝えたかったことは「さよなら」本当にただそれだけだったのかな?

 思い出すたびに胸がちりちり痛くて、彼への想いで体温が上昇する。

 あれから二年経過してもまだ、忘れられなくて──




◆第一話 春の嵐




 春休みも残すところあとわずかという日。英花学園高等学校二年、バスケ部のマネージャーである来栖沙良は、色とりどりの絵具やマーカーを片手に持ち、大きな模造紙に『新入生歓迎』という文字を大きく書きはじめた。

「んー……こんなもんかなぁ?」

 けして器用とはいえない腕前だが、とりあえず『バスケ部』の文字だけは目立っているからヨシとする。

 沙良は体育館脇にある部室前にいた。

 体育館の中では新三年生と新二年生が練習していて、時折、部員たちの掛け声とバッシュが床を擦るスキール音が心地よく響いてくる。

(二年生かぁ。高校生活も、あっという間だなぁ)

 甘酸っぱい春の匂いを嗅ぎながら、感慨にっていると、どこからか、ひらひらと桜の花びらが舞った。

 体育館脇から校庭をぐるりと囲うように並んでいる桜の木々がを膨らませ、日当たりのいいところでは既に薄紅色の花びらをちらつかせている。青々とした空の下、グラウンドでは皆それぞれ部活動にんでいるところだ。

 あと三日もすれば入学式。オリエンテーションでは部活案内があり、どの部活も新入生勧誘に力を注ぐことになるだろう。沙良もマネージャーとしてやれることを頑張らなきゃと気合を入れる。

「マネージャー! ミーティング」

 体育館のドアが開いて、部長から招集がかかると、沙良は「はーい」と大きな声で返事をした。

 ミーティングが終わったら、各自ストレッチと片づけをして解散だ。

 とりあえず新入生歓迎用の看板は乾かしておくことにし、急いで体育館に戻った。

「お疲れ様でしたー」

「おつかれしたー!」

 三十分後、部員たちの元気な挨拶が響きわたり、やかだった体育館が少しずつ静かになっていく。

 部員たちを見送ったあと、沙良は看板を回収し、女子更衣室で制服に着替えはじめたのだが……ふと、いつも首にぶら下げているホイッスルがないことに気付いた。

「あれ? どこに置いたんだっけ? 落としたのかな?」

 とりあえず着替えを済ませ、体育館の方に戻ることにする。さっきモップがけしたばかりのコートは綺麗に磨かれていて、ゴミひとつ見つからない。

 沙良はうーんと考えをめぐらせ、ピンときた。新歓用の準備をしていた時に落としたのかもしれない。

 急いで体育館を目指すと「来栖」と声をかけられ、沙良は弾かれたように振り返った。

 体育館から出てきた三年の河島が「お疲れ」と手を挙げる。彼が手にもっているものは……沙良が捜していたものだった。

「おまえの忘れもん。この新歓用のボードの脇に置いてあったよ」

「わあ、ちょうど捜してたんです。助かりました! ありがとうございます!」

 子犬が尻尾を振るかのようにポニーテールを揺らしながら飛んでいくと、河島は沙良の広げた手のひらにホイッスルをポンと置いてくれた。

「足止めさせちゃって、すみません」

「あ……いや、実は、俺さ、おまえに話があって、戻ってきたんだ」

「なんですか? あ、新歓PRのセリフがまとまったとか?」

「いや、違う。そうじゃなくって……さ」

 河島のにうっすらと赤みがさしこんでいく。こんな表情をする彼は初めてだ。沙良は思い当たる節がなく、なんだろうと首をかしげる。

 河島は茶髪をかきあげつつ、照れくさそうに口を開いた。

「……俺さ、前から、おまえのことが気になってて、その……今、おまえが付き合ってるやついないなら、俺と付き合ってくれないか……って言いたかったんだ」

「え……!?

 思わぬ告白に衝撃を受け、沙良の方まで伝染したように顔が赤くなる。

「あの……えっと……」

 河島のことは後輩想いのやさしい先輩だと思うが、今まで特別な感情を抱いたことはないし、まさか好意をもたれているなんて気付きもしなかった。

「誰か好きなやつ、いるのか?」

「いえ。まさか、そんなことを言われるなんて考えて……なくて」

 沙良はしどろもどろに言った。部活の先輩と気まずくなるのは避けたい。けれど、人生初の告白に戸惑うばかりで、ていのいい断り文句がまったく考えつかなかった。

(こういうときって、どういえばいいんだろう? みんな、どうしてるの?)

 必死に知恵を振り絞ろうとするが、よくあるドラマのシーンさえ思い浮かばない。

 困惑している沙良を尻目に、河島はきまり悪そうに頭を搔いた。

「はは。やっぱ気付いてなかったよな。正直告白するかどうか、すげー悩んだんだけど、高校生活もあと一年。俺は部活に出るのは夏までって決めてるから、受験勉強でなかなか顔も出せなくなるし……とか考えたら、やっぱり言わずにいられなくなったんだよな」

 まっすぐな河島の視線を受け止めながら、沙良の脳裏には、大好きだった人のことがちらちらと浮かび上がってくる。

 凍えるような冬のある日、粉雪が舞うクリスマスの夜のこと。そして、薄紅色の花びらが儚く散っていった、中学校の卒業式のこと──

 忘れようとすればするほど、胸をるような痛みがさしこまれて、息ができなくなりそうになる。

 あのときから時間が止まった恋を、まだ忘れられない。

 河島の好意自体はうれしい。けれど、誰かとの新しい恋は、まだ考えられない。

「ごめん……なさい」

 と、消え入りそうな声で返事をしようとした、その時だった。

 ざわっと突風が吹きつけ、砂ぼこりが舞い上がり、前が見えなくなる。

 砂が目に入らないようにをぎゅっと閉じていたら、突然、風の音すらもかき消すようなつよい声が響きわたった。

「──そいつは、俺のだから。誰にもやらねーよ」

 勝ち気な性格を表すかのようなった低い声に、沙良は振り返った。

 否、振り返ろうとした──が、うしろからぐいっと抱きしめられ、気付いたら、声の主の胸に吸い込まれるように抱かれていた。

(……え?)

「だから、おまえは俺がつれていく」

 頭上から覗き込んでくる黒い影は、まさか天狗……なわけがない。悪魔……でもない。黒髪サラサラのイケメンとしき彼が、傲慢にもそう言い放った。

「なっ……」

 午後の落ちかけた陽に目がみ、目の前がちかちかと明滅する。一体、どこから彼はやってきたのだろうか。

 沙良は目をまん丸くし、男の顔を認識しようとした。けれど、逆光で輪郭がはっきりとしない。

(一体、誰?)

「おい、おまえ、誰だよ。急に割り込んできて何言ってるんだ? うちの高校のやつ、じゃねえよな?」

 河島が苛立ったように摑みかかろうとする。だが、男はふっと口端をあげて言った。

「学園の黒王子にカノジョ指名されました!!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます