ずっと君が欲しかった
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佳生はもう一度エレベーターを見て、それから大きくため息を吐いた。引っ張られた前髪に触れながら、髪の毛を耳にかけた。自分もデスクに行こうと、耳のあたりに触れたとき異変に気づく。
「あっ! ウソ、マジで!?」
今日は夜に食事に行く予定があった。だからいつもと違って、本物のパールのピアスを身に着けていたのだ。
「また片方失くしたぁ……信じらんない、もう」
慌てて捜すが、あたりの床には落ちていない。
移動中どこかに落としてきたのだろう。本物のパールだけに今回の代償は高い。
しょうがなくデスクへ向かい、座ってうなだれて。
いつもピアスの片方だけを失くすことに、正直うんざりした。
☆ ☆ ☆
「ピアス、どうしたの?」
目の前のイケメンに言われて、うん、と笑みを浮かべる。
「今日、片方失くしちゃって……」
「佳生って、ピアスよく失くすよなぁ」
はは、と笑って言われて、確かに、と思いながらうなずく。
「明日は、休み?」
「ううん。明日は、撮影に立ち会わないと。スケジュール押してるんだ」
「そっか」
笑みを浮かべて、ああこの人とはもう会わないかなぁ、と思う。
仕事の延長線上で出会ったデザイナー。何度かデートに誘われているが、会っていてもしっくりこない。
たぶん、彼は佳生に多少気があるのだと思う。でも、佳生には彼と付き合うとかそういう気がまったく起こらないのだ。このまま気を持たせるように会っていていいのか、現在悩み中なのだ。
まだ二十四歳、されど二十四歳。これからお付き合いをするなら、結婚も考えるかもしれない。でもこの人とはまったく考えられないし、食べ物やお酒の趣味も違う。
「そう言えば、藤守常盤……佳生の仕事場に来たんだって?」
いったい誰から聞いたんだろうと思いながら、うん、と返事をする。
「びっくりした。世界的に有名な人だし、会ったとたん固まっちゃった」
彼は、佳生と藤守の六年前のことを知らない。彼とは初対面だという風に言葉を返した。
「俺がいたなら、サイン書いて、って言ったなぁ。前に出した写真集、ものすごくよくて。今でも時々デザインに行き詰まったら、見るんだよねぇ。自分の中の考えがまとまりそう、っていうかイマジネーションがわくというか」
そうなんだ、と心の中でつぶやきながら、目の前にあるお酒を飲む。
「ねぇ、本当に藤守常盤って、オッドアイ? 彼の写真って、どこ探してもないからさ」
彼は興味津々で聞いて来た。確かに、藤守常盤の画像を検索しても、まったくヒットしない。ヒットするのは彼の唯一の写真集と、その中身だけなのだ。
「うん。左の目がブラウン、右の目が深い青のオッドアイ。見えてるのかって思うくらいキレイで不思議な目」
「見てみたいなぁ。超イケメンなんだよね? 見た人の話だと身長高いし、モデルと見間違いそうって。あと意外と高学歴なんだよね、藤守常盤って」
「へぇ、そうなんだ」
それは知らなかった。高学歴って、初耳だ。
「どこか有名な大学出てるの? 東大とか?」
東大はないな、と自分で自分に突っ込みを入れた。彼の容姿を思い浮かべると、日本で育っていない印象がある。明らかに見た目も日本人っぽくない。でも東洋系の顔なんだなぁ、と心の中でつぶやいていると、案の定デザイナーの彼は呆れたように笑って、違うよ、と言った。
「オックスフォード大学卒業してるらしい。国籍はアメリカ。なんで藤守常盤っていう日本語の名前なのか謎。会ったことのある人の話を聞くと、白人とは言いがたいし、かといって純粋な日本人と言われれば、違う感じ。ちょうど、いい感じに混じり合ってるのかな? ま、日本人に両方の目が違う色ってやついないよな」
虹彩異色症。佳生が彼の目をじっと見ていると、鼻で笑いながら言ったのを思い出す。
『ああ、コレ? 虹彩異色症、オッドアイ』
二本の指で自分の目を指さし、揶揄うように病気だと言うのを聞いて眉間に皺を寄せたことがある。生まれつきの目の色で、女にモテる要素だと軽く言ったものだ。
「綺麗な目、してた」
「そっかぁ……また来たら、サインもらっておいてよ。そういうの編集者の特権だろ?」
特権って、と思いながら佳生は微笑んでうなずいた。
彼、藤守常盤のことはよく知らない。でも、少しだけ彼と濃密な接点があった。そのときに彼と話したことが、佳生の知っているすべて。以来、今日という日まで会ったことがないからだ。
カメラマンであること、両目の色が違うこと。モデル並みに背が高いこと、スタイルがいいこと。
カメラを持って旅していること、一つの場所にじっとしていられないこと。
恋愛対象を作らないこと。理由は、自由気ままな自分に付き合わせるのが可哀想だから。
「今度もし来たら、サインもらうね。色紙でいいの?」
「うーん……できれば本がいいけどな。佳生の出版社で余りの本があればよろしく」
余りの本だなんて、気楽に言ってくれる。
こういうところが何だか合わないんだよなぁ、と心の中で愚痴ってしまう。
いつも食事に誘うのは彼のほうから。応じるのは自分で、別に応じなければ自然とこのままフェードアウトだろう。
それを狙おうかな、と思いながらお酒を飲んだり、食べたりしながら過ごす。
そうして帰るというときになり、彼が佳生を呼んだ。
「次いつ会える? っていうか、帰るんだ?」
「ごめんね、明日朝早いし。またメールするね」
笑顔で手を振って別れて、それから大きくため息。
「なんか疲れる。彼氏なんてもう少しあとでもいいかなぁ……まだ二十四歳、仕事もまだまだこれからだし。やっと、わかってきたところだもんね」
あまり美味しくない酒だったし、たいして酔えなかった。うなだれながら歩いて、駅まで向かう。
時間は夜の九時を回ったところ。きっと彼も楽しくなかったし、早く切り上げたかったのだろう。
「家に帰って飲み直そう。……私、ビールよりカクテルが好きなんだよね。おまけにイタリアンよりもフレンチ系の食べ物が好き」
結局愚痴を言いながら帰るくらいだったら会わなければいいのに。
でも、誘われたら断ることが何だかできない自分に、多少苛立ってしまう。
『好きな男を見るように見ろ。ブスにしか見えない』
どうせブスだよ、と六年前写真を撮られながら思っていたことを思い出す。
たまたま、彼は居合わせた。写真を撮ってくれと頼んでいた現在の編集長に、何度も嫌だと言っていた。なのに佳生を見たとき、あの女なら撮ってもいい、と言った。
なぜ佳生なんだ、と聞かれたとき、彼は言った。
『モデルっぽくないのに、危うい綺麗さがあるから』
佳生はたいして美人ではない。背も、そこそこ高い程度。でもそれなりだから、読者モデルをしていた。本物のモデルさんに交じって、佳生はファッション誌にたびたび載っていたのだ。
だから彼、藤守がモデルっぽくないというのも言いえて妙だったし、なによりキレイと言われて素直に嬉しかった。
「思えば、転がす系の男だったかもなぁ」
十八のころ、あまりにも印象に残る、彫りの深さと、色気のある目元、キレイで端整な顔。日本人らしくない、しっかりとした体軀。
彼、藤守常盤には異性はもちろんのこと、同性さえ振り返るような強い印象があった。
顔立ちが整っているからではなく、力というかオーラがあったのかも知れない。
そんな彼がたぶん、唯一撮った人物。
それが、自分。
間宮佳生だった。
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