ハツコイ婚 幼なじみの御曹司社長に熱烈プロポーズされました。
第一章 社長、出奔!? (1)

第一章 社長、出奔!?
朝九時前、自社ビルのエレベーターホールに立つなり、バッグに入れたスマートフォンからメールの着信音が聞こえてきた。無意識のままチェックすると、それは直属の上司である社長、織方湊人からのメールだった。
(こんな時間にメール? 急用なら、電話で言ってくれたほうがいいのに)
彼の秘書である朝海藤花は首を捻る。
深夜に用事を思い出したときならともかく、数分後には最上階の社長室で顔を合わせるのだ。
電車通勤の藤花に比べて、湊人は自家用車で通勤している。早めに家を出る彼は、八時には出社していることがほとんどで、なんらかの事情があって遅れるというときは、メールではなく電話で伝えてくれるだろう。
そんなことを考えながら、短い文章を目で追いつつ、彼女は二秒ほど固まった。
「はあっ!?」
直後、藤花は人目も憚らず声を上げる。
書かれてあった内容とは──。
【しばらく戻らない。僕を捜さないでくれ。湊人】
朝で目の焦点がぼやけているのかもしれない。あるいは、まだベッドの中にいて、出勤する夢を見ているということも……。
そんなあり得ない理由を思い浮かべながら、藤花は何度も読み返す。
だが、何度目を通しても文面が変わることはなかった。
(しばらく、戻らないって何? 一時間とか、二時間とか? でも、捜さないでくれって、いったいなんなの!?)
画面を睨んだまま、藤花が立ち尽くしていたとき、
「おはよう、藤花ちゃん。いやあ、今日はいい日だねぇ」
後ろから声をかけてきたのは定年を間近に控えた常務、国枝だった。
好々爺を絵に描いたような六十代の男性で、朝にふさわしい清々しい笑顔で藤花に話しかける。
「おはようございます、国枝常務。会長宅で顔を合わせたときはともかく、社内で『藤花ちゃん』はご勘弁ください。そもそも、そんな可愛らしい呼び名が似合う年齢ではありませんので」
メールの内容を一旦忘れ、二十九歳の藤花は国枝に笑顔で挨拶を返した。
会長宅とは社長宅のことで、藤花の自宅はその隣にある。国枝は会長の織方東三郎にとって信頼できる部下らしく、藤花が見た目にも『藤花ちゃん』と呼ばれる年齢にふさわしいころから、東三郎のもとに足繁く通っていた。
湊人はその東三郎にとって孫になる。彼は藤花と同じ二十九歳。父親、洋之が五年前に亡くなり、彼はたった二十四歳で社長に就任した。
同時に、藤花は社長秘書に昇進したのだった。
「いやいや、いつまでも可愛らしい藤花ちゃんだよ。でも、湊人くんも子供だ子供だと思っていたのに、イタリアの大きなお菓子メーカーと契約を結ぶなんて、立派になったもんだ」
感心するように言われ、思わずスマートフォンを後ろに隠してしまう。
「今日は向こうの会社のお偉いさんが来るんだろう? いよいよだねぇ」
「……はあ、そう、ですね」
その〝いよいよ〟という日に、湊人はどうしてこんなメールを寄越したのだろう?
彼は冗談でこんなメールを送ってくる人間ではない。
(そうよ、アイツならともかく……)
ひとりの男性が頭に浮かび、藤花はほんのわずかな時間、目を瞑って小さく頭を振る。
「では、国枝常務、急ぎますので、失礼いたします」
優雅というより強引に打ち切る感じで話を切り上げ、藤花は最上階直通のエレベーターに飛び乗った。
織方製菓株式会社──創業百年を二年後に迎える、食品関連では国内トップクラスの老舗メーカーだ。創業者は会長、東三郎の祖父。経営権は一族の中で受け継がれ、湊人は五代目の社長になる。
彼は経済から芸能、ファッション誌に至るまで、各種誌面でイケメン社長の特集が組まれるたびに、エントリーされる常連だった。
だが、藤花の知る湊人という男性は、注目を浴びて喜ぶこともなければ、ファッションに対する拘りもない。スーツやネクタイから小物に至るまで、好みはとくになくコーディネートが必要なときは藤花に丸投げだ。
髪型も実にシンプルで、前髪にジェルをつけて無造作にかき上げ、セットしているだけだった。
しかし、それを見た多くの女性は、彼をセクシーだと評価する。
表情は豊かとは言いがたく、まなざしも冷ややかと言われることのほうが多い。当然、マイナスに思われそうだが、逆に〝憂いを帯びた瞳〟と呼ばれ、人気を押し上げているというのだから……。
しかし、湊人の〝憂いを帯びた瞳〟の理由が、ある人物へのコンプレックスに起因することを藤花は知っていた。
ある人物、それは湊人の双子の兄──織方隼人。
年齢はもちろん同じ二十九歳。ふたりとも一八〇センチを超える長身で、身長を含むスタイルは、プラスマイナス一センチの差もない。癖のない黒髪をしており、鼻筋は高くバランスよく通っていて、ふたり揃って非の打ちどころのない容姿をしていた。
学校の成績はどちらもかなり優秀で、スポーツもそれぞれ体育系の部から勧誘されるくらい万能だったはずだ。
どうしてこんなに知っているのかというと、藤花が小学校に入学する年に、同じ年齢のふたりが隣の家に越してきたからだった。
二十年以上の、いわゆる幼なじみと呼ばれるような付き合いなので、嫌でもいろいろとわかってしまう。
当時、隣の織方邸には東三郎と彼の妻、友子が住んでいただけだった。
友子が病気で入院して数ヶ月後に亡くなり、葬儀のあと、ひとり息子が妻子を連れて戻ってきた。
結婚から数年別居していた理由は、嫁姑の仲が悪かったとも、東三郎が嫁のことを認めていなかったせいとも、大人たちは噂していた気がする。
だが、同居を始めた正しい理由は、子供だった藤花には知る由もなかった。
東三郎が息子夫婦と仲よくしているところを見た記憶はないが、双子の孫息子たちのことは可愛がっていたように思う。
『長男、次男は関係ない。優秀なほうに会社を任せる』
そんなことを公言していたはずだ。
だからというわけではないだろうが、ふたりとも競争が大好きだった。他人と競うこともあったが、基本、兄弟で競い合っていた。
ただ、常に自然体の隼人に比べ、湊人はいつも少しだけ熱くなっていたはずだ。
その差が大学受験のときに出たのではないか、と藤花は思っている。
大学別模試のときは、ふたりともA判定で合格間違いなしと言われていたにもかかわらず、隼人が合格した国立大学に、湊人は不合格だった。
結局、偏差値的には差のない私立大学に湊人も入学した。
ところが、それをきっかけに、東三郎はあからさまに隼人のほうを後継者として扱うようになったのだ。
(あのころからよね。湊人のまなざしに、翳りが見え始めたのは)
女性に人気がある〝憂いを帯びた瞳〟──あの目をするようになったのは、大学に入ったあとだった。
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